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リア充ってなんだ?

 入学式は一ヶ月後に行われるらしい。


 学園では定期的に転入生を受け入れているようだ。


 有り難いことに、四ヶ月に一回ほど、中規模な入学式を開催していると母親が言っていた。


 一ヶ月後。

 それまでに制服や勉強道具など、諸々の一式を揃えなければならない。また学園は魔王城の城下町に存在するので、その移動時間も見込む必要がある。


 ニルヴァ市。


 街を散策する僕の隣で、コトネが不安そうに顔を覗き込んできた。


「ねえ、本当に行くの?」


「……行くさ。なにが心配なんだい?」


「だって、魔王が面接官だし、魔王城に近づくことになるし……」


 両手を後ろで組み、くねくね身体をよじらせるコトネ。


 可愛げのあるその仕草に、僕は思わず息を呑む。


 当然ながら、僕の記憶には《六歳児のコトネ》しか存在しない。

 抜群のスタイルを備え、女としての色香を完全に身にまとった彼女と、これほど親密な仲になっていることに不思議な感慨を抱きながら僕は微笑んでみせた。


「大丈夫さ。正体はうまく隠すつもりだよ。それに……」


「えっ?」


「僕の正体がわかったところで、あいつには何もできないさ。こっちとしても、魔王の動きがわかりやすくなるから助かる」


 むしろ心配なのは、僕がいなくなった後のニルヴァ市である。


 あのオークたちでは、万が一人間軍が迫ってきたとき対処できない。

 なんらかの対策を講じる必要があるね……


 僕がそう思索を巡らせていると、ふいにコトネが「違うよ」と言った。瞳をうるうるさせ、僕の片手をぎゅっと握ってくる。


「え……えっと……」

 さすがに戸惑ってしまい、僕は目を白黒させる。

「違うってのは、なにが、かな?」


「また魔王に騙されて……エルくんが封印されたら……私……」


「…………」


 信じられなかった。

 自分の身ではなく、まさか僕のことを案じていたとは。


 僕は大魔神だ。そうそうやられることはない。魔王に封印されたのも、わざわざ魔法防御力を下げてやったからだ。


 なのに、彼女は自分ではなく……


「大丈夫さ。僕はやられない。約束しようか?」


「……ほんと?」


「うん。信じてくれ」


 ここだ。

 彼女のこういうところに僕は惹かれたのだ。自分を省みない優しさに。


 ……ん?


 ふと僕は気づいた。

 僕らとすれ違う魔物たち――それも男性――が、ちらちらとコトネに目を向けていることに。


 それも当然だ。

 僕は街の新参者だし、コトネも病気が治ったばかりで、住民たちには馴染みがない。


 だが、彼らがコトネをちら見するのははそれだけが理由じゃないだろう。


 彼女の圧倒的な美貌ゆえだ。


 儚げのある美しさと、抜群のスタイル、そして甘くとろけるような声。これに惹かれない男性はいまい。


 自分だけじゃないな――と僕は思った。

 僕は彼女も守ってあげないといけない。絶対に。


 物理的距離がいかに離れていようとも、魔王にはあまり関係ない。あいつは高度な魔物だ。どこに誰がいるのか、手に取るようにわかる。


 その意味では、コトネがニルヴァ市にいようが魔王城にいようが、危険度はさして変わらないのだ。


 僕としては、魔王の動きがわかりやすくなるぶん、あいつに近づいたほうが助かる。


 僕はちょっとだけ、握られる手に力を込めた。


「僕は自分も君も守る。……小指を出して」

 こくんと頷き、素直に差し出された小指に、僕の小指を絡み合わせる。

「永遠の契りを。これも約束だ」


「……うん。絶対に忘れないでね」


 そう言う彼女は、どこかほっとしているように見えた。


 それと同時に。


「あ、あのリア充ども……」

「なんであいつがモテて俺は……」


 さっきまでコトネを見ていた男たちが、なぜかイライラしたように離れていった。


「あ、あれ、僕たちなにか悪いことしたかな?」


「さあ……?」


 二人同時に首を傾げていると、ふいに、大きな機械音が周囲に響き渡った。


 この街で一番大きい、大型店舗に備え付けられたモニターからだ。


《臨時ニュースです。我が憎き人間軍の国王と、新国――シュロン国の国王が公式に対談することがわかりました。シュロン国は人間と魔物が共存する国であり、この対談がなにを意味するのか……注目が集まるところです》


 人間と魔物が共存する国……?

 そんなものは十年前には存在しなかったはずだ。僕が眠っている間につくられた国か。


 同じくモニターを眺めていたコトネがぽつりと呟いた。


「すごいね……魔物と人間が共存なんて……信じられない」


「まあね……それより早く入学の準備しようよ。コトネとの学園生活、楽しみだしさ」


「うん!」


 そう言って嬉しそうに頷くコトネ。


 人間や魔王がなにを企んでいようが、彼女だけは守ってみせる……そんな決意を抱きながら、僕も歩み始めた。



 

 

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