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犯人は相当スケベだと思う

 ほどなくして魔王城に着いた。

 さすがは魔物界における最先端の場所というだけあって、城下街は活気に溢れていた。


 半分を自然に占められていたニルヴァ市とは違い、すべての箇所に魔物の手が入っている。


 色とりどりの煉瓦れんが製の建物、香ばしい匂いを放つ露店、等間隔に設置されている木々。


 あちらこちらで空を突くような大型店舗も軒を連ねており、これらの壁面には商品を宣伝する大型モニターが設えられていて、それはもう大変な賑わいを見せている。


 住民もどこか垢抜けているように見えた。上質そうな服を身にまとい、それぞれの歩行速度で街を行き交っている。


「……ここが、城下町……」


 街の入り口に立ったコトネが、ぽかんと立ち尽くしながら呟いた。


 城下町の外周は巨大な壁が設置されていて、正面の大門しか入り口はない。


 警備員の検査を問題なく終え、僕もほっとしながら言った。


「なんだ。君はここで仕えたことがあるんじゃないのかい」


 すると、コトネが悲しそうにかぶりを振る。


「……ううん。私はずっと城のなかでこき使われてきたから……外に出ることなんて……」


「そうかい……」


 僕も思わず声のトーンを落としてしまう。


 そうだ。

 奴隷として働き詰めていたコトネを、魔王は無謀にも《魔神の神殿》に派遣した。


 誰もがわかっていたはずだ。一介の魔物が、魔王よりも強い神に勝てるはずがないと。


 それでも予想外の功績をあげたコトネに対し、魔王はなんら褒美を与えることなく魔王城から追放した。


 表向きは《奴隷身分からの解放》などと言っていたらしいが、それにしても功績に見合わない対応である。


 僕は城下町の奥にそびえる、漆黒の魔王城を見上げた。


 巨大だ。

 いくつもの窓からは、不気味な赤い輝きが見て取れる。

 あの内部からはやはり禍々しい魔力を感じる。魔物でも指折りの達人たちがいるんだろう。


「やっぱりあの骸骨じいさんにはお仕置きが必要かもね」


「……えっ?」


「いや、こっちの話。さ、早いとこ学園に向かおうか」


「うん……」


 そうしてコトネの手を引こうとした僕に、後ろから話しかけてきた者がいた。


「申し訳ない。すこし話を窺いたいのだが」


 背後を振り返って、僕は思わず驚愕した。


 ――こいつ……強い。

 雰囲気でそうとわかる魔物がそこにいたからだ。


 人型の魔物。男性。


 紺色の長髪が、腰のあたりまで伸びている。


 顔にはいくつもの刀傷がついていて、これまでに何度も死線をくぐり抜けてきたことがわかる。


 かなり鍛えているらしく、身体つきもたいしたものだ。

 腰には剣を下げているが、素手でもかなりのダメージを相手に与えられるだろう。


 僕はそんな初対面の強者に対し、微笑みを浮かべた。


「なにかな。とっても強いお兄さん」


「……ほう?」

 男はぴくりと眉を動かした。

「わかりますか。これでも気配を抑えているつもりだったのですが」


「ま、並の魔物だったら気づかないよね」


 意味深な会話を繰り広げる僕たちを、コトネが不思議そうに見上げてくる。


 僕はこほん、と咳払いすると、

「……で、なんの用だい」

 と本題に入った。


「こ、これは失礼。自己紹介がまだでしたな。私はアリオス。街の警備隊を務めている者です」


「……えっ」


 僕は目を丸くした。

 その名前をここで聞くことになるとは思ってもいなかった。


「アリオス……って、ニルヴァ市の?」


 アリオスも同じように目を丸くする。

「ええ。まさしくニルヴァ市出身ですが……よもや私をご存じで?」


「ご存じもなにも、僕たち、そのニルヴァ市から来たんだよね」


 それから僕は、ニルヴァ市で起きた事のあらましすべてを、ごく簡潔に話した。


 ちなみに僕の正体は教えなかった。話がややこしい事になりそうなので、《生まれつき強い魔物》とだけ伝えておいたのである。


「そうですか……そんなことが……」


 アリオスは目を閉じて僕の話を聞いていた。かなりの修羅場を潜り抜けてきたのだろう、その仕草がかなりさまになっている。


 数秒後、アリオスは目を開くと、ぺこりと頭を下げた。


「あなたにはご迷惑をおかけしました。私も故郷のことは心配でしたが……なにしろこちらも手が一杯で」


「ということは、なにか厄介な事件に巻き込まれているのかな?」


「ええ。そういうことです」


 その事件を早急に解決すべく、凄腕の戦士としてアリオスが城下町に派遣された――というのが事の顛末てんまつらしい。


 今回アリオスが話しかけてきたのも、その事件の聞き込み調査のためであるらしかった。


「しかし、あなたがたはいまこの街に来たばかり。なにもご存知ないでしょう。呼び止めて申し訳ない」


「いやいや、それはいいんだけど。せっかくだし事件のことを教えてよ。なにか力になれるかもよ?」


「それはやまやまですが、あなたたちの手をわずらわせるわけには……」

 言いかけたアリオスの目が、ふと僕とコトネの服装を捉えた――ような気がした。

「失礼。あなたがた、もしかして学生さんですかな」


「そうだね。今日が試験だ」


「そうですか……それならば、あなたちにも知っておいてもらいたい。身の安全のためにも」


 穏やかでない話だ。


 身を乗り出した僕とコトネに、アリオスは周囲に聞かれないよう、ごく小さな声で言った。


「最近……この街で誘拐事件が発生しているのです。それも女子学生だけを狙った、卑劣な事件です」


「じょ、女子学生……」

 コトネがぶるっと身を震わせる。


「犯人はかなりの手練れのようですな。魔力を辿ることもできないし、手がかりも一切残さない。事件が起きた際には城下町の警備隊が迅速に駆けつけているのですが、大勢の目をもってしても、なんら手がかりは得られないそうです」


「そうかい……」


 すぐそばに魔王がいる学園で誘拐事件。

 なんとも剛胆な犯人だ。

 それだけバレない自信があるってことか。


 アリオスはコトネに目を向けると、やや悲痛な面持ちで告げた。


「これ以上、犠牲者を増やしたくありません。どうか……お気をつけて」


「は、はい……気をつけます」


 ぶるぶる震えるコトネの肩を、僕はちょっとだけ強く掴んだ。


「心配いらないよ。彼女には指一本触れさせない」


 力のこもった僕の発言に、アリオスも大きく頷いた。


「ぜひともお願いします。……では私は仕事に戻りますので。ご協力、感謝します」


 最後にアリオスは深々と頭を下げると、街のなかに消えていった。



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