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ルハネスの部 【世界のあるべき姿】

 ルハネス・アルゼイド。

 魔王に就任するや人間界への先制攻撃を宣言し、さらにナイゼルをも出し抜いた男。


 予想通りというべきか、その風格は圧倒的であった。


 こちらに背中を向け、後ろ手を組んでいるさまは、世界の万象一切を見通しているかのような圧を滲ませている。


 彼は窓の風景を眺めていた。魔王城から見下ろせる、魔物界すべてを。


「……来てくださいましたか」


 ルハネスは開口一番、そう言った。重厚感のある、渋みを帯びた声だった。


 彼はゆっくりと振り向くと、近くにあったソファーを手差しする。


「立ち話もなんでしょう。ぜひお座りください」


 謎の丁寧語に釈然としないものを感じつつも、僕とコトネは言われた通りに腰を下ろした。


「…………」


 僕は無言で室内を見渡した。


 前魔王の頃とはまるで趣向が違う。箪笥たんすや鏡など、必要最低限の調度品しか存在しない。壁面には本棚が設えられているが、収まっている蔵書もわずかなものだ。


 ほどなくして、ルハネスも同じように向かいのソファーに座った。


 相手は魔王、僕は学生。

 とりあえず丁寧語で話すことに決めて、僕は話を切り出した。


「風景を眺めていらっしゃったよううですが……なにをご覧になっていたのですか?」


「そうですね。強いて言うなれば、私の駒たち、と表現すべきでしょうか」


「駒……?」


「ええ。魔物界はもちろん、人間界、私自身でさえも、すべての存在は駒なのです。その駒を用いて、世界をあるべき姿に導く……それが、魔王としての私の役割なのですよ」


「…………」


 駒。

 言い得て妙である。


 つまりルハネスは、ナイゼルや創造神すらも、世界を変えるための駒でしかないと言い切ったわけだ。


 この自信。

 口だけではなさそうだ。


 ルハネスはこほんと重厚な咳払いをかますと、続けて言った。


「しかし、私にもまったく行動が読めない駒がひとつ存在しましてね」


「なに……?」


「エル……いえ、大魔神エルガー・ヴィ・アウセレーゼ様。単刀直入に聞きましょう。あなたの狙いはなんですかな」


「ぬ……」


 僕は思わず口を歪めた。

 なんとなく予想はしていたが、やはりこの男、僕の正体を知っていた。隣に座るコトネが、びくんと身体を竦ませる。


 僕はふうとため息をついた。

 大魔神のことを知っている以上、もう、丁寧語で話す必要はあるまい。


 僕は足を組むと、ルハネスの強い眼光を受け止めた。


「参考までに教えてもらえるかな。なんで僕の正体に気づいたか」


「ふふ」

 ルハネスは鼻を鳴らす。

「まあ、たいしたタネはありません。息子が《神級魔法》を撃たれたと言っていましてね。それでピンと来ただけです」


「なるほどね……」


 うーむ。

 そう考えてみれば、あのとき神級魔法を使ったのは迂闊だったかもしれない。


「とはいえ、あなた様にとって、正体が広まることはそれほど痛恨事ではないでしょう。――どうやら、強力な催眠術も使えるようですからな」


「へえ……」

 サイコキネシスのことも知っているのか。これはいよいよ驚きである。

「ってことは、君に催眠をかけたらどうなるのかな? たとえば、《魔王に就任したことを一切忘れなさい》、とかね」


「クク。やってみるがいいでしょう。対策は練っておりますよ」


 対策。

 どんな手なのかはわかりかねるが、この男の言うことだ、おそらく虚言ではあるまい。


「ま、元よりそんな気はないさ」

 僕は肩をひょいと持ち上げると、話題を戻した。

「で、なんの話だっけ。僕の目的?」


「ええ。そうです」


 言うと、ルハネスは両膝の上で手を組んだ。


「大魔神。それは《破壊》の役割を担う神のはずです。ですが、あなたの行動はまったく読めない。コトネという一般の女性を助けだし、学園に入り、あまつさえ誘拐事件を解決に導くなど……私の知る《大魔神》とは存在を異にするようでしてな」


「はは。なるほどね」


 思わず苦笑いを浮かべてしまう。


 すべての生命を駒と表現するルハネスには、僕の存在はたしかにイレギュラーだろう。

 だからわざわざ今日、呼びつけてきたのだ。僕の行動理由を探るために。


「目的か……そうだね。正直、僕にもわからないんだよ」


「は……?」


「これまでずっと、自分の神殿に引きこもってきた。世界が動き、あらゆる生命が散っていくのを眺めているだけで、なにもしてこなかった。それで良いと思ってたんだ。栄枯盛衰。それが世界の理であり、僕が手出しするようなことじゃないってね」


「…………」


 でも、その考えはちょっとずつ変わってきた。

 コトネという女の子と出会い、そしてまた、ワイズに辱められた被害者にも会った。


 そのなかで知ってしまった。

 心の痛みを。

 流れゆく歴史のなかで、どれだけの生命が苦しんできたかを。


 だから。


「僕も模索していきたいと思ってる。君の言う、世界のあるべき姿ってやつをね」


「ほう……?」


「ルハネス。君のやり方で、また多くの命が傷つくようであれば……そのときは、容赦しない」


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