繋がった想い
ルイスの隣で、勇者アルスが地を蹴った。
その目にも止まらぬスピード。
さすがの一言に尽きた。
有力貴族として相当の英才教育を受けてきたルイスでさえ、彼の動きをとらえることはできなかった。
しかし惚けている場合ではない。
ルイスは右手を前方に突き出すと、魔力を解放、小声で呪文を唱えた。
「マイト・シャワーフォース!」
突如。
アルスの全身が、赤色の輝きに包まれた。
ノステル魔学園で習う初級魔法――対象者の物理攻撃力を高める魔法である。これでアルスの攻撃力は数割増しになったはずだ。
「おおおおっ!」
勇者アルスが横一文字に剣を薙ぎ払い、天使ニ体をまとめて攻撃する。心なしか、たったそれだけで暴風が舞ったように感じられた。
「ぬっ……」
敵が舌打ちし、ギリギリのところでバックステップを取る。あのスピードをかわすとは天使も一筋縄ではいかない。
だが、アルスはさすがに戦い慣れていた。
「新緑の光よ! 我が道を切り開く栄辱の標たれ!」
左手を高々と掲げると、声高に叫び出す。
「ユグドラシル・エレメンス!」
瞬間。
アルスの左手から放出された新緑の光球が、見事に天使らの全身を捉えた。
「ぬおおおおっ!」
「なんだ、この重さはッ!」
天使たちは数十倍の重力に引っ張られるかのように、床に吸い込まれていく。数秒後には、ガタン! という轟音を響かせ、床に這いつくばっていた。
アルスは昂然と天使らに歩み寄ると、
「ユグドラシル・エレメンス。人々の切なる思いを凝縮し、その重さでもって対象者を捉える。咎人たる俺の新技だ」
と言った。
「なにがエレメンスだ! 気取っているのか!」
「痛いんだよこの玩具!」
天使らが口々に悪態をつく。
うーむ。
あいつらに同意するのも癪だが、気持ちはわかる。
勇者アルスは実は厨二病――という都市伝説もあったが、これは外れていなかったようだ。
アルスはぴくりと眉を動かすと、半笑いで剣を振りかぶった。
「なんとでも言うがよい。俺たちがいる限り、貴様らの好きにはさせん。――消えろ」
★
強い。
強すぎる。
ルイスはたっぷり数秒間、勇者アルスの背中を見つめ続けた。
結局アルスは、たった一撃で天使を始末した。ユグドラシル・エレメンスとやらで動けなくなった天使を、剣の一振りで倒したのである。
ルイスの補助魔法の効果もあるだろう。
とはいえ、この強さは圧倒的と言えた。
「ひとつ、聞いてもいいか」
だからルイスは、どうしても知っておきたいことがあった。
「なんで……俺を助けてくれたんだ。見ず知らずの他人ってどころじゃない。俺は魔王の息子で、人間の敵だ。なのに……」
「ふふ……」
アルスは振り返らず、遠い記憶を思い起こしているかのように、天を仰いだ。
「その昔、規格外な村人がいたのさ。そいつは人間のくせに、何故か俺と敵対して、魔王の娘を守った。あのときは俺も奴の行動が知れなかったよ。ある意味で魔物よりもタチの悪い、大馬鹿野郎だとな」
そこで勇者はくるりと身を翻し、ルイスの目をしっかりと見つめた。
「ルイス。おまえは強い目をしている。どうやら償いきれぬ罪を背負ってしまったようだが……おまえにはまだまだ光がある。失った未来を、取り戻す資格がある」
――テルモ。
彼の誠実な心に、ルイスは最後まで気づかなかった。
挙げ句、襲い来る天使の犠牲となり、若いその命を散らしてしまった。
その罪は、きっと永遠に消し去ることはできないだろう。ルイスが一生背負っていくべき重責ともいえる。
けれど。
それでも勇者は、前を向き、未来を掴む資格があると言ってくれた。まるで過去、自分にも同じことがあったとでも言うかのように。
「俺のこの行動も、罪滅ぼしの一環のようなものだ。過去の愚行は消せないが、こんな俺でも、救える命があるのなら……」
「そうか……まあ、詳しくは聞かないさ。色々事情があるだろうしな」
ルイスは破られた窓をちらりと見やってから、アルスに視線を戻した。
「これは……どうなってるんだ? 天使どもはいったいなにが目的なんだ……?」
「確かなことは不明だが、おそらくは魔物界の衰退だろう。その証拠に、魔物のいる部屋だけが襲われているようだ」
「…………!」
魔物が襲われている。
将来、自分の部下となりうるかもしれない大勢の魔物たちが。
ルイスは両の拳を握りしめると、ふうと息を吐いた。
「情けないことに……いまの俺には、天使ひとりを倒す力さえない。だが……こんな俺にもサポートくらいはできるはずだ。足手まといにはならない。頼む……一緒に戦ってほしい」
「ほう……」
アルスはふっと優しげな笑みを浮かべた。
「本当にそっくりだな、むかしの俺と……。いいだろう。ついてくるがいい」
「すまない。恩に着る」
ルイスは小さく頭を下げると、背後を振り返り、《守る会》の面々を見渡した。テルモはいなくなってしまったものの、彼らもまた、ルイスのために行動してくれていた生徒たちである。
「俺はいまからみんなを助けにいく。危険だから、おまえたちはここに残っておけ」
「……え」
「しかし、ルイス様……」
彼らは互いに目を見合わすと、それぞれ頷き始めた。
そしてあろうことか、各武器を手に持ち、ルイスに歩み寄ってくる。
「言ったではありませんか。我らはルイス様をお守りする身。ルイス様の危機とあらば、どこへでも駆けつけます」
「なっ……!」
ルイスは大きく目を見開いた。
「ば、馬鹿を言うな! 無駄死にするだけだぞ!」
「ルイス様。私たちはあなたの部下なのですよ。それに……このまま魔物界が衰退していくのを、指をくわえて待っていたくはないのです。私たちとて貴族の端くれですから」
「くっ……貴様らと言うやつは……!」
「はっはっは」
アルスが控えめに笑う。
「諦めろ。みんな本気だ。それだけおまえの人望が厚いんだろうな」
「おのれ……どうしてこう……」
ルイスはため息をつくと、《守る会》のメンバーを見据え、右手を突き出した。
「ならば、もう止めはしない。ノステル魔学園一同……全力でアルスさんをサポートし、魔物界を守りきるぞ!」
「イエス、マイロード!」




