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もしかしなくても下ネタを考えてたっぽいね

 次は服屋だ。


 自慢じゃないけれど、僕は服がない。


 いまもコトネの父親からお下がりを借りているが、コトネいわく「せっかくの容姿が勿体ない」らしい。


 よれよれの作業着に、よれよれのスラックス。

 服装に無頓着な僕でも、これはさすがにまずいと思う。


 この機会に、色々と着るものを新調しておきたい。


 あとは制服だ。


 魔物は人間と違い、さまざまな種族がおり、したがって服の形も多岐に渡る。


 何年も着ることになる制服となれば、オーダーメイドできちんと自分に合うものを購入するのが普通らしい。


 というわけで。

 僕とコトネは店員に身体のサイズを図ってもらい、制服が後日届けられる旨を聞いたあと、学園生活に使用する服を選んでいた。


「んー、これとこれとこれと……」


 コトネはハンガーを掻き分けながら、大量の服をカゴに突っ込んでいく。ふりふりのワンピースであったり、はたまたきっちりとしたジャケットであったり、種類は様々だ。


「あ……あのさ……」

 彼女の背中を追いながら、僕はため息をついた。

「もう二時間は経ってるんだけど……まだ終わらないのかい?」


「え? まだまだだよ」

 ハンガーを分ける手をぴたりと止め、コトネはきょとんと僕を見つめた。

「これじゃ全然足りない。私も自分に合うサイズの服なんて持ってなかったし」


 そりゃそうか。

 六歳児の頃の服なんて着られるわけないしね。


 そんなことを考えていると、コトネは眉を八の字にした。


「で、でもエルくん。ひょっとしてつまんない?」


「えっ?」


「だって退屈そうにしてるから。その……いったん出る?」


「…………」


 正直、うんざりしてきたのは事実だった。


 けれどコトネだって長らく身体の自由を失っていたのだ。

 こうして他愛のない日常を送ることを、それこそ脳が焼ききれるほどに望んだに違いない。


 僕だって十年も封印されてきたが、意識はなかった。体感的には一日寝て起きたようなものだ。


 その意味では、コトネのほうがずっと辛かったはずなのだ。


「……いいよ別に。付き合うよ」

 目線よりだいぶ小さなところにあるコトネの頭を、ぽんと叩いてみせる。

「僕のことは気にしなくていい。君の幸せが僕の幸せさ」


「…………」


「ん? どうかしたのかい?」


 口をぱくぱくさせ、頬をピンク色に染めるコトネに、僕は首を傾げる。

 数秒後、彼女は慌てたようにそっぽを向いてしまった。


「な、なんでもないよっ。エルのえっち」


「は!? なんでそうなるんだい?」


「ふんだ。知らないっ」

 なぜか怒ってしまったコトネの口から、ごくごく小さな声で

「でも、ありがと」

 と発せられていたが、それは聞こえなかったふりをしておいた。




 一ヶ月後。

 諸々の準備を終え、僕たちは晴れて学園生活を迎えることとなった。


 ニルヴァ市から魔王城へはそれなりの距離があるらしく、母親が馬車を手配してくれた。


 至れり尽くせりで、コトネの両親には感謝してもしきれない。


 僕は大魔神としてきっちりと礼を述べたあと、コトネとともにニルヴァ市を出た。


 窓枠に頬杖をつく格好で、僕は対面に座るコトネを見やる。

 白銀にきらめく長髪と、濃紺のブレザーの対比がなんとも美しい。いますぐ消えてしまいそうな儚さを持っており、なんだかこう、落ち着かない気分にさせられる。


「……どうしたの?」

 僕の視線に気づいたコトネが目を丸くした。


「いや。なんでもないよ」

 僕はかぶりを振り、代わりに別の質問を投げかけた。

「教えてほしいことがある。この世界についてなんだけど」


「へ?」


「僕は十年前までずーっと引きこもりだったからね。世界の情勢にはあまり詳しくないんだ」


「う、うん。私にわかることなら……」


 そうして僕はコトネから、いくつかの一般常識を教えてもらった。


 まず、僕たちが住んでいるのは《ノステル大陸》というらしい。


 その大陸を大きく二等分して、魔物領と、人間領とに分かれているそうだ。


 魔物と人間ではあれだけ力の差があったのに、なんと領土は綺麗に半々だという。世界は危ういところで均衡を保っている――とのことだ。僕としては不思議で仕方ないが。


 一ヶ月前に耳にした《シュロン国》とやらは、別の大陸に存在する国らしい。どうりであまり聞かないわけである。


「でも、私もずっと動けなかったからね。この知識が正しいかどうか、ちょっと自信ないな……」


 説明を終えたコトネが、申し訳なさそうにぺこぺこする。


「いやいいよ。助かった」


 最低限の知識はないと、学園での勉強に支障が出るからね。

 基本のキくらいは抑えておきたい。


「ねえ、エルくん……」


「なんだい?」


「お母さんの話、本当なのかな……? 私たち、同じ部屋に住むんって……」


「ああ。そりゃそうでしょ。別々の部屋だったらまたお金かかるじゃん」


「それはそうなんだけど……」


 コトネは呟くなり、顔を赤くしてうつむいた。


 この一ヶ月間、僕とコトネはずっと別々の部屋で寝ていた。

 それだけ大きな家だったし、……それに、彼女の両親がいるのに、同じ部屋で寝泊まりするのはなんだか居心地が悪かった。


 今日からはそんな制約もなくなるわけだ。僕たちは、同じ部屋に寝食をともにすることになる。


「で、でも、私……」


「なんだい? どうしたのさっきから」


「だってその、まだ心の準備が……」


「は?」


 いったいなにを考えているのか。

 皆目見当がつかない。


 僕がぽかんと口を開けていると、コトネが小さい声で、

「でも、私ももう大人だし。エルくんは男の子だし。私が支えなきゃ」

 と言った。


「……ごめん。もしかしなくても、しものこと考えてたのかな」


「えっ!?」

 コトネが目をぱちくりさせる。

「ち、違うよ! そんなわけないでしょ!」


「……そう」

 僕は大きく息を吐き、続けて言った。

「でも、まだわからないよ? 入学試験に落ちたら帰らされるからね」


 そう。

 どうやら僕たちが向かう学園では入学試験があるらしい。


 項目は三種類。

 筆記試験。

 実技試験。

 面接。

 この三つだ。


 実技試験は問題ないとしても、厄介なのは筆記試験と面接だ。


 僕は一般常識に疎いから、筆記試験に受かるかわからない。

 面接に至っては、あの魔王が面接官だしね。

 いきなり面倒なことが立ちふさがっているわけだ。


「大丈夫だよ、エルくんは」

 ふと、コトネが僕の両手をぎゅっと握ってきた。

「知ってる。エルくんは、なんでも知ってて、強くて、優しいんだ。落ちるわけないよ」


「……だといいんだけどね。コトネも頑張ろっか。実技試験に備えて、最後まで訓練つきあうよ」


「ありがと。私も助かる」


 僕たちは生まれて初めて、ほんの数秒だけ、唇を重ね合わせた。



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