決戦―2
「グオオオオオ!」
耳をつんざく叫声を響かせながら、魔王が突進してくる。まさに常識を超えたスピード。奴の進行方向に立つ俺にも、すさまじい風が突き当たってくる。
だが。
俺は右腕を突き出すと、突進をかます骸骨の頭部を掴み上げた。
「そら!」
かけ声とともに、魔王の頭部を床面に押しつけた。バコォン! という乾いた音が異空間に反響する。
「ガアアアアアッ!」
魔王が激しくもがくが、しかし腕力は俺のほうが上だ。続けて竜の頭部を地面に押し込み続ける。
「ふん、哀れだな。巨大になっても俺に膂力で負けるとは」
「ガアアアア!」
俺の手の下で魔王が暴れ続ける。
「ナゼだ、なぜここまでしても、おまえに勝てないのだァ!」
「簡単だろうが。おまえは一般人で、俺は魔神。ただそれだけの違いだ」
「くっ……!」
「ひとつ答えろ。俺の記憶を封じたのは誰だ。おまえには記憶を操作するまでの力はあるまい」
「…………」
またしても静かになる骸骨竜。
俺は思わず舌打ちをかました。
「これもわからないか。つくづく使えないな」
「や、やかましい!」
魔王は喚き声を発するなり、今度は尻尾を振り払ってきた。頭を押さえつけられた状態で、よくもまあここまで動けるものだ。
だが、それでも相手が悪い。大魔神たる俺は、その尻尾の軌道を視界の端に捉えていた。
もう片方の腕を突き出し、魔王の尻尾を掴みあげる。さすがというべきか、ちょっとした衝撃が手のひらに伝わってきたが、俺にはどうということはない。
次いで両腕で尻尾を抱え、俺は骸骨竜をぶんぶん振り回してみせた。
「ぐわああああああ!」
魔王の情けない悲鳴が異空間に響きわたる。だが、ここには俺たち二人しかいない。誰も助けにこない。
「た、頼む、こ、こここ殺さないでくれ!」
「ふん。信頼できるとでも思ってるのか、クズが!」
俺は最後に高々と骸骨竜を持ち上げ――
思い切り、地面に叩きつけてやった。
「かはっ……!」
魔王が弱々しい悲鳴をあげる。さきほどのダメージと合わせて、奴はもうかなりの傷を負っていると思われた。
――まあ、こんなとこかな。
僕はパチパチと両手を叩くと、改めて魔王ワイズを見下ろした。
全身を痙攣させ、うつ伏せたまま動き出そうとしない。死んではいないが、その数歩手前といったところか。
俺は床に座り込むと、できるだけ声のトーンを落として言った。
「まだ逝くな。俺の質問に答えてから死ね」
「……非情な男だ。大魔神と言われるだけの――」
「黙れ」
魔王の戯れ言を遮り、俺は話を切り出した。
「一気に聞くぞ。盟主、ステータスの作成者、俺の記憶を封じた者……これらの人物に心当たりはあるか?」
死に際になって観念でもしたのか、魔王は素直に
「いや……わからない」
と答えた。
「大魔神よ。貴様は強い。だが……まもなく世界は激動の時代を迎える。いくら貴様とて……果たして無事に生き残れるかな」
「……ふん」
魔王の妄言を、俺は鼻で笑って返した。
「もうひとつ答えろ。なぜ十年前、俺を殺そうとした」
これもまた、今日まで判明しなかった謎である。
俺はたしかに魔王をも凌ぐ魔力を持っているが、かといって下界に干渉したことは一切ない。魔王に恨まれる筋合いはないのだ。
魔王は数秒黙りこくったあと、ふっと笑い出した。
「そういえば……何故だろうな。儂にもわからんよ。気づいたときには、貴様への憎悪だけが心にあった」
「…………」
ここまで話を聞いてしまえば、導かれる答えはひとつだ。
俺は静かに、だが厳しい一言を魔王に突きつけた。
「要するに、おまえも傀儡だったってことだな」
「……傀儡か。ふん、まあそうとも言えよう」
とはいえ、それで魔王の罪がなくなるわけではない。
俺もコトネも、そして多くの女生徒たちも、魔王のせいで苦しめられてきた。
俺はゆっくり立ち上がると、魔王に背中を向け、歩き出した。
「とどめは刺さない。なにもないこの空間で、残りわずかな余生を苦しみながら過ごすんだな」
それが、長らく植物状態だったコトネへの、せめてもの償いである。




