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いらないので、魔王級のレア素材をプレゼントです

 僕たちが最初に向かったのは警備隊の宿舎だ。


 いくつかの路地を抜け、怪しげな食い物を売る露店を通り過ぎた先に、それはあった。


 外観は木造の小屋。


 コトネの母親から、事前にここの場所を聞いていた。


 魔物はここを休憩所にして、仲間と代わる代わる街を警備しているらしい。毎日毎日、本当にご苦労なことである。


 僕も見習わないとね。あと五百年は働くつもりないけど。


 さて。

 魔力を辿ると、いまも誰かが室内にいるようだ。ちょうどいい。


 僕は扉に手をかけ、宿舎のなかに入った。ギィギィ不吉な音をたてる扉に、ちょっと顔をしかめてしまう。


「うわっ」


 後ろについてきたコトネが嫌そうな声を発した。


 それもそのはず。内部はひどく汚れていた。


 壁面にかけられている剣や槍、薄い生地がかけられたベッドの他に、よくわからない書類や防具、ガラクタなどがあちこちに散らばっている。足も踏み場もないゴミ屋敷――の一歩手前のような状態だ。


「んお?」


 室内にはオークがいた。

 ベッドにこもり、顔を赤くして、下半身を毛布で隠している。


「……なにしてるんだい?」


 正直すべてを察してしまったが、一応、問いかけておく。


「い、いや、これはですね、その……」


 一週間前、人間たちが攻めてくる一件があってから、オークたちは僕に敬語を使うようになった。


 魔王より強い大魔神ともなれば、さすがに恐縮するか。

 サイコキネシスを使えば彼らの記憶を封じることもできるが、それはしていない。


 僕はふうとため息をつき、後ろ手に扉のノブを握った。


「仕方ないね。三十秒後に出直してくるから。それまでに終わらせるか、諦めるかして」


「わ、わわかりました!」


 オークが頷くのを確認し、僕は一旦部屋を出る。


 すると、コトネが不思議そうに僕を見上げてきた。


「帰るの?」


「いや。ちょっとだけここで待機する」


「なんで? なにかあるの?」


 そう言って無垢な瞳で問いかけてくるものだから、ちょっと罪悪感を抱かずにはいられないものの、僕は正直に答えてあげることにした。


 邪悪な大魔神たるもの、嘘をついちゃいけないよね。


 オークの行為の意味を小声で耳打ちすると、コトネは数秒間たっぷりフリーズし、顔面から湯気をほとばしらせた。


「も、もう! ほんとにしょうがないんだから!」


「僕に怒らないでよ。言うならあのオークに」


「うるさい! エルのえっち!」


「な、なんで僕が……」


 おかしい。

 なにも悪いことしていないのに。


 そんなこんなで三十秒たった。


 ためらいもなく扉を開けると、今度はオークはきちんと立っていた。両手を前に組み、背筋をぴんと伸ばしている。


「……で、結局のとこ、終わったのかい?」


「ええ。さくっと」


 そう言ってドヤ顔をつくるオークに、僕は本気で感心した。


「すごいね。よくたった三十秒で……わっ!」


 脇を見ると、コトネが真っ赤な顔で僕の脇腹をつついていた。


 仕方ない。話を本筋に戻そう。


「こほん」

 僕は軽く咳払いすると、オークの両目をまっすぐ見つめた。

「今日は報告があってね。実は僕たち、街を出ることになった」


「えっ!? ま、まままさか結婚……」


「違うよ」


 ため息をつき、ばっさりとオークの発言を切り捨てた。

 その際、コトネがちょっと残念そうな顔をしていたのは気のせいかな。


「学園に行くんだよ。どれくらい在学するかわかんないけど……しばらくは街に戻らないかも」


「そ、そうですか……学園に……」


 言いながら、オークは僕とコトネを交互に見つめる。


「コ、コトネさんはともかく……エル様は学園に行く意味があるのですか? あそこはただ、武術と魔法を教えているだけですよ」


「いいんだよ。もう決めたし。魔王にも会っておきたい」


「ま、魔王様と……まさか戦争でもなさるつもりですか」


「……やらないってば」


 こいつ、僕を冷血非道な悪魔だとでも思っているのか。


「で」

 僕は無理やり話を切り替えた。

「その間、街の警備は君らに任せきりになる。もしまた人間たちが攻めてきたら……対処できるかい?」


「う、うーむ」

 オークは腕を組み、難しい顔をした。

「難しい……と言わざるをえないでしょうな。アリオスさんがいればいいんですが、我々だけでは……」


「ま、そうだよね」


 この街はコトネの第二の故郷だ。

 学園から帰ったとき、街が殲滅せんめつしていました――なんでいう結末は胸くそが悪い。


 いまのところ魔王も人間軍もおとなしいけれど、念のため対策を練っておいて悪いということはない。


「だからさ、これ……あげるよ」


 僕は片手に持っていた布袋をオークに差し出した。


 ブタ面の魔物は小さく会釈してそれを受け取ると、不思議そうに首を傾げた。


「なんですかこれ?」


「古代竜の鱗と爪。上質なところを選んでおいてあげたよ」


「こ、古代竜……!?」


 オークがぎょっとしたように仰け反った。そのさい布袋を落としてしまい、彼は慌てたように空中で掴み取った。


「古代竜って……あのリュザーク殿のですか!?」


「そう。それがあれば良質な武器と防具が作れるでしょ。かなり強くなれるんじゃない?」


「なれます! それはもう、ものすごく!」


 嬉しそうに即答するオークだが、数秒後、遠慮がちな声を発した。


「で、でも、いいのですか? こんないいもの貰っちゃって」


「いいよいいよ。僕にはいらないし。君たちに修行をつけるより、よっぽど速効性があるし」


「そ、そういう問題なのですか……? だってこれ、魔王様の装備に匹敵する強さでは……」


「いいんだってば。おとなしく受け取らないと殺すよ?」


「ひいっ! あ、ありがたく頂戴致します!」


 慌ててお辞儀をするオーク。


 実際、この鱗と爪を剥ぐのにも苦労したのだ。

 僕が手を加えようとするたび、リュザークが「あはんっ」「いやん、エル様、そこはぁん」と変な声を出すものだから、気疲れが半端なかった。


 だから受け取ってくれないと困るのだ。


「エル様、本当にありがとうございます! これで我が街は安泰です!」


「別にいいよ。その分ちゃんと街を守ってねー」


「はい! ありがとうございます!」


 そう言って頭を下げるオークに見送られ、僕は宿舎を出た。


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