ルハネス・アルゼイド
魔王城。
エントランス。
インテリアそのものは、数週間前に侵入してきたときとほとんど変わっていない。
あのときと違うのは、僕の姿を見ても誰も襲ってこないどころか、恭しく頭を下げてくることだ。
「これはこれは、ルイス様」
「お待ちしておりましたぞ。この方々はご友人ですかな?」
低姿勢で話しかけてくる騎士のなかには、先日、僕が倒した魔物もいる。
だが当然、向こうは僕の顔なんか覚えていない。そういう暗示をかけておいたからね。サイコキネシス様々である。
ルイスは手にかけていた鞄を騎士に手渡すと、妙に様になった仕草で部下たちに命令を下した。
「ああ。この二人は我が父上がお呼びだ。案内してほしい」
そう言って僕とコトネを手差しする。
騎士はかしこまりました、とお辞儀をし、次に僕たちに顔を向けた。
「エル様、コトネ様。ただいまよりルハネス様の私室へご案内致します。どうか私めにお任せくださいませ」
「…………」
思わず僕は顔をしかめた。
いまルイスは僕たちの名前を紹介していなかったのに、騎士は僕たちの名を知っていた。
おそらくルハネスの差し金だろう。どこまでも読めない奴だ。
「……そういえば、最近、ワイズの叫び声かなんか聞こえないかい?」
「は?」
「実はあいつ、ここから近い次元に封印していてね。もしかしたらなにかの間違いで声が聞こえてくるかもしれないよ?」
「はあ……」
訳がわからないと言った様子で首を傾げる騎士。ちょっとした仕返しである。
なおも難しい顔をしている騎士に、僕はにっこり微笑んでみせた。
「なんでもないよ。さ、案内してくれないかい?」
「……かしこまりました」
そう言って歩き出す騎士の背中を、僕とコトネは追いかけていく。
ちらりと振り返ると、ルイスはユイとともに別室に入っていった。もしかしなくても、これからお楽しみってやつかな。
……ま、あいつのことはどうでもいい。魔王城に来た目的は、まさにこれから相対するルハネス・アルゼイドなのだから。
「うう……なんか怖い……」
後ろのコトネが頼りない声を発する。
「……ま、なるようになるさ」
僕とて彼女の気持ちがわからないでもない。
ワイズに賢者と讃えられ、恐れられていたナイゼル――をも出し抜いたルハネス。ナイゼルの背後には創造神ストレイムもいたはずなのに、ルハネスは見事に彼らを手玉に取ってみせたのだ。
そのおそるべき手腕。
ただならない相手であることは誰にでもわかる。
もしなにか不埒な真似をしだしたら――そのときは本気で殺すことも視野に入れる必要があるだろう。そんなことをすれば魔物界はさらなる混乱に陥ってしまうだろうが。
そんなことを考えているうちに目的の場所に着いたようだ。案内役の騎士は大扉の前で立ち止まると、深々と頭を下げた。
「こちらにルハネス様がいらっしゃいます。ルイス様のご友人ですから心配は無用と思いますが……くれぐれも、失礼のないようにお願い致します」
「ま、善処するよ。ありがとね」
騎士は再び頭を下げると、そのまま元来た通路を戻っていった。
ふう。
僕は目の前の扉を見上げ、大きく息を吐いた。
この場所。
数週間前、ワイズと対峙した部屋とまったく同じだ。魔王城の屋上、その最奥部で、新魔王ルハネスは仕事をこなしているらしい。
「さ。入るよ」
「うん……!」
コトネの返事を確認し、僕はルハネスの私室の扉を開けた。




