哀愁
「なるほど……そうじゃったか……」
ナルルはうつむきがちに呟いた。
彼の姿全体がローブに覆われているので、その表情は窺えないが――僕はなぜか、《哀愁》という言葉を思い浮かべてしまった。
「ワシらも、自らの行いに疑問を持っていないわけではない。わかっておるのだよ。復讐したところで……セガレが戻ってくることなど……ありえんとな」
「だ……だったら!」
コトネが叫びだそうとするのを、ナルルは右手を突き出して制した。
「だが……ワシらはあの日、誓い合ったのじゃ。たとえ幾千の恨みを背負い、非情者と罵られようが――魔物界を守るためならば、この身尽きるまで戦うことをな」
「……そ、そんな……そんなの……悲しすぎるよ……」
卑怯者。テロリスト。
どんなふうに罵られようが、魔物界を守るためなら、ナルルはみずから不名誉を背負っていく――彼はそう言ったのだ。
その固い決意。
そうそう覆せるものではない。
視線を落とすコトネに代わり、今度は僕がナルルに問いかけた。
「わざわざいま襲撃を仕掛けたのも……平和会議を妨害するつもりだったのかな?」
「その通り。悪魔を相手に、平和条約なぞなんの効力も持たんからな」
まあ、一理ないこともない。
実際にも、ナイゼルは魔王ワイズが失脚するように仕向けていた。
そしてそれが成功するなり、《密約》が嘘だったかのように宣戦布告を表明したのだ。
対話は、それが通じる相手にのみ有効なのである。
ナルルはコトネに目を戻すと、あの優しい、語り部のおじいさんの口調で言った。
「さ、コトネ。そこを引くのじゃ。もし邪魔をするのであれば……たとえおまえさんとて、攻撃せざるをえん」
「…………」
コトネはまだ顔を落としていた。
きっと、色々なことを思い出しているのだろう。
過去、彼女を斬りつけていった人間。
人間を敵対視する両親。
同じく、人間を絶対悪とするノステル魔学園。
そして。
危ういところで戦争を止めてくれたシュン。
見た目的にはそれほど変わらないサクセンドリアの人間たち。
その人間たちを賛辞する魔王ロニン……
やがてコトネはゆっくり顔を上げ、真っ直ぐナルルを見据えた。
「……私は、いまでも人間が怖い。それは変わらないし、ずっと変わらないままだと思う。だけど……このまま永遠に争っていていいとも思えない。対話は無意味かもしれないけど、どちらかが歩み寄らないとなにも始まらない」
コトネはそこで僕を振り返り、小さく言った。
「……エル君。ごめん。あなたが戦ったほうが早いと思うけど……ここは、私にやらせてほしい」
「…………うん。わかった」
僕が言葉を返すと、コトネはナルルに向き直り、一転して毅然とした態度を取った。
「――だから、ナルル……ごめん。もしあなたがこのまま村を襲うのなら、私が止める」
「そうか……」
ナルルは小さく呟くと、最後に、コトネの頭を優しく撫でた。
「本当に……大きくなったのう……あの可愛い幼子が……。ワシは嬉しいよ」
そしてそのまま数歩だけ後退し、コトネから距離を取る。
「……だが、ワシもここで立ち止まるわけにはいかん。コトネよ。そこまで言うのであれば、ワシを止めてみせよ!」




