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虚しい忠誠心

 ルイスの服装は昨日とは明らかに変わっていた。


 通常、男子は紺色のブレザーを着用することが義務付けられている。これは入学式前に学園から送られてくるものだし、昨日まではルイスもブレザーを着ていた。


 なのに。

 いま彼が身につけている服は、校則から大きく逸脱いつだつしている。


 純白に彩られたV字型のジャケットに、胸元から覗く赤いシャツ。ジャケットには金箔を施した縦ラインが縫われており、これがまた《貴族らしさ》を醸し出しているといえよう。


「な、なんだあの格好……」


「ははん、懐に余裕ができたのかね」


 周囲の学生たちがヒソヒソ話を始める。


 特に先輩の学生にとっては気にくわないだろう。いくら魔王の息子だからといって、あんなにも目立つ服装をされているのだから。


 そんな生徒たちを、ルイスは冷静沈着たる様子で見渡すと、たった一言、こう告げた。


「なにを呆けている。私は魔王の息子だ。ヒソヒソ話でもって迎えるのが貴様らの礼か?」


「……う」


 周囲の生徒――先輩や教師たちまでもが、ルイスの眼孔にたじろいだ。


 ルイスの発言には意外なまでの威圧感があった。

 昨日までの小者っぽさが完全に失せている。本気で《魔王の息子》を演じきっているような……そんな様子だ。


 しかも。

 こう直球で言われては、生徒たちも黙り込むしかない。ルイスを怒らせ、万が一にも魔王の反感を買うことになったら――自身の家名が傷つくからだ。


「いまのルイス様のお言葉が聞こえなかったのか、おまえたち!」

 騎士のひとりが怒声をあげた。自前の槍を構え、生徒たちを威嚇する。

「ルイス様になにか不敬でも起こしてみろ……我らが放っておかぬぞ」


「く……イエス、ユア、ハイネス」


 騎士の脅しが契機となり、生徒たちはそれぞれ、ルイスにひざまずき始めた。年上なはずの先輩らや教師たちまでも、同じように頭を垂れている。


 それを見て、コトネが不安そうに僕の片腕を掴んだ。


「な、なに……あれ……?」


「さてね。どうやら昨日、いろいろあったみたいだけど」


「私たちも同じようにしないといけないのかな……?」


 見れば、僕とコトネを除いたすべての者たちが、完全にルイスの命に従ったようだ。皆が低姿勢を貫いている。


 そして唯一立ち上がったままの僕とコトネに注目が集まるのも、至極当然の流れといえた。


「私の命令に従わぬ愚か者がいると思ったら……また貴様か」

 ルイスがうんざりしたようにため息をついた。

「いい加減、我が軍門に下りたまえ。私はいまや《魔王の息子》だ。これ以上の不敬は許さぬぞ?」


 そうして睨みつけてくる眼力はなるほど、たいしたものだ。

 だが、僕は大魔神。

 年季が違う。


「……ふうん。どういうわけか知らないけど、やけに《魔王の息子》ってのにこだわるじゃないか」


「ぬ……」

 図星を突かれたのか、ルイスが顔をしかめる。


「貴様、さきほど私が言ったことが聞こえなかったのか!?」

 騎士のひとりが再び怒声をあげた。槍の切っ先を僕に向ける。

「この方は魔王様のご子息なのだぞ! ルイス様の名誉を傷つけるのであれば、我らが容赦せん!」


「へぇ。どう容赦しないっていうんだい?」


 微笑みつつも、僕はすこしだけ魔力を解放してみせる。

 僕の全身から、大魔神たる漆黒の霊気が噴出した。

 それは黒の電流となって僕の周囲を飛び回り、ばちばちと弾けるような音を響かせる。


「ぐ……な、なんだ……!?」

 騎士たちが数歩後ずさる。


「ふん。貴様は相変わらずか」

 ルイスだけは態度を崩さなかった。

「ならば、こちらにも考えが――」


「ルイス様!」

「ルイス様!」

「こちらにおいででしたか!」


 ふいに、数十名の生徒たちが校舎から走り寄ってきた。


「お、おまえたちは……」


 ルイスがかすれたような声を発する。


 僕も彼らには見覚えがあった。

 たしかルイスの取り巻きたちだ。

 名門貴族たるルイスに、これでもかとばかりに付きしたがっていた連中である。


「よかったです! 無事に登校できたのですね!」


「私たち、ルイス様の門出をお祝いするためにお席を暖めておりました! さあさあ、どうぞ中へ……」


 そのとき、僕はたしかに見た。

 ルイスの表情に、たった一瞬だけ、切なさと悲しさが覗いたのを。


 だが次の瞬間には、彼の顔つきは傲岸不遜な貴族に戻っていた。


「……ふん、愚か者どもが。見えないのか。私にはすでに、精鋭の護衛がついている。貴様たちなど不要なのだ」


「……え」


 彼らがぽかんと口を開けたのをよそに、ルイスはちらっと僕を見た。


「興が削がれた。いまのところはこれで勘弁してやる。だが、次同じような態度を取ったら――わかっているだろうな?」


 そう言い捨てると、さっさと校舎のなかへ歩いていってしまう。


「ちょ、ちょっと待ってください!」

 生徒のひとりが、その背中を呼び止める。

「我ら《ルイス様をお守りする会》、今日もルイス様のために……」


「やかましい! もう私に構うな。……去れ」


「そ、そんな……」


 周囲にはただ、沈黙だけが残った。


 

 


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