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平凡な日常が一番だよね

 ――やってしまった……

 僕は深い後悔に苛まれていた。


「はぁ……」


 思わずため息をついてしまう。


 だが、やってしまった事実は取り消せない。


 アリオスとの再会から二日後。

 僕はコトネに叩き起こされ、入学式の支度をしていた。朝食も食べ終えたし、身だしなみを整え、あとは勉強道具を揃えれば準備オーケーなのだが。


「はぁ……」

 無意識のうちに、二回目のため息をついてしまう。


 その理由は他でもない。

 学園は僕に任せてほしい――というアリオスとの口約束についてだ。


 勢いであんな約束しちゃったけど、なんかすごく面倒になってきた……


 たしかに犯人は許せないし、リノたちを初めとする被害者は可愛そうだと思う。

 だけど、それとこれとは話が別だ。なにも僕が動く必要はないんじゃないか。魔王にやらせりゃいい。いや、そんなことしたらアリオスたちがバッシングを受けてしまうか。


 うーん、どっちにしろ、早期の事件解決のためには僕が動くしかないのか。果てしなく面倒くさい。


 そんなことを考えながら、鏡の前で髪型を整えていると。


「どうしたのエルくん。そんなため息ばっかりついて」


 セーラー服に着替えたコトネが、後ろから覗き込んできた。


「ねえ、コトネ」


「うん?」


「やっぱり退学できないかな? 無理して勉強なんかする必要なんてないと思うんだよ、うん」


「駄目だよ! お父さん、もうお金払っちゃったんだから」


 マジすか。

 そしたらどうにもならないよねえ。かなりの金額を払っただろうし。


 そうして三度目のため息を吐こうとしたとき、ふいに、背後からコトネが両腕を回してきた。


「もしかして……誘拐事件のこと考えてた?」


 さすがに驚いた。

 まさか見抜かれるとは。


「犯人はやっぱり捕まってほしいけど……私はエルくんが一番だから。また十年前みたいに危なくなったら……そのときは一緒に逃げよ」

 いや。

 違う。


 僕は大魔神なのだ。

 神であるはずの僕が、一般の魔物に心配されてはいけない。

 たしかに面倒だけど……僕は守らなきゃいけない。コトネだけは、絶対に。


「ね、エルくん」


「ん?」


「こっち向いて」


 言われるままに振り向くと、コトネの桜色の唇が、僕の唇にあてがわれた。

 ほんの一瞬だけ柔らかな感触を共有したあと、コトネは恥ずかしそうに顔を離れさせた。


「えへへ……」

 顔を赤らめて下を向く。

「ごめんね。初めてはエルくんって決めてたから」


「……参ったね。急すぎるよ」

 小さく笑みを浮かべながら、僕たちはしばらく抱き合った。



 入学式が始まった。

 僕たちは大きなホールに集められ、校長の長ったらしい話、魔王のくだらない話を聞き流していた。


「人間軍はいまも着々と力を身につけておる! おまえたちの若い力が必要なのだ!」


 などと声高に校長が叫んでいたが、実に滑稽こっけいである。

 魔王と国王が裏で手を繋いでいる以上、いくら修行したところで、戦争は終わらない。


 そういう意味では、学園の生徒たちは極めて惨めだと言える。

 絶対に終わるはずのない戦争のために、日々、意味もなく勉強しているのだから。魔王ワイズにとっては、この学園の存在自体が、《きちんと戦争してます》アピールなのだろう。


 まさに嘘だらけの世界――

 本当に、くだらない。


 そんなことを考えているうちに入学式が終わり、今度はクラス分けが行われることになった。魔王を存分に脅しておいたので、コトネとは同じクラスになるはずである。


 教師に誘導されるまま教室に入ると、僕はそこで驚く人物を見た。


 リノ――誘拐事件の被害者とも、同じクラスだったのである。


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