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運命の再会(真)―3

   ★


 それからコトネは《反乱を起こしうる分子》として、魔王城を追放された。


 もともと孤児だった彼女は、城の者に拾われ、奴隷として仕えてきただけなのであった。


 それからコトネは、小さい身体ながらも、必死に動き回った。


 ――大好きな彼に会うため。

 ――そして、自分自身の償いのために。


 大魔神エルが封印された場所。


 そこを求めて、各地をさまよい続けた。


 殺されそうになったこともある。


 また、コトネは男の欲情を誘いやすい見た目であるらしかった。

 魔物・人間を問わず、人気ひとけのない場所で男に襲われそうになったこともある。


「なに? 探してる魔物がいるだァ?」

「見つかるわけねーだろバーカ。もう死んでるに決まってるだろうがよ」


 事情を知らない者は冷たいものだった。コトネの心境などつゆ知らず、心ない言葉を突き刺してくる。


 諦めかけたことも何度かあった。

 ふてくされて、一日どこにも動かない日もあった。


 けれど、彼が時折見せた、楽しさと寂しさが入り交じったような微笑を思い出すたび、コトネは心がぎゅっと締め付けられるのだった。


 さまざな波瀾万丈(はらんばんじょう)を経てようやく、コトネにとって大きな幸運が訪れた。


 現在の《両親》との出会いである。

 人間に襲われ、瀕死で歩く彼女を見つけたのが、あの人の良い夫婦だった……というわけだ。


 そうして命の危機に晒されながらも、コトネは諦めなかった。大魔神エルの眠る場所を求め、各地を調べ続けた。


 ――お兄ちゃんは、命をかけて私を守ってくれた。だから私も、同じくらいのお返しをしないと――


 人の良い夫婦に連れられ、コトネはニルヴァ市にやってきた。

 ここがコトネの新しい《故郷》になった。


 そして偶然の一致か、それとも運命が引き寄せたのか。

 ニルヴァ市にごく近い洞窟に、大魔神エルは封印されていたのである。


 コトネは喜んだ。

 これでやっとお兄ちゃんに恩返しができる。

 大好きな彼に会える……


 コトネは嬉々とした足取りで、大魔神エルの封印場所に足を踏み入れた。

 ――ここで、さらなる仕打ちが待ち受けているとも知らずに。




 エルはたしかにその場所にいた。

 封印から長い年月が経ったとはいえ、見間違えるはずもなかった。


 棺桶に眠る中性的な顔をした男性は、疑う余地もない、大好きな彼であった。


 でも。


 ――エルくん。

 ――エルくん!


 どんなに呼びかけても、エルは目を覚まさなかった。


 棺桶のなかで、両手を組み合わせ、死んだように眠り続けているのみである。


 コトネは彼の両肩を掴んだ。


 想い人の名を呼び続けた。

 お兄ちゃん。

 エル。

 エルガー。

 アウセレーゼ。


 しかし彼の目が覚めることはついぞなかった。


 ――なんで。どうして……


 彼の胸のなかで、コトネはむせび泣いた。

 自分のせいだ。

 自分のせいで彼は永遠の眠りについてしまったのだ。


 何時間、エルの胸で泣き続けたかわからない。涙が枯れ、悲しみという感情を忘れてしまうまで、ひたすらエルのなかにいた。


 それからコトネは人が変わった。

 ほぼ毎日、ニルヴァ洞窟に足を運ぶようになった。

 定期的に声を投げかけていれば、いつか彼が目覚めてくれるかもしれない――そんな願望を抱いて。


 いつの頃からか、コトネは花も持参するようになった。

 彼に想いが通じますように……そんなまじないを、ふんだんにかけた花である。


 わかっている。

 こんなものは気休めだ。

 だが、そうと知っていても、なにもせずにはいられなかった。


 コトネの容姿に引かれ、交際を申し込んでくる魔物も何体かいた。

 彼ら全員に、彼女はいつも同じ文言で断っていた。


 ――結婚を約束している彼がいるので、ごめんなさい――


 いつしか、《封印の間》は花だらけになっていた。

 ニルヴァ市の魔物たちは、そんなコトネを不思議な目で見ていた。


 けれど誰も彼女を止めなかった。

 彼女の必死さを見て、なんらかの理由があるはずだと、感づいていたから。


 そしてついに、その日がやってきた。


「お、こんなところに手頃な魔物がいるぜ。腕試しにはちょうどいいや。殺してみようぜ」


 人間たちの《腕試し》により、コトネは身体の自由を失った。





 

 人間に斬られ、薄れゆく意識のなかで、これが自分の罰なんだ、とコトネは思った。

 私はお兄ちゃんを殺した魔物。

 だから私が殺されるのも当然の罰なのだと……そう思った。


 けれど。

 現実はそう単純には進まなかった。


 コトネは生きていた。

 それも、植物状態という最悪の状況で。


 まわりの魔物たちは、みなコトネを《意識不明》だという。

 だがそれは事実に反する。


 コトネは植物状態に違いないが、意識は鮮明にある。まわりの音を聞き取ることもできるし、肌に触れるものを感じ取ることもできる。


 けれど、それを外部に伝えることはできない。コトネはもう、口さえも自力で動かせなくなっていたから。


 似ているな、と思った。

 封印されている彼と、そっくりだ。

 だからこれは、私が受け入れるべき罰なのだと……コトネは常日頃から、そう自分に言い聞かせていた。


 動けないコトネによりかかり、両親が泣いていた。

 ニルヴァ市の友達が、コトネに面白い話をしてくれた。


 もちろん反応してあげたいけど、彼女には表情を変化させることさえできない。


 苦しい毎日だった。

 生きる意味さえわからなかった。


 ――コトネ! コトネ! お願い、目を覚まして、前みたいに話してよ!


 そう懇願してくる両親の傍らで、コトネは無感情にこう思った。


 きっと彼も同じ状態だったのだろうか、と。

 動けないだけで私の声は聞こえていたのかもしれない。


 だったらいいな。彼に私の想いが伝わったなら、それ以上に嬉しいことはない。


 ……仮に再会できても、もう私は動くことも話すこともできないけどね。



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