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コトネのために③

 洞窟の内部は静かなものだった。


 魔女を恐れてか、獣たちもここにはいない。

 僕の足音だけが、氷の張った地面に反響している。どこかで水滴が垂れているらしく、ぽと、ぽとと控えめな音も耳に届いてくる。見上げれば、大小さまざまな氷柱つららがあちこちに見て取れた。


 この静謐せいひつな空気は、本当に長い間、誰も訪れていないことを直感させた。


 そんなことを考えていると。


「ダレダ……ワレのネムリをサマタゲルモノは……?」


 重く、唸るような声。

 やや高めのトーンから、やはり女性であることが推察される。


 僕は歩みを止めることなく、目前の空間に向けて言葉を発した。


「大魔神エルガー・ヴィ・アウセレーゼ。名前くらいは聞いたことあるだろう?」


「ダイマジン、ダト……? フハハハハハハ!」

 女の声が弾けたように笑い出す。

「ソンナモノはタダのシンワのハズだ! カミなど、ソンザイするワケガナイ!」


「…………」


 この反応。

 どうやら、僕の魔王ワイズに対する宣戦布告を聞いていなかったと見える。たしかに、こんな辺境までは念話を飛ばしていなかったような……


「やれやれ」

 と言って僕は肩を竦めた。

「僕もヒトのこと言えないけど……君も、すこしは外に出たほうがいいよ。知らない間に、色々と変わってるから」


「ナ、ナンダト……?」


 そんなやり取りをしているうちに、開けた場所に出た。


 ここが洞窟の終点らしい。

 円形の広間で、床の一面に氷が張られている。

 中央部分には高くせり出した岩石があり、冷気に包まれているせいか少し輝いているように見えた。


 一見して、魔女の姿はない。

 でも僕にはわかる。空間のある一点に、高密度な魔力が圧縮された場所があるのだ。


 おそらくそこで魔女が姿を消しているのだろう。


「いるんだろう? ――氷の魔女、リトナ」


「……ホウ、イマのジダイにワレのナをシルモノがイタノカ」


「悪いんだけど、コトネ――いまから連れてくる女の子の魔力を上げてほしい。君の得意技だよね?」


 リトナ山脈には、伝説の魔剣は存在しない。

 だが、自身の魔力を限界以上にまで引き上げてくれる魔女はいる。

 おそらく、そのへんの言い伝えが混じりに混じって、いまのような伝承になったのだろう。


 僕だって大魔神だし、自分の力を他人に分け与えることはできる。


 だけど、《神の器》を持たない一般の魔物にそれをすれば、身体が耐えられない。だからわざわざここまで来たのだ。


「ホホウ」 

 と魔女の声がした。

「イキナリキテ、ソノカッテなタノミ……。ワレハナ、ワレがミトメタ《ジツリョクシャ》ダケにマリョクをアタエテイルノダヨ!」


「――神級魔法発動。そーれ」


「アチ、アチチチチチ!」


 僕の手から発せられた悪魔の業火が、目前の誰もいない空間――正確には魔女が潜んでいる空間――を丸ごと呑み込んだ。大魔神が発する黒きほのおに、燃やせないものはない。


「どう? これで納得してくれたかな?」


「バ、バカな、シンキュウマホウなどウソにキマって……」


「続けて神級魔法発動。雷よ……」


「ワ、ワワ、ワカッタ! モウヤメテタモレ!」

  

 

 

 




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