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大魔神には戦う必要さえありません

 ――意識不明の少女が殺される。


 正直、そんなことはどうでもいい。

 僕は大魔神。

 世界の観察者だ。

 特定の誰かに肩入れすることはない。


 僕の目的は、赤ローブの企みを暴くこと。この一点に尽きる。


 あいつは僕の名前を知っていた。大魔神エルガーについて、なんらかの知識があることは間違いない。


 その一点さえ暴ければ、あとはなんでもいい。


 ――そのとき。

 僕はまた気づいてしまった。寝たきり状態のはずの少女の指が、またしてもピクリと動いていることに。


 なぜだろう。

 特に理由はないが、あの少女が僕に向けて、なんらかの発信をしているように感じられた。なんとなく、直感だけれど。


 ――馬鹿馬鹿しい。そんなスピリチュアルを信じて何になる。


 刹那せつな


「うっ……!」


 再び、例の頭痛が襲ってきた。思わず喘いでしまい、頭部をおさえる。


 ――約束だからね。たとえ魔王に引き裂かれても、あたしたちはずっと一緒!――

 ――ああ、僕も誓おう。君を一生忘れない――


「ううっ……!」


 なんだこれは?

 脳内にとめどなく映像が流れ込んでくる。


 これは……過去の自分?

 白銀の髪を持った幼女と、小指と小指を絡め、永遠の契りを交わしている。


 白銀の髪……


 まさか。

 僕は呻きながらも、ベッドに横たわる少女を見上げた。


 そっくりだ。この女と。


 映像のなかの幼女が順調に成長を重ねれば、こんな容姿になるであろう――といった女の姿が、いま、僕の目の前にあった。


 馬鹿な。僕は過去、この女と関わりを持っていたというのか。大魔神たる僕が、なんの取り柄もない、平凡な女に……!


 僕の異変を好機と見たのだろう。赤ローブは咄嗟に地を蹴り、寝たきりの少女へ駆けだした。


 そのまま、鋭利なナイフの切っ先を、少女の首へ――


「うおおおおおおおっ!」


 気づいたとき、僕は叫びだしていた。

 赤ローブの俊敏性はかなりのものだった。一般の魔物ならば、なにもわからずに殺されるであろう。


 でも、相手が悪い。

 僕は大魔神。

 世界一と恐れられる魔王や勇者の、さらに高い次元に立つ男だ。


「シッ!」


 かけ声とともに、僕は男の顔面に裏拳を仕掛けた。おそらく、奴の目では捉えきれなかったであろうスピードで。


「がはっ!」


 赤ローブは情けない悲鳴をあげ、大きく吹き飛んだ。そのまま壁に激突し、ずるずると尻を地面につく。


「こ、これが大魔神……。お、おおおお……」


 赤ローブは立ち上がろうとして、しかし失敗したようだ。力ない喘ぎとともに、へなへなと座り込む。


「くくく、噂以上の、とんでもない力だ……。光栄だよ。冥途の土産に、おまえのような男と戦えたことを……」


 こいつ……最初から自分の命を捨てるつもりだったのか。

 どうりで達観しているわけだ。


 僕は赤ローブを見下ろし、冷たい声を投げかけた。


「答えろ。君の目的はなんだ。なぜ二百人を犠牲にしてまで、この子を殺そうとした」


「ふふ……。言ったろう。答えるわけにはいかんのだよ」


 なるほど。死ぬまで職務をまっとうするということか。


 そのこころざしはあっぱれだが、やはり相手が悪い。


 僕は片腕を突き出し、魔法――サイコキネシスを発動した。


 喋ってもらうのだ。

 男を催眠にかけ、事のあらましすべてを。


「ううううう……あうあうあうあうあ」


「ん?」

 いくつかの話を聞いていくうち、僕は大きく目を開いた。

「ちょっと待って。いまの話、もうちょっと詳しく教えてもらえるかな」


 魔法を強め、僕は赤ローブの話を深く掘り下げようとした。


 瞬間。

 さっきまで覚束ない表情だった赤ローブが、一転してぎょろりと目を剥き、明確な表情を見せた。


「愚か者めが! まんまとサイコキネシスをしやがったな!」


「な、なに……?」


「盟主様……。私は満足であります……。あなた様に命を捧げられたこと。この任務は失敗しましたが、しかし……!」


 刹那せつな、僕の全身に怖ぞ気が走った。

 慌てて背後を振り向き、三人の魔物へ向けて片腕を突き出す。


「危ない! 伏せて!」


 ――直後。


 赤ローブは両腕を空にかざし、狂気の笑い声をあげながら――その全身を爆発させた。


 どうやら、サイコキネシスを使用された瞬間、自爆する魔法をかけられていたらしい。


お読みくださいましてありがとうございます!

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