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コトネのために②

「わぁ……!」


 僕の背中にしがみつきながら、コトネが歓声を上げた。


 眼下にはすでに遠くなった地上の街や森、湖が、果てしなく広がっている。

 ときおり通り過ぎる街が粒々とした光点を放っており、それもまた可愛らしい。


 見上げれば――自身を覆い尽くさんばかりの星空。

 地上で見るそれよりはるかに美しい。 

 すでに日が沈んでいるとはいえ、暗闇に満ちた空もそれはそれでおもむきがあった。


 ――リトナ山脈。


 リュザークの背中に乗り、僕たちはそこに向かっていた。


 さすがは古代竜というだけあって、スピードはかなりのものだ。リトナ山脈は人里から離れた位置にあり、また険しい土地であるため一般の魔物は近づくことさえ困難だが、このぶんならなんの心配もいらないだろう。


「綺麗……本当に……」


 眼下の光景を眺めながら、コトネがぽつりと呟いた。

 僕もつられて見下ろすと、ちょうど小規模な街を通過したところだった。細々とした明かりが見て取れる。


「こうして見ると、さっきの悩みが……なんだか晴れてくるみたい……」 


「そっか……」  


 それならば、魔法による転移を使わず、わざわざリュザークを使役した甲斐があったというものだ。世界の壮大さ、美しさは、世界を監視してきた僕がよくわかっている。


「……エルくん、その、本当にできるの? 十秒で強くなるなんて」


「できるさ。そんなに難しいことじゃない」


「でも……私、強くなるには何年も修行とかしないといけないものだと……」


「それこそ思いこみさ」

 僕は腹部にまわされた彼女の両手をしっかり掴んだ。

「なんとか防いでみるつもりだけど……もしかしたら、本当に戦争が起きてしまうかもしれない。そんなときに悠長に修行なんてしてられないでしょ」


「そ、それはまあ、確かにそうね……」


「大丈夫さ、コトネなら。一緒に強くなろう」


「うん!」


 コトネは僕の背中に額をうずめた。


   ★


 ――リトナ山脈。

 険しい山々が連なっているそこには、凶悪な獣が多く棲息している。


 小山にも劣らぬ体躯たいくを持つ大猿や、血に飢えた白狼など、指折りの戦士ですら踏破が困難とされてきた。


 実際にも、腕に自信のある戦士が乗り込んで、そのまま行方がわからなくなった例がいくらでもある。


 それだけではない。

 荒れ狂う大吹雪も、この地の危険さに一役買っている。

 存分に防寒対策をしておかなければ、一日として身体が保たないだろう。また視界が非常に悪く、一歩先の断崖だんがいにさえ気づかないことがままある。まさに死を呼ぶ山脈といえよう。


 なぜそんな危険地帯に、わざわざ足を踏み入れた者がいるのか。


 これは魔物界に永く伝わる、《魔剣》の伝承によるところが大きい。

 山脈のどこかに強力な魔剣が存在し、手に入れた者は大陸でトップクラスの戦士になる――そんな伝承が語り継がれてきたのだ。


 ――正しくは、魔剣ではなく、魔女が存在しているのだが。


 そんな死の山脈を、僕はひょひょーとひとっとびした。もちろん、リュザークの力である。


 ときおり変な鳥が襲いかかってきたが、適当に炎の魔法をぶっ放しておいた。うまくいけば、地上にいるかもしれない遭難者の食事になるだろう。


 山脈の奥地には、こじんまりとした洞窟が存在する。


 大魔神の神殿ほどではないにせよ、ここも長らく他人を遠ざけていた。そしてその洞窟に、くだんの魔女が住んでいるわけだ。


「さて、着きましたよ」


 洞窟の入り口を見つけたリュザークが、ゆっくりと地面に着地する。さすがは古代竜というだけあって、リトナ山脈の飛行を終えたいまでも何食わぬ顔だ。


「ありがとう。助かったよ」


「いえいえ、そんな! エル様のためなら、どこへでも一秒以内に駆けつけますです、はい!」


 恐縮するリュザークを放っておいて、僕とコトネは地面に足をつけた。


「さ、さささ、寒ぅい……」


 コトネが両腕を抱えてぶるぶる震える。

 たしかに寒い。

 ごうごうと吹き荒れる大雪のなかを、学校の制服なんかで耐えられるはずもないのだ。


「ごめんね。すぐに終わらせるから、ちょっとここで待っててくれないかい。――リュザーク、彼女の護衛は任せるよ」


「はい、お任せあれ!」


 リュザークの敬礼を尻目に、僕はひとり、洞窟のなかに入っていった。



 

 

 

 

 

 




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