最強同士
僕とシュンは同時に駆けだした。
僕も、そしておそらくシュンも全身全霊をもって疾駆している。そのスピードはほぼ拮抗していた。
常人ならば視認さえ適わないだろう。
まさに神の域に達した者のみが認識できる速度だった。
だが――相手は創造神。
同じくして神の力を極めた最強の敵だ。
ストレイムは右腕をかざすと、前方にエメラルドグリーンの障壁を発生させた。透明がかったその壁は、外見的には脆そうだが……
「絶対障壁……」
シュンが小さくひとりごちた。
そう。
あれは創造神のみが使用できる、絶対不可侵の壁。いかなる者であろうとも突破できない、神の防御だ。
だが、それは人間や魔物に対しての話。
僕は走るスピードを落とさぬままに叫んだ。
「大丈夫。このまま突撃するよ!」
「あいよ!」
――呼び覚ます。
破壊と殺戮だけを好む、大魔神エルガー・ヴィ・アウセレーゼを。
本来の自分自身を。
瞬間、僕の全身を漆黒の霊気が包み始めた。身体の芯から魔力が溢れだし、邪悪なオーラとなって噴出する。
シュンも同様、叫声を発しながら両手に剣を構えた。
闇の双剣――かつて創造神ディストを破ったスキルだ。
「おおおおおっ!」
僕とシュンの叫び声が重なった。
二人同時に、拳を、あるいは剣を、絶対障壁に叩き込む。
神の域に達した二つの攻撃は、不可侵のはずの壁に悲鳴をあげさせた。乾いた音とともに、障壁に薄いヒビが発生していく。
「ぬっ……小癪な」
創造神ストレイムは苦痛そうに顔をしかめた。いままでこの壁が破られたことなどなかったのだろう。
しかし――
僕たちが常人の域を超えているのと同様に、相手もまたチート級の存在。この程度で音をあげるはずもなかった。
僕とシュンが絶対障壁を攻撃し続けている間、ストレイムは両腕を空に掲げ、何事かを叫び始めた。
「生まれよ! 我が最強の守護者たちよ!」
――突如。
ストレイムの周囲に、数えるもおぞましい無数の天使たちが姿を現した。しかも、全員が底知れない魔力を備えている。僕の見立てが正しければ、みんなステータス・オール99999だろう。
「我は創造神。新たな命を芽吹かせるのは我が力なり!」
「ちっ……マジかよ」
――パリン。
シュンが愚痴を漏らしたのと同時に、エメラルドグリーンの障壁が破れ去った。――その引き替えに敵の数がどうしようもなく増えてしまったが。
天使の軍勢は油断ない視線を僕たちに向け、それぞれの武器を構えていた。いくら僕たちでも、ステータス・オール99999の攻撃を喰らったらちょっと痛い。しかもストレイムは、この天使どもを無尽蔵に生み出せる。
天使軍団を見回しながら、シュンが乾いた笑みを浮かべた。
「はは……さすがは創造神ってとこか。一筋縄じゃいかねえな」
「まったくだね。……さすがにずるい気がするよ」
さすがに神ともなれば、魔王ワイズとは手応えがまったく違う。それを思い知らされた気がした。
だが、これだけの苦境に陥ってもなお、国王シュンはにやりと笑ってみせた。
「仕方ねえな。それなら見せてやるよ。――俺の新しい技ってもんをよ!」
国王シュンは両腕を高々と掲げた。
闇の双剣が、天井の星々に照らされて、ほのかな輝きを発する。
その美しさに、僕も、そして創造神ストレイムでさえも、一瞬だけ見とれてしまった。
次の瞬間。
双剣のうち片方が、金色の色彩に包まれた。闇色に覆われた片方の剣とは違って、あまりにも眩い光に満ちていく。
大魔神と創造神の視線に晒されながら、シュンはひとり言い放った。
「こりゃロニンにも見せてねえ大技でな。国王の《レベル》を上げていくうち、自然と身につけたスキルだ。――その名も、陰陽の剣」
「陰陽……」
つられて僕も呟いた。
陰陽。つまり、光と陰。
《引きこもり》と《国王》という、ある意味で正反対の経験を経たシュンにしか会得できない大技……
「なんでロニンにも見せてねえかっていうとな。危険すぎるんだよ。――この俺でも扱いが難しいくらいにな」
シュンでさえ使いこなせない。
その言葉に驚くより早く、シュンはたった一度だけ、剣を振り回してみせた。
――たったそれだけだったのに。
瞬時、すさまじい衝撃波が発生した。
光と闇が入り交じった、不思議な色彩を帯びた波だった。
ステータス・オール99999の天使たちは、その衝撃波に呑み込まれるや――跡形もなく姿を消した。シュンの放った攻撃の余波だけで、全身が粉々になったわけだ。
「…………なっ!?」
「……ば、馬鹿な……!?」
二人の神は驚愕の声をあげた。
信じられない。
本当に規格外の男だ。
神でもない、ただの人間が、これほどの実力を身につけるとは。
国王シュン。ひょっとしたら、本気を出した僕とさえもいい勝負ができるかもしれない。
だが。
いつまでも驚いてばかりはいられない。
僕は猛然と地を蹴り、創造神との距離を一瞬にして詰めた。
シュンが作りだしてくれたこの隙。
無駄にはできない。
「おおおおおっっ!」
絶叫を引きながら、ありったけの魔力を右拳に込める。
邪悪なる漆黒の霊気が全身に発生する。
身体の血が高速で巡っていく。
漆黒の雷が、バチバチと身体のまわりで弾けていく。
大魔神エルガー・ヴィ・アウセレーゼ。
破壊と殺戮だけを好み、非道と恐れられた破壊神。
そのすべてを、右拳に込める――!
走っていくうち、漆黒の雷が近くの天使に触れた。
たったそれだけで。
シュンの《陰陽の剣》のときと同様、天使の身体が溶けてなくなった。
そう。
これはもう、神の域に到達した者だけが参加できる戦い。
ステータスに依存している生き物など、たとえその数値が99999であろうとも相手にならない。
地上で行われている剣と魔法の撃ち合いは、僕にとってはなはだお遊戯会のようだ。
「いくぞストレイム!」
腹の底から大声を捻りだし、僕は創造神に向けて右拳を突き出した。




