会議の様子
「魔物界の方々はこちらへ。モニターにて会議の様子を確認できます」
と案内人が言った。
「もしお飲み物や軽食等をご希望の方がいらっしゃいましたら、お気軽にお声がけください――」
僕とコトネ、あと数人の貴族は、とある一室に案内された。
大きなテーブルに、ふかふかのソファ。ガラス張りの壁面からは、首都サクセンドリアの全景を見渡すことができる。空調も適度に設定されており、快適の一言に尽きた。
ちなみにルイス・アルゼイドはここにはいない。魔王の息子であるためか、ここではない特別な一室に案内されたのようだ。テルモなどの《お守りする会》の面々もいないので、例によって彼らもルイスの後ろについていっているのだと思われる。
また、他の貴族たちも別の部屋にそれぞれ割り当てられたようだ。さすがは人間界の中枢を務める場所なだけあって、部屋が豊富に存在するらしい。
貴族たちは各でソファに座りながら、近くの魔物と会話を繰り広げる。
「感嘆の一言だな……人間界の威容さには驚いてばかりだ」
「まったくだ。ルハネス様の宣戦布告など、やはり無謀だったのではあるまいか」
「しかし、あの場面ではああ言う他あるまい……」
僕とコトネだけは座らず、変わらず周囲への警戒を続けていた。相手は天使だ。油断しすぎということはない。
そんななか、一体の魔物が声を張り上げた。
「もうすぐ始まるみたいですよ。みなさん、モニターに集中しましょう!」
★
「おまえたち……なんでまた、こんなところに!」
ルイス・アルゼイドは思わず大声を発してしまった。
目前では、テルモを初めとする《お守りする会》の連中が、ごまをするように媚びる顔をしている。
そう。
ここは《魔王の息子様》のために用意された部屋。
机やソファなどの調度品は、他より格段に良質な物が揃えられている。
ルイス以外の者は入ってはいけないはずだ。
なのに。
「私めはルイス様をお守りする立場ゆえ、この場にいるのは当然なのであります!」
テルモはぬけぬけとこう言う。
ふざけている。
こちらの意志も確認せずに、なにが《守る会》だ。もういい加減にしてほしい。
腹が立つといえば、あのエルとコトネとやらも何故か人間界に立ち入っていた。あいつらは貴族ではないはずなのに、なんでどさくさに紛れて侵入してきてるんだ。
もうわけがわからない。
ない混ぜになった怒りを込め、ルイスは震える声で言った。
「……何度言ってもわからないようだから、ひとつ、教えてやろう」
鋭い眼光でテルモを睨みつける。
「俺はな……おまえたちを利用していたんだよ。有力な貴族となるためにな」
「え……」
「上級貴族たるもの、下級貴族たちの支持もなければ出世できない。……俺はな、心底おまえたちが嫌いだったんだよ。権力者というだけで尻尾を振ってくる、愚鈍な下級貴族どもがな」
「…………」
「俺はいまや《魔王の息子》だ。これ以上ないくらいの立場を得た。もうおまえたちと関わるメリットはない。おまえたちに優しくする必要もない。だから言っているのだ。――私のもとを、去れ」
★
《会議を始める前に、まず私の話を聞いていただきたい》
モニターの向こうで、シュン国王が話を切り出した。
《我がクローディア大陸においても、長く人間と魔物の戦争は続いておりました。私も長い間このことに疑問を抱きませんでしたが、ある時、気づいたのです。人間と魔物は本質的に同じ。共存することができるのだと》
シュンは一旦話を区切ると、国王ナイゼル、そして魔王ルハネスを交互に見やった。
《実際にもシュロン国の運営はうまくいっております。人間と魔物は、それぞれ貴重な能力を持っているのです。両者が手を取り合いさえすれば、その相乗効果により、さらに豊かな国に発展させることができるはずです》
《ふむ。たしかに一理ありますね》
と言ったのはナイゼルだった。
《しかし、あなた方の場合はまず少人数から建国を始めたのでしょう。シュロン国の取り組みに賛同する、ごくわずかな人々がきっかけであったと聞いております。――僭越ながら、我がサクセンドリア大陸はクローディア大陸よりも歴史が長い。共存できるならそれに越したことはないですが、現実的には難しいかと思います》
《それには同感ですな》
魔王ルハネスも話に加わる。
《特に我が魔物界におきましては、人間界に対する反感が根強く残っております。突拍子もなく共存しようとすれば、混乱や暴動が起きるのは必須。最悪の場合、また種族間による闘争が起きるでしょう》
《ほう、反感ですか》
ナイゼルが挑発的な声を発する。
《そういえば、ルハネス殿は人間界への反感を売って支持率を得たのだとか。ならばこの現状も致し方なしですね》
《いえいえ。私もまた、民意を政策に反映させているだけです。そこに意図はありません》
★
「な、なんだかすごいことになってるね……」
モニターを眺めながら、コトネはふうとため息をついた。
「しかも、なんか険悪な感じ……。どうなるんだろう……」
「さあねえ。こればっかりはもう、祈るしかないよ」
★
《まあまあ、お二方の話もご最もです。平和条約を結ぶとなると、さまざまなしがらみが発生するでしょう》
シュン国王が苦笑いを浮かべて言う。
《しかしながら、いまのお話を聞き、ひとつだけ見えてきました。――共存できるのならそれに越したことはないが、現実的には難しい。それがあなた方の共通する見解です。理想とする形は同じ。あとは手段を決めればいい。そのための会議です。そうではありませんか?》
《はっは。なるほど。これは一本取られましたな》
《シュン殿。あなたも若くして相当の賢人でいらっしゃいますな》
《買い被りですよ。さあ、話を再開しましょう――》
★
「ん?」
会議のようすを眺めながら、僕はふいに顔をしかめた。
鼓動がドクドクと早まっていく。
全身がかあっと熱くなるのを感じる。
「コトネ。なにか……感じないかい?」
「え?」
「おかしい……さっきまではまるで静かだったのに……」
そこまで呟いて、僕はかっと目を見開いた。
「コトネ、ついてきて! 会議場が危ない!」




