表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

104/126

哀愁

「なるほど……そうじゃったか……」


 ナルルはうつむきがちに呟いた。


 彼の姿全体がローブに覆われているので、その表情は窺えないが――僕はなぜか、《哀愁》という言葉を思い浮かべてしまった。


「ワシらも、自らの行いに疑問を持っていないわけではない。わかっておるのだよ。復讐したところで……セガレが戻ってくることなど……ありえんとな」


「だ……だったら!」


 コトネが叫びだそうとするのを、ナルルは右手を突き出して制した。


「だが……ワシらはあの日、誓い合ったのじゃ。たとえ幾千の恨みを背負い、非情者と罵られようが――魔物界を守るためならば、この身尽きるまで戦うことをな」


「……そ、そんな……そんなの……悲しすぎるよ……」


 卑怯者。テロリスト。

 どんなふうに罵られようが、魔物界を守るためなら、ナルルはみずから不名誉を背負っていく――彼はそう言ったのだ。


 その固い決意。

 そうそう覆せるものではない。


 視線を落とすコトネに代わり、今度は僕がナルルに問いかけた。


「わざわざいま襲撃を仕掛けたのも……平和会議を妨害するつもりだったのかな?」


「その通り。悪魔を相手に、平和条約なぞなんの効力も持たんからな」


 まあ、一理ないこともない。

 実際にも、ナイゼルは魔王ワイズが失脚するように仕向けていた。


 そしてそれが成功するなり、《密約》が嘘だったかのように宣戦布告を表明したのだ。


 対話は、それが通じる相手にのみ有効なのである。


 ナルルはコトネに目を戻すと、あの優しい、語り部のおじいさんの口調で言った。


「さ、コトネ。そこを引くのじゃ。もし邪魔をするのであれば……たとえおまえさんとて、攻撃せざるをえん」


「…………」


 コトネはまだ顔を落としていた。


 きっと、色々なことを思い出しているのだろう。

 過去、彼女を斬りつけていった人間。

 人間を敵対視する両親。

 同じく、人間を絶対悪とするノステル魔学園。


 そして。


 危ういところで戦争を止めてくれたシュン。

 見た目的にはそれほど変わらないサクセンドリアの人間たち。

 その人間たちを賛辞する魔王ロニン……


 やがてコトネはゆっくり顔を上げ、真っ直ぐナルルを見据えた。


「……私は、いまでも人間が怖い。それは変わらないし、ずっと変わらないままだと思う。だけど……このまま永遠に争っていていいとも思えない。対話は無意味かもしれないけど、どちらかが歩み寄らないとなにも始まらない」


 コトネはそこで僕を振り返り、小さく言った。


「……エル君。ごめん。あなたが戦ったほうが早いと思うけど……ここは、私にやらせてほしい」


「…………うん。わかった」


 僕が言葉を返すと、コトネはナルルに向き直り、一転して毅然とした態度を取った。


「――だから、ナルル……ごめん。もしあなたがこのまま村を襲うのなら、私が止める」


「そうか……」

 ナルルは小さく呟くと、最後に、コトネの頭を優しく撫でた。

「本当に……大きくなったのう……あの可愛い幼子が……。ワシは嬉しいよ」


 そしてそのまま数歩だけ後退し、コトネから距離を取る。


「……だが、ワシもここで立ち止まるわけにはいかん。コトネよ。そこまで言うのであれば、ワシを止めてみせよ!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ