あいつの正体
アルスの強さは無尽蔵だった。
道中、何度も天使に行く手を阻まれた。
そんなテロリストらを、アルスはすべて一刀のもとに斬り殺していったのだ。もはや達人の域をも超えた、神技とでもいうべき実力だった。
アルスいわく、「むかし神殿で戦った数に比べりゃどうってことない」ということだが、では一体、過去にどんな修羅場を潜り抜けてきたというのか。どうすれば彼のように強くなれるのか――
一緒に戦っていくうち、ルイスは勇者に興味を持ち始めていた。
人間に惹かれるなんて、絶対にありえないと思っていたのに。わかりあえない種族だと思っていたのに。
いつか、聞いてみたい。彼の半生を。
どれだけ進んだだろう。
魔物を助けつつ、夢中で廊下を走り続けていると、ふいに《異様な光景》をルイスは見た。
天使だ。
死んでいる。
しかも一体やニ体ではない。それこそ何十体、何百体もの天使の遺骸が、廊下じゅうに転がっている。
「これは……なんだ……?」
知らず知らずのうちに眉をひそめてしまう。
天使たちはみな武器を手に持っていた。つまり死ぬ間際まで何者かと戦っていたということだ。
――俺たちの他にいるのか? 天使どもを倒している者が――
そんな疑念を抱きながら走っていると、行く手に懐かしい姿を見た。
緑色の髪。柔弱な手足は、一度も外に出たことがないかのように白い。
忘れるはずもない。
同じくノステル魔学園の生徒――エルだ。
彼はルイスたちの姿に気づいたようだった。一瞬だけきょとんと目を見開いたが、数秒後には、いつもの微笑みを浮かべる。
「へえ。驚いたよ。君たちも生きていたんだね」
「生きていたんだね、じゃない……。おまえ、これはいったいなんなんだ……」
無意識のうちに声がかすれてしまう。
――出会ったときから、デタラメに強い奴だとは思っていた。
シンキュウマホウとやらでルイスを一撃でノックアウトし、学園内でも時々ありえない魔法を披露していた。
だが――こんなにも多くの天使たちを倒すなんて。
改めて思う。こいつはいったい何者なのかと。
そのとき。
ルイスは見た。
エルの背後で、一体の天使がこっそりと武器を構えているのを。
いまが好機とばかりに、静かにエルに歩み寄っている。
ルイスは思わず絶叫した。
「おい気をつけろ! 後ろに……!」
「――ああ。わかってるってば」
エルは、肩越しにひょいと裏拳を見舞ってみせた。
それは見事に敵の顔面を捉え、天使は悲鳴すらあげぬままにその場に崩れ落ちる。
「…………!」
ルイスはまたも激しい驚愕に見舞われた。
――馬鹿な。
アルスも一撃で天使を倒したが、エルはさらに上をいっている。適当に拳を振り回すだけで天使を倒すなど……
「そうか。わかったぞ」
ルイスの隣で、勇者アルスが得心のいった笑みを浮かべた。
「おまえが風に聞く神……大魔神エルガー・ヴィ・アウセレーゼだな」
「な、なんだと……!」
大きな衝撃に打たれ、ルイスは我を忘れて叫んでしまった。




