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仮の姿

 大魔神たる俺に適う者は、もちろん誰ひとりとて存在しなかった。


 学生服というのは実に便利だ。

 これを見ただけで、ほとんどの魔物が油断する。あとはサイコキネシスをかけて無力化すればいい。


 実に簡単である。


「くそ、貴様、ただの学生ではないなっ……!」


 そしていまも、俺に《眠れ》と命じられた騎士たちが倒れていく。


 もろい。もろすぎる。 

 現在地は魔王城の小部屋。

 エントランスからだいぶ進んできた。


 ここまで来れば、魔王ワイズの私室までかなり近いと思われる。

 実際にも、魔王の禍々しい気配をかなり手近なところに感じる。


「やれやれ」

 倒れた騎士を見下ろしながら、アリオスが言う。

「これは俺が来る必要なかったのではないか? おまえ一人で充分そうだが」


「いや、そうでもないさ」


「――なに?」


 アリオスが首を傾げた、その瞬間。


 突如、目前の空間に、見覚えのある男が姿を現した。


 黒ローブを身にまとい、顔の半分を隠しているが、気配でなんとなくわかる。担当教師にして魔王の側近――ルーギウスだ。二本のナイフを携え、こちらに切っ先を向けてくる。


「失態だな。まさか追われていたとは。……元警備隊アリオス、そして大魔神エルガー」


「ふん。貴様か」

 アリオスは一歩前に進み出ると、同じく鞘から剣を抜いた。

「エル。おまえは先に行け。守らねばならない者がいるのだろう」


「……ああ。頼むよ」


 俺はひらりと手を振ると、猛然と走り出し、先の部屋に向かった。


 ルーギウスもそれなりの使い手だが、アリオスならばまあ心配ないだろう。それよりもコトネの身が心配だ。


 ――無事でいてくれよ、コトネ……

 ついつい駆け出しながら、俺は魔王のいる最奥部へ向けて突き進むのだった。


   ★


 アリオスは油断なく構えながら、ルーギウスの動きを窺った。


 さすがは魔王の側近だ。

 隙がほとんどない。


 人混みのなかで何件もの誘拐を成功させてきたのも、これなら頷ける。


「……血迷ったかな。アリオスさんよ」


 ルーギウスが口元を歪ませる。黒ローブを目深まぶかに被っているので、口元しか表情が見えない。


「あんたの強さは知っている。だが、所詮はただの《警備隊》。俺の敵じゃないね」


「……ふん」


 ルーギウスの安い挑発に、アリオスは鼻で笑った。


「血迷っているのはどちらだ。おまえはあの学生が《大魔神エルガー》だと知っていたな。そのうえで我々に勝負を挑むつもりか」


「エルガーか……はっ」

 ルーギウスはつまらなそうに鼻を鳴らした。

「おまえの言う通りだ。たしかに奴は強すぎる。――だが!」


 高々に叫ぶなり、ルーギウスは片手を天に掲げた。なにやら小袋のようなものが握られている。


「ついに俺は恐れを捨てたのだ! こいつさえ飲めば……たとえ相手が大魔神であろうとも関係ない!」


 ――薬か。

 アリオスは一瞬で悟った。


 一時的に精神を高揚させる成分でも入っているのだろう。


 だからこそ、大魔神に喧嘩を売るという、史上稀に見る愚行を犯してみせたのだ。


 ……愚か者め。

 女だけでは飽きたらず、いったいなんてものを……!


「ふふ……アリオスよ。おまえにも見せてやる。この俺の、真の力をな!」


「お、おい……!」


 止める間もなかった。

 ルーギウスは大きく口を開けると、袋の中身をそのまま飲み込んだ。なかには数えきれないほどの錠剤が入っていたはずだが。


「バリバリバリぼりぼり」


 錠剤のかみ砕く音が嫌に大きく聞こえる。


 そして。

 ――ぱさっ。

 ルーギウスの片手から、空になった小袋が落とされた。


「グフ……グフフ……なんと心地よいのだろう……」


 その狂気的な笑い声には、さしものアリオスもぞっとしてしまった。


「ば、馬鹿者が……! 薬などに頼るなどと……!」


「フフ、なんとでも言うがいいさッ! いやっはあー!」


 口の両端をたっぷりに引き上げ、ルーギウスは動物的な笑い声をあげる。


 それだけではない。

 奴の魔力が大幅に高まっている。

 薬の効果なのかどうか知らないが、この力……さきほどのストレイムをも凌ぐ。


「ルーギウス! 答えろ!」 

 知らず知らずのうちにアリオスは叫んでいた。

「その薬……、よもや魔王も使っているわけではあるまいな!」


「へえ……。さすがは警備隊。察しがいいじゃナイか……」


 やはりか。

 そうでなければ、世界最強の大魔神に喧嘩を売るなど到底できまい。


 ――聞いたことがある。

 魔王ワイズは人間との戦争に疲れ果てていると。

 かつての精力はもうなくなってしまっていると。


 そんな魔王が、精神的な安定を求めて薬に手を出し……そして、《国民》であるはずの女にまで手を出し始めた……


 雑な推理だが、ざっとこんなところか。

 許せぬ。

 いったい我々を、魔物を――なんだと思っているのだ。


 俺たちだって生きている。意志を持っている。

 それを踏みにじるような者は、たとえ敬愛していた魔王であろうとも許してはおけない。


「哀れな獣にひとつ、重大なことを教えてやろう。――《元警備隊》というのはあくまで仮の姿だ」


 充分な気合いを込め、剣の切っ先をルーギウスに向ける。


「我が名はアリオス! 《闇の剣聖》にして、絶対の実力者である!」


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