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大魔神は気まぐれです

 二十分ほど歩いただろうか。


 会話もなく歩いていると、やがて光が見えてきた。

 どうやら出口に辿り着いたようだ。


「この洞窟を出ると、近くに私たちの街があります。どうですか? ちょっとだけでもいいです。立ち寄っていきませんか?」


 そう言って、うるうるした瞳で問いかけてくるものだから、僕としては驚愕せずにはいられない。


「仕方ないね。すこしだけ、だよ」


 出口を出た後は他にやりたいことがあった。


 だが、こんなすがるような目で見られては仕方あるまい。

 それに情報収集だって大事だ。


 少女の言う《街》とやらで、なにか重要なことが聞けるかもしれない。


 そんなやり取りをしている内に、外の世界に出た。


 ――森。

 一言で表すならば、そんな場所だった。背の高い木々が密集しており、地面には雑草やら枯れ葉などが所狭しと散らばっている。


 ふと視線を上向けると、暖かな陽光が僕の目を柔らかく射た。大きく息を吸い込むと、汚れのない空気が肺に流れ込んでくる。


「ねえ」

 僕は、隣に立つ少女に話しかけた。

「僕さ、初めてかもしれない。外に出たの」


「え!? 本当ですか!?」


「うん。……さ、街にいこうか」


「は、はい!」

 

   ★


「お、おお……! おぬし、生きておったか……!」


 街に到着した僕たちを出迎えたのは、白髭をたくわえたゴブリンと、その護衛らしき魔物たちだった。


 ゴブリンはかなりの高齢らしい。ふらついた動作で、女の子に両手を差し出す。


「よかった……よかった……心配したんじゃ、本当に……」


「し、市長さん……」

 涙を溜めるゴブリンに、少女は悲しそうに目元を歪ませた。

「その、私は無事だったんだけど……お母さんと、お姉ちゃんが……」


「なに……やられたのか? あの二人が……」


「うん……人間がいきなり襲いかかってきて……それで」


 ――ニルヴァ市。

 洞窟から一番近いというその街は、少女の故郷でもあるようだった。


 街……というよりは、ちょっとだけ発展した村のようなものだ。

 見渡す限り、煉瓦製の家や商店、飲食店などが並んでいるが、まわりが森に囲まれているからか、木や草がそこかしこに生えている。


 頑丈そうな煉瓦の壁が外周を覆っていて、それなりの発展はしているようだが、人も少なさそうだし、村と思っても差し支えなさそうである。


 ……と、そこまで考えてから、僕は市長に目線を移した。


「市長さんだっけ? 心配してたってことは、人間が襲ってくるのを予期してたってことかい?」


「……ほ、あ、あなたは……」


 目を見開く市長に、僕は「ああ、失礼」と言って話を続ける。


「紹介が遅れたね。僕はまじ……じゃなくて、エル。通りすがりの冒険者さ」


 危ない危ない。

 うっかり魔神と言いかけるところだった。

 余計に騒がれると面倒だ。なるべく自分の素性は隠しておきたい。


 ……といっても、僕自身、自分のことわかっていないんだけどね。


 僕の自己紹介に、市長は首をぶんぶん縦に振ると、同じくふらついた動作で両手を差し出してきた。


「そうですか……あなたがこの子を助けて……もう、なんとお礼を言ったらいいか……」


「いや、それは大丈夫だよ。結果的にだしね」


 僕は肩を竦め、市長の握手に応じた。


「それで、えっと、なんの話でしたかな」


「君の話さ。この子を心配してたっってことは、人間に襲われる予感がしてたんじゃない?」


「それは、そのう、えっと……」


 頭が回らないのか、市長が口をどもらせる。


「市長。ここは俺が」


 代わりに、市長の護衛らしき男が一歩前に出た。こちらはオーク、たくましい豚の鼻を持ち、筋骨隆々の肉体を誇る半身半獣の魔物だ。


「さきほど、この街にも人間の襲撃があってな。その仲間たちが洞窟にも行ったかもしれない……そう予想できたわけだ」


「襲撃って……マ、マジかい?」


「ああ。三人しかいなかったからなんとか追い返せたが……しかし、こちらも深手を負ってしまった」


 そう言うオークの片足はたしかに負傷していた。膝部分に盛大に包帯が巻かれており、かなり歩きにくそうだ。


 しかし、人間たった三人を相手に、追い返すのが精一杯とは…

 やはり僕が眠っていた間に、世界になにかが起きたようだ。

 僕の記憶が正しければ、魔物は人間よりはるかに強かった。それがこんなにも逆転するとは……


「しかし、おまえ。エルとか言ったか」


「えっ?」


 いきなりオークに《おまえ》呼ばわりされ、僕は目を見開く。


「本当にその子を助けたのか? 人間を撃退してくれたのは有り難いが……その割には、まったく魔力を感じない」


「……へえ。なにが言いたいのかな?」


「おまえが魔物ヅラした人間かもしれないってことだ」


「ねえ、ちょっとやめてよ!」

 女の子が僕たちの間に割り入る。

「エルさんは本当に私を助けてくれたの! だって、エルさんは大魔……」


 そう言いかけた女の子の頭を、僕はぽんと叩く。


 かばってくれるのは嬉しいけれど、大魔神とは言ってほしくない。

 あとで記憶を抜いておくかな。


「……ふん。それならいいんだがな」


 オークは不満そうに腕を組むと、一歩後ろに下がった。


 市長はしばらくあたふたしていたが、数秒後、僕にへこへこ頭を下げた。


「申し訳ないのうエルさん。我が街にも、それなりの事情があるのです」


「いや、構わないよ。せっかくその足を治してあげようと思ったけど……まあ、気が削がれたね」


「は? 足を治す? 彼の足は全治三ヶ月ですぞ」


「へぇ。そりゃ大変だ」


「……よくわかりませぬが、エルさん、しばらく宿を用意させます。今後の行き先が決まるまで、よろしければゆっくりしていってくだされ」


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