ナルル
――地獄絵図。
トリスクに到着した僕は、最初にそんな言葉を思い浮かべた。
元はのどかな村なのだろう、そこかしこに畑や牧場、馬小屋などが見て取れる。民家の脇には米俵なんかが置かれていて、不覚にも懐かしさのようなものを抱いてしまった。
そんな村が――一方的に蹂躙されれいた。
敵は灰色のローブをかぶった、魔術師然とした魔物だ。
足がなく、ふわりと空中に浮いているさまは、どこか幽霊を思い出させる。両目の部分が黄色く発光していて、それが不気味さを助長させた。こいつらがサクヤたちの言う《ミール族》という奴らか。
ミール族はその見た目に違わず、魔法を用いて村を襲っていた。
炎の可視放射によって、馬小屋を燃やし尽くす。中から馬の死にそうな鳴き声が聞こえてくるが、ミール族は無情にも炎をかまし続ける。
また別のところで、奴らは混乱魔法を使用していた。
混乱魔法――すなわち、五感と認識を操る呪い。これにかけられた人間が、《お父さん、やめてよ!》と泣きじゃくる子どもの首を容赦なく切り裂いていた。
これを地獄絵図と言わずしてなんという。
トリスク村は滅茶苦茶だった。
あちこちに人間の死体が横たわり、民家は無惨に焼き焦げている。
「ひどい……こんなの……!」
コトネが青ざめた顔で口を覆う。
さすがの僕もちょっと刺激を感じてしまった。たまらず顔を背けてしまう。
「これが魔物のやり方なんだよ……。俺たち人間だって散々やられてきたんだ……!」
サクヤが両拳を力強く握り締める。
なんと悲しい戦争なのか。
本質はそれほど変わらない、歩み寄れば仲良くなれるかもしれないのに、種族が違う、たったそれだけのことで、憎しみ合い、殺し合う。
そんな戦いの、いったいどこに意味があるのか。なぜいま、人間と魔物は戦争の危機に陥っているのか。
僕はどうしようもない怒りに駆られたが、いまはそんなことを考えている時ではない。まず魔物どもを止めなければ……
そう思って魔力を解放しようとしたのだが、それより先にコトネが一歩前に進み出た。厳しい目つきで周囲を見渡すと、張りのある声を響かせる。
「いるんでしょ! ナルル! 出てきて!」
――ナルル。
いったい誰のことだ。
僕が目をぱちくりさせている間に、突如、一体のミール族がふわりと目前に現れた。どうやら転移の魔法を使用したらしい。口の部分には、他の者にはない大きな白ヒゲが伸びている。
「おお、おまえさんは……コトネか!? そうじゃろう? はっはー、久しぶりじゃな、大きくなったのう! 見違えるようになって! ワシの記憶では、おまえさんはこんなに小さい幼子でな……」
ナルルの長ったらしい台詞を、コトネは右手を上げて制した
。
「挨拶は後。あなたが……この襲撃を仕切ってるの?」
「そうじゃ。おまえさんも覚えとるだろう? ニルヴァ市の前市長が襲われたとき……犯人の多くは、ここの住人だとわかってな。ワシもこいつらに、セガレを殺されて……」
「…………」
コトネは辛そうに両目を瞑った。
「また同じ過ちを繰り返すわけにはいかん。だからワシらは幻術でうまく潜伏して、機会を伺っておったのだよ」




