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こんなに可愛い子がいまや僕の恋人

「エルくん……エルくんってば!」

「んあ……」


 名前を呼ばれ、うっすらと目を開ける。


 眼前には、やや呆れ顔のコトネ。

 部屋中央のテーブルから、なにやら良い匂いが漂ってくる。


「もう、今日は朝から街のお散歩って決めてたでしょ! 朝ご飯できてるから、顔洗ったら一緒に食べよ!」


「ごめん……あと五分……」


「駄目だってば! 冷めちゃうよ!」


「うぐぐ」


 大魔神には意外な弱点がある。

 猛烈に朝が苦手だ。

 一度寝てしまうと起きられない。マジで。


 強烈な気合いを込めて上半身を起こすと、洗面台に向かい、顔を洗う。


 ちなみに、室内にはベッドが二つある。

 当然のように別々に寝たので、昨晩はお楽しみでしたね……ということはない。


 でも、さっきのコトネの胸、大きかったなぁ……。やっぱり十年前とはなにもかもが違う。


 いまだに信じることができない。

 彼女のような美しい女性が、僕のことなんかを想ってくれているなんて。


 ――では、どうすればいいのです! そうでもしなければ、きっと、多くの魔物が犠牲になる――


 魔王ワイズの叫び声が脳裏に蘇る。


 やり口は微妙だが、あいつなりに魔王の使命を果たそうとしていた――ということだ。僕が神殿で引きこもっている間に。


 もちろん、だからといって世界を救おうだんて考えはしない。僕はあくまで観察者だ。面倒なことはしたくない。いまのところは。


 そんなことを考えながら食卓に戻り、コトネの向かいに座る。


「ね、どう? 私なりに頑張ってみたんだけど」


 そう言って上目遣いに見てくるものだから、いくら大魔神とはいえドギマギせずにいられない。


 朝食は肉や野菜に爽やかなソースをからめた、ヘルシーなサンドイッチだった。


 一口かじると、野菜の小気味の良い触感と、肉の控えめな油が舌に踊り出てくる。


 ――うまい。

 素直にそう思えた。

 味そのものは当然母には劣るものの、彼女は僕のために早起きしてご飯を作ってくれた。この事実がなにより最高の味付けだった。


 夢中でひとつ食べて終えてから、僕はただ一言、

「おいしいよ」

 と言った。


「ほんと!?」

 目をキラキラさせながら身を乗り出してくる。


「うん。これ、いつ覚えたんだい?」


 たしか記憶上のコトネはこんな腕前などなかったはずだ。といっても十年前の話だが。


「花嫁修業だって言って、お母さんが特訓してくれたのよ。ほんと、感謝してる」


 そうして女としての魅力を上げ続けたコトネを、街の男が放っておくはずもなく。

 まだ若いにも関わらず、交際を申し込んできた魔物も何体かいた――と、両親から聞いたことがある。


 それでも彼女は断り続けたのだ。

 いつ目覚めるかもわからない大魔神に、花を添えるためだけに。


 身を乗り出すコトネの頭を、僕はなんとなく撫でてみせた。


「あうっ。どうしたの、急に!」


 腰を引っ込ませ、頬を赤らめながら言う。


「なんでもないよ。さ、おいしいご飯も食べ終えたことだし、早速街に出ようか」


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