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ちょっと意外な返事

「そ、それは……」


 魔王がくぐもった声を発する。


 答えていいものか逡巡しゅんじゅんしているようだが、しかし奴に逃げる権利などない。


「正直に答えてもらおうか? そうじゃないと……わかってるよね?」


 たっぷり威圧感を込めて言うと、魔王はびくりと身を震わせた。奴の目に眼球は存在しないが、上目でこちらを窺っているのがなんとなくわかる。


 やがて、魔王の口からやけに小さい声が発せられた。


「私たちは……契約したのです。お互いを守り合うことを」


「へえ?」


 ちょっと予想外な答えだった。嘘をついている様子もない。

 僕が黙りこくっていると、魔王は続けて話し始めた。


「《魔物と人間の戦争》は長らく続いていました。このままでは、私、もしくは人間の国王……どちらかが殺されることは明白です。しかしながら、いまさら休戦するわけにもいきません。お互いに深く恨み合っていますから、部下たちが納得するわけもありません」


 それは事実だった。


 現にコトネの両親がそうだ。

 コトネは人間の《腕試し》によって身体の自由を封じられた。

 会話の端々から、人間を恨んでいることは容易に推察できた。


 その状況で、いきなり人間と平和条約を結んだとしても……十中八九、納得しないだろう。


「ですから、私たちは裏で契約したのです。今後、絶対に戦争しないことを」


「……なるほどね」


 たしかに筋は通っている。


「でも、ニルヴァ市には人間が攻めてきたよ?」


「建前は必要です。それぞれの種族が反発を起こさない程度の、小・中規模な闘争を起こしているのです。別の地域では、魔物が一方的に人間を追いつめているところもあります」


 そういうことか。

 大きな戦争を起こさない代わりに、小規模な闘争によって多くの部下を守っているのだ。


 ……しかし。


「認められないね」


 きっぱり言い切った僕に、魔王はまたも身体をびくつかせた。


「君のやってることは、少人数を犠牲にして大人数おおにんずうを守ることだ。それが――」


 王のやることか。

 そう言いかけて、口をつぐんだ。


 果たして僕にこれを言う資格があるのかどうか。ひたすら自分の世界に引きこもり、下界を眺めていただけの僕に。


 黙る僕に、魔王が珍しく反発した。


「では、どうすればいいのです! そうでもしなければ、きっと、多くの魔物が犠牲になる。わ、私はもう、……疲れたのですよ」


 最後の台詞はかすれ声だった。


 十年前の威勢の良さはもうほとんど残っていない。

 それだけ多くの修羅を見てきたということか。


「でも、やっぱり認められないな」


 数秒後、僕は確かな声を室内に響かせた。


「そうやって犠牲になった魔物はどうなる? コトネは長い間苦しんできた。もううんざりなんだよ。あんなふうに……理不尽に苦しめられる魔物を見るのは」


 そうまくしたてながら、僕はまったく別のことも考えていた。


 ――変わったな。

 数百年前までの僕は、他人がどうなろうと知ったことではなかったはずなのに。


 コトネと会うことで、僕自身、くだらない情が芽生えてしまったらしい。


 当惑しているのだろう、口をぽかんと開けているワイズに、僕は右手を突きだしてみせた。


「でも、いまの話は大きな収穫だったよ。人間と契約を結んでいるのであれば……いま君を殺しても、奴らが攻め込んでくることはないってことだ」


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