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忠実なる信仰心

 三大国平和会議。

 魔物界、人間界、絶対に交わることのなかった二国が、平和的な解決へ向けて話し合う。


 そのような試みなど、長い歴史にあって、一度も行われてこなかった。


 だからこそ全世界の生きとし生きる者が注目した。


 ある者は平和条約そのものに反対し、自国の安全のためには《会話》ではなく《圧力》が重要だと訴えた。

 またある者は、この会議を歴史的な歩み寄りだと賛辞し、世界はわかりあえるのだと主張した。


 右翼や左翼など、それぞれの活動家がそれぞれの意見を叫び続け、世界はまさに混迷を極めた。


 いったいどの発言が正しいのか、世界の平和のためにはどう考えればいいのか――多くの者は自分の指針を失い、戸惑っていた。


 そんななかにあって、平和会議の二日前――人間界の王、ナイゼルは、会議に参加する魔物たちを、みずからの首都に招き入れた。


 そこには、ルハネスやルイスはもちろん、護衛の騎士たちや、以前首都の近隣にまで侵攻した《精鋭部隊》もいる。またナイゼルの呼びかけにより、会議そのものには参加しないまでも、魔物界における有力な貴族たちも同様に招かれた。彼らは会議当日、リアルタイムで会議の模様を見ることになる予定だ。


 そして。

 僕とコトネも、晴れて人間界への入国を果たすこととなった。




 ヴァムダ門。

 人間界と魔物界の境目に存在する、人間軍在住の門。


 そこに繋がるヴァムダ橋へ、僕たちは訪れていた。


 他にも魔王を護衛する騎士たちや、魔物界の有力貴族たちもいる。ざっと五十体ほどだろうか。


 その列の先頭には、当然ながらアルゼイド家の所有する馬車があった。人間界に対する礼儀か、ルハネスもルイスも、馬車には乗っていない。地に足をつけ、門の前に屹立きつりつしている。


 シュンとロニンはいない。彼らは別ルートで来るようだ。


 時は朝の九時前。

 あと数分もすれば、目前の門が開き、人間たちが出迎えるはずである。


 ここにいる者の大多数は、人間界に入ることすら初めてだろう。そもそもヴァムダ門自体が、魔物界にとっては危険地帯なのだ。貴族のボンボンたちが好き好んで来る場所ではない。


 そのためか、周囲は重たい沈黙に包まれていた。誰一人として言葉を発さない。シュンとルハネスを除き、この場にいる誰もが緊張に苛まれているようだ。コトネもぶるぶると身を震わせている。


「――で、君たちもわざわざ来たってことかい」


 僕は隣にいる、場違いなほどに若い魔物に声をかけた。


 テルモ。

 ルイスを守る会とやらのリーダーを務めている男子生徒である。

 他にも見たことのある生徒たちがちらほら顔を覗かせている。たしか全員、ルイスの盲信的なファンだったはずだ。


 テルモは豪勢な白スーツを強調するかのごとく、大仰に胸を張った。


「当然だ。我らはルイス様をお守りする身分。馳せ参じるのは当然の義務であろう」


「ああ、そう……」


 思わずため息をついてしまう。

 たしかにテルモたちは著名な貴族だし、この場にいること自体は不自然ではないが――それにしても、本当にすさまじい信仰心である。


 というか、学生が何人きたところで、正直頼りないとしか思えない。ここヴァムダ門にも、凄腕の人間たちが集まっていることは想像に難くないからだ。


 そんな僕の考えなど露知らず、テルモは傲岸不遜ごうがんふそんな態度で言い放った。


「貴様も同じ学園に籍を置く者だ。これまでの対立はさておいて、なにか起きたらともにルイス様をお守りしようではないか」


「はいはい……」

 まあ、検討くらいはしておいてあげよう。

「にしても、マジでよく飽きないよね。愛想尽かされてるって気づかないわけ?」


「…………」


 そこでテルモは目を閉じる。


「……いいのだよ。私たちは見返りなど求めていない」


「え?」


「ルイス様が現在、不安定な立場なのはわかるだろう? たとえご本人様に煙たがられても、ルイス様の安全のためならば、私はどこへでも動く。その覚悟は揺るぎない」


 ふいに――

 先頭に立つルイスが、ちらりとこちらを見た。


 その視線に気づいたテルモが、はっとして頭を下げるも、ルイスは気づかなかったとでもいうように視線を元に戻してしまった。


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