弱い人々を守るために
――ナルル。
そういえば、コトネの遠い記憶のなかに、そんな名前の魔物がいた。
言ってみれば世話好きな老人だ。
ニルヴァ市のやんちゃな子どもを集めては、壮大な昔話や、ちょっと怖い話、世界の神秘などを、面白おかしく語ってきた。
そんなナルルにみんな親しみを込めて接したし、コトネも気分が優れないとき、ナルルに勇気づけてもらったりした。花を洞窟に添えることを提案したのも、たしかナルルだったはずだ。
世話好きで、優しくて、なんでも知ってるおじいさん――
そんなふうに扱われてきた。
コトネが身体の自由を奪われてからも、定期的にお見舞いに訪れては、力強く手を握ってくれていた。
だから――そんな優しい彼が突然街から消えたときは、ニルヴァ市全体が騒ぎになった。
理由は考えるまでもない。
彼の息子が人間に殺されたからだ。
ナルルは許せなかったのだ。ただ《魔物だから》という理由で、無条件に襲ってくる人間たちを。単なるお遊びで、コトネの自由を奪った人間たちを。
だから同じ誤ちを繰り返さないためにもトリスクを襲ったのだと……ナルルはそう言ったのだ。
「でも、良かった、良かったのう」
コトネの元気そうな身体を見渡しながら、ナルルは片目をこすった。
「無事、植物状態は治ったみたいじゃな。良かった、良かった……」
「ありがとう……」
コトネは小さな声でそれだけを呟くと、数秒後、やや口調を強めて言った。
「ナルル。もう一回聞くけど、この場を仕切ってるのは……あなたなのね?」
「そうじゃが……」
そこで彼は、初めて気づいたとでもいうように、僕とサクヤを交互に見据えた。
「そういえば、なんでおまえさんはこんなところにいるんじゃ? ここは人間界。危険じゃから、いますぐに逃げなさい」
コトネはなおも迷ったように目線をさまよわせていたが、やがて意を決したように、昔世話になった老人を見つめる。
「私も……弱いヒトたちを助けにきたの」
「……へ?」
コトネはもう一度、トリスクを見渡す。
血を流し、動かなくなった人間たち。
あらゆる建築物は無惨に焼き尽くされ、熱心に育てられてきたであろう畑はひどく荒らされている。
そして。
女も子ども関係なく、無遠慮に殺していくミール族たち。
それは、同じようにニルヴァ市を襲った、凶悪な人間どもを思い起こさせた。
だから。
「いいえ。違うわね。ナルル……弱いヒトたちを傷つける、あなたを倒すために……ここまで来たの」




