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大魔神の裏側

 僕は大魔神だ。


 世界の観察者であり、これまでの数千年はずっと世界を監視してきた。


 ――ひるがえせば、それしかしてこなかった。


 他人と関わることも、さまざまな葛藤や苦悩に悩まされることもなかった。

 魔力だけはずば抜けて高いが、それは生まれつき持っていたものだ。僕が努力して身につけたものではない。


 そんな大魔神様は……こんなにもメンタルが弱かった。


 僕のせいで、世界が、多くの魔物が死ぬかもしれない。

 その重苦を考えれば考えるほど、心にどす黒い雲がまとわりついてくる。


 僕が、僕が余計なことをしなければ……


 そのとき。

 僕の乾いた唇に、ふっくらとした、柔らかな感触が押しつけられた。


 目を見開けば、だいぶ勇気を振り絞ったのか、コトネの真っ赤な顔が目前にあった。瞳を閉じ、一途に、そして情熱的に唇をあてがってくる。


「ん……」


 何分そうしていただろう。

 僕は抵抗も拒否もしなかった。

 ただひたすらに、されるがままに、熱いキスを味わい続けた。


 やがてコトネは顔を離すと、昂然たる光を瞳に讃えて言った。


「これは……私からのせめてもの気持ち。多くの女性を助けてくれたから」


「あ……」


「私だけじゃない。被害に遭った魔物も、その家族や友達たちも……みんな、エルくんのおかげで救われたんだよ。エルくんが助けてくれなかったら、今頃、もっと苦しい目に遭ってたんだから」


 考えてもいなかった。

 さっきまでは物事の悪い面ばかりに囚われていたが、たしかに誘拐事件そのものは解決に導かれた。それによって助けられた女性も、少なからず存在するはず……


 そう思うと、心の隙間に陽光が差し込んでくる気がした。

 僕のあの行動が、まったくの無駄ではなかったと感じられたから。


「……ありがとう」

 素直に感謝の言葉が口をついて出た。

「まったく鋭いね。なんでもお見通しみたいだ。それこそ大魔神のようにね」


 僕の軽口にコトネは微笑みを浮かべる。


「……申し訳ないね。僕ともあろう者が慰められるなんて。僕もまだまだ未熟――いたっ」


 額を小突かれた。

 コトネはぷくーっと頬を膨らませ、僕の胸に顔を埋めた。


「なんでも自分で抱えようとしないで。弱いエルくんでもいい。どんなエルくんでも、私はあなたを嫌いになったりはしない」


「はは……参ったね……」


 この女性、下手すれば僕より強いと思う。


「私はあなたの盾になる。だから――一緒に乗り越えようよ。二人で」


「……うん。そうだね。助かるよ」


 僕たちはもう一度濃厚なキスを交わした。


 ★


「ん……」


 うっすらと目を覚ます。

 壁面に掛けられた時計を見ると、六時四十二分を指していた。ロニンとの待ち合わせまであと二十分弱だ。


 ふと隣を見ると、タオルを羽織ったコトネがすやすやと寝息を立てていた。このまま寝かしてあげたいところだが、しかしロニンとの約束をすっぽかすわけにもいかない。


 僕は彼女の肩をゆすった。 


「ほら。もう時間だよ」


「うう……」

 半目を開けたコトネが、寝ぼけ眼をこする。

「寝てたの……? 私……」


「ちょっとだけね。さ、もう行くよ」


 僕は上半身を起こすと、壁にかけられている制服を手に取り、着替え始める。


 ここから待ち合わせ場所はすぐだが、かといって遅刻するわけにもいくまい。この《話し合い》には世界の命運がかかっているのだから。


 コトネもしぶしぶといった様子で立ち上がると、同じく制服を着始めた。


「ね、エルくん」


「ん?」


「さっきの話じゃないけど……やっぱり、創造神をどうにかしようとしてる?」


「……そうだね」

 僕はゆっくりと頷いた。

「けど、さっきみたいな後ろ向きな理由じゃない。この事件を解決できるのは、僕しかいないんだ」


「そうなの? たしかに創造神は強そうだったけど……」


「強いなんてもんじゃない。僕と同じ《神》だし、創造神には天使と呼ばれる凄腕の軍団もついている。そいつら全員、魔王より強い」


「えっ……!?」

 さすがに驚いたのか、コトネが大きく目を見開く。

「だから僕しかいないんだ。世界を守るためじゃなく……コトネ。君のために」


「あっ……」

 コトネは頬を桜色に染めると、満面の笑みを浮かべ、

「うん!」

 と元気な返事をした。



 


 

 

 

 

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