只者ではない二人
首脳たちによる《会話》が終わってからも、僕たちはしばらく一言も発さなかった。
ルハネス・アルゼイドの魔王就任。
ナイゼルの宣戦布告。
そして――シュンによる話し合いの提案。
それらすべてが、ごくごく数分の間に起こったのである。いくら世界を監視し続けた僕といえど、この激動っぷりには驚嘆を禁じ得ない。
しかしながら。
これは紛れようもない現実であり、事実である。いつまでも呆けているわけにはいくまい。
「ふう……」
これまでの息詰まりを、僕は一気に吐き出した。
「……とりあえず、戦争だけはいったん回避されたね。シュン国王のおかげだ」
「は、はい。ほんとにもう、お兄ちゃんってばいつも無茶して……!」
「ふふ。たいした人間だよ。……ほら、もうここまで来たみたいだ」
「――え?」
僕が五指を向けた先に、《彼》はいた。
灰色のローブを被り、頭部を完全に隠している。やや痩身で、一見頼りなさそうに見えるが、しかし彼から発せられる魔力はロニン以上である。
そう。素性を聞かずとも、この膨大なる魔力で簡単にわかる。
シュロン国の王――シュン。
どうやらここまで空間転移してきたらしい。
「お? マジかよ」
彼はローブの下の口をわずかに歪めた。
「バレたのか。一応気配を消してたつもりだが」
僕は苦笑いとともに肩を竦めた。
「ふふ。まあ一般人だったら気づけなかっただろうね」
「はっはー。あんたがエルか。タダモンじゃねえな」
「……君に言われたくはないけどね」
シュンはやれやれ、といったふうに息をつくと、ロニンの隣に腰を下ろした。
「おに――シュンさん、なんでローブなんかつけてるの?」
「決まってんだろ。ここはシュロン国じゃねえ。人間の俺が姿を現したら……大騒ぎになる」
「む、むぅ……」
不満そうに頬を膨らませるロニンに、僕は苦笑いを浮かべた。
「申し訳ないね。この国はそちらと違って古い体制のまんまなんだ。彼の言う通り、いったん姿を隠してほしい」
「う、うん。わかってはいるんですが……」
ロニンは悲しそうに眉の端を下げる。
――種族間の争い。
それは創造神ストレイムが創り出した、生物としての本能である。
生き物は同種の殺害を絶対的なタブーとする一方で、他動物への殺生はためらわない。
加えて、他の動植物を《食べる》ことで自身の命を継続する。
これは種の繁栄のために必要なシステムであるが、それがために、無用な殺戮が後を絶たない。
今回の、人間と魔物の戦争のように。
シュロン国はまさにそんな本能をも乗り越えたようだが、容易なことではないだろう。とりわけ、開戦寸前となっているこの世界においては。
「お、あんたはエルの恋人かな。シュンだ。よろしく頼む」
シュンは自分の名前だけ周囲に聞かれないように小声で言った。
「あ、はい。お願いします」
コトネもぺこりと頭を下げる。
「あの、ひとつ聞いていいですか?」
「ん?」
「さっき良いタイミングで仲裁に入ってくれましたけど、こうなること、読んでたんですか?」
「ん、んー」
シュンは目を細め、後頭部をかきむしった。
「読んでたのは確かだが、それでもついさっきだな。ストレイムの動向を追ってたら、なんか《精鋭部隊》とやらが人間界に向かっててよ。それを追っかけたら、今度は人間たちが魔物界に向かってるとこも見ちまった」
「そ、そうですか……」
シュンはそこで僕に向き直った。なにやら煮え切らない表情である。
「なあ、あの精鋭部隊ってのはナニモンだ?」
「え?」
「ありゃあとんでもねえ強さだ。俺の見立てだと、ナイゼルが派遣した兵士なんざ、相手にならんだろうな」
「ま、まじかい!?」
この情勢にあって、人間より強い魔物がいたというのか。
ルハネスはそれほどの凄腕騎士たちを隠し持っていたわけだ。あの狡猾なワイズにすら気づかれないように。
やはり奴は底が知れない。ナイゼルやストレイムと並んで、注意すべき人物だろう。
それから僕たちは、お互いの情報交換に徹することにした。




