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僕だってそこまでお子ちゃまじゃないよ

「す、すげえ……」

「あ……あいつ、何者だ……?」


 ルイスをたった一撃で気絶せしめた僕を、多くの受験生が怪奇の瞳で見つめる。


 だって仕方がない。

 勝負したくもないと言ったのは相手のほうだ。


「で、いいかな? 僕の実力は充分わかったでしょ?」


「い……いや、ちょっと待ってくれ」


 と言ったのは魔術師ふうの試験官だった。

 白髭しろひげをたくわえた老年の魔術師で、さっきまで余所よそのグループで試合を見ていたはずだ。


「い、いまの魔法はいったいなんなのだ? あんなもの、見たことがないぞ」


「そりゃそうでしょ。神級魔法だもの」


「嘘はやめてほしい。そんなものは神話の世界にしか存在しないはず……」


「……なるほどね。君たちにとってはまあそうか」


 僕はずっと、世界から身を隠して生きてきた。

 平凡な魔物からすれば、僕の存在自体、疑わしいものなのかもしれない。


 さて、どうしてくれよう。


 いまの戦いで僕の実力が判断できないのであれば、いっそサイコキネシスで僕とコトネを強制合格してもらうか。


 それか、僕の正体をバラしてもいい。

 できれば知られたくないことだが、試験に落ちるよりはいい。


 ――ん?

 そこまで考えたとき、僕は不覚にも笑みを浮かべてしまった。


 背後に、なんとも懐かしい《気》を感じたからだ。


「……ふうん。魔王様じきじきにお出ましか。ずいぶんと手前がいいじゃないか」

 振り返らずに問いかける。


「えっ、嘘……!?」

「魔王様……なぜっ!?」


 瞬間、その場にいた誰もが膝を落とし、こうべを垂れる。遠くで模擬戦をしていたグループも、いったん試験を中断してひざまずいていた。


 そのなかにあって、唯一、敵対心のこもった瞳を魔王に向けていた者がいた。


 コトネだ。

 気持ちはわかるが、ここは僕に任せてほしい。


 そんな念を込めて彼女と目を合わせると、次の瞬間には、コトネは得心したかのようにひざまずいた。


 そして。

 ひとり、不遜にも魔王に背を向けたままの僕に、老年の試験官が怒声を浴びせてきた。


「こら貴様! 魔王様の御前おんまえだぞ! 恥を知れ!」


 そこで初めて僕は振り返り、不敵な笑みを浮かべてみせた。


「センセイはああ言ってますが……僕もひざまずいたほうがよろしいでしょうか? ――まおうさま」


「ぬ……」

 魔王ワイズは、骨だけの口をカタカタ揺らしながら、くぐもった声を発した。

「よい。貴様だけは余と対等に話すことを許そう」


「……ふふ。身に余る光栄です、まおうさま」


 僕も微笑みを返してみせる。

 まあ、魔王にもメンツってもんがあるだろう。


 ここで十年前の仕返しをしたいところだが、僕はそこまでお子ちゃまじゃない。いまは自制してあげよう。


 魔王相手にも動じずに話す僕を見て、周囲はまたしてもどよめきを上げた。


「ま、魔王様、どうしてそんな奴にッ!」

「……あ、あいつ……魔王様と知り合いなのか?」


「違うよ。こんな骸骨ジジイと知り合いだなんて勘弁願いたいね」


「が、骸骨ジジイ……?」


「こほん」

 そこで魔王はわざとらしく咳払いをかました。

「受験生エルよ。いまの魔法に大変感銘を受けた。特別に、先んじて面接をしてやろう。面接室へ来るがよい」


 瞬間、ええ……! という困惑の声が周囲から発せられた。


 実技試験の終了を待たずして、魔王が直々に面接を告げにくる。このことに対し、すべての者が驚愕しているようだ。


 ――だが、本当の用件は《面接》なんかではあるまい。


 魔王ワイズ。

 わかってるよ。君の狙いくらい。


「ふふ……」

 僕は悪戯めいた笑みを浮かべた。

「それは身に余る光栄ですが……どうします? 僕が嫌だと言ったら」


「な、なに……?」


「《特別に》とか仰ってますが、全部あなたの都合でしょ? 僕にも断る権利あると思いますが?」


「うぐぐ……」


 いつもの魔王ならば、こんな不躾ぶしつけな輩は一瞬にして灰にしていることだろう。こいつの残忍性は僕が一番よくわかっている。


 だが。

 できるわけがない。

 魔王ごときが、神に適うわけがない。

 魔王ワイズも、それがわかっていてなにもしてこない。


 周囲には、自分の部下たちがいるにも関わらず。


「ふっ、嘘ですよ。冗談」

 僕はひらりと片手を振ると、魔王のもとへ歩き出した。

「魔王様のお誘いを断るわけないじゃないですか。お望みとあればなんでもしますよ。さあ――面接室へ連れて行ってください」


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