6話 始まりの街
ひんやりと冷たく固い感触、水滴がポタリポタリと落ちるように少女の意識は徐々に戻る。
「ぅん……、」
私は目を擦りながら体を起こす。
最初に目に映ったのは自分の足だった、柔らかそうな皮でできた丸い靴を履いている。なんだか昔のヨーロッパの人が履いてる靴みたい。…見覚えが無い靴。
自分の服を確認してみると、こっちもやはり変わっていた。袖と襟に少しの装飾が入ったベージュ色のワンピース、生地は麻かな? 裾の水色で染められた模様が民族衣装みたいな感じでちょっと可愛いかも……
どうやら服は変わってしまっているよう。ユーカさんが変えてしまったのでしょうか? 異世界って感じがして良いですね。でもそれは置いといて、まずは状況把握ですね。
服の確認を終え、顔をあげてみると目の前に石レンガの壁が見えます。
周りを見回してみる。
どうやらここは石造りの部屋のようです。窓が無いのは地下室なのか、それとも……?
立ち上がり床を見れば、大きめの石タイルの上に描かれた魔方陣のようなものが見える。……儀式に使いそうな部屋。私達の召喚はここで行われたのでしょうか?
人気が無くなった部屋は酷く冷たく感じて、まるでこの部屋だけ忘れ去られたような……、そんな感じがして少し怖い。
部屋の隅に置かれた蝋燭立てには溶けたロウが半透明の液状のまま受け皿に溜まって、水面のように光を反射している……ロウソクが使われてそう間もないのかも、誰かがこの部屋を使ったのだろうか? やっぱり私はここで召喚魔法が使われたのだと思う。
「ひかり……?」
窓が無いのに何故光があるの?
そういえば明かりが無いのに部屋の様子がはっきり見える。私はこんなに夜目は効かないし、そもそも真っ暗だったら目を開けたときに何も見えないじゃん。
はっ!? まさかこれはふぁんたじーでよくある夜でもよく見えるあの夜補正なのかっ!? 夜でも女の子を映したいちょっと変態ちっくなあの補正ですかっ!?
はい、そんな訳ありませんでしたよ……。上を見たら青い水晶のようなものが、天井に埋め込まれてブラックライトみたいに光ってました。これで部屋の中を照らしていたようですね。……すごい、別の意味でふぁんたじーでした。
あ、それと一緒にですが天井に正方形の形をした木の扉を見つけました。
あそこから部屋の外に行けるようです、ちょうど扉の下に梯子があるのでこれを使えということかな。あ、待って! ……うーん、これは"脚立"? いや、でも上に登るんだから"梯子"か、ふーむ"ホンシツ"を見切れたみたいだよっ!
ということで"梯子"を見つけたので壁に立て掛けて上の階へ登ってみます。
コツ…コツ…コツ…
グッ、グギィイッ ギギギィイ…
ミシ、グバァンッ
扉が古くなっていて開けるのに苦労しました。えぇ、必死でした、ミシミシいってたのは気のせいです。
それはそうと、扉を開けたときにそんなにホコリが落ちて来ませんでした。扉の上側や扉の周りもホコリを払った跡があり、間違いなく誰かが通った痕跡があります。やっぱり私の仮説は正しいと思います。ええ、ズバリここでしょう!
さっきの部屋は召喚部屋ですね、いかにも儀式してますって感じがするし間違いないです。……たぶん。
どうやら扉の上は狭い一本道の通路のようです。扉の近くは多少高さがあって屈めますが、先の道はしゃがんでやっとの狭さです。まぁ、道が他にないので四つん這いになって進みましょう。狭い空間だからかそんなに道が汚れていないのが幸いですね。せっかくの新しい服が汚れてしまいますし。間隔で小さな水晶が埋め込まれているので明るくて楽です。
ペチペチと無心で這い進んでいますと通路が坂になりました。坂の上に四角く縁どった光が見えるので、あそこが出口なのでしょうか。坂を登りきって蓋された石板をズズズッと外します。さあ、外ですよー。
私が出てきたのは教会の礼拝堂のよう、教壇?の下、いかにもな隠し通路から出てきたみたい。教会って神秘的な雰囲気がありますよね、シンとした空気が少し落ち着く。どこからか讃美歌がBGMで聴こえてきそうですね、ふふっ。…でも今は人がいないみたい、教会はとっても静かです。
私がこれからどうしようかと思案しながら立ち上がると正面にこちらを見上げている人と目と目があった。
……え?
しばし無言で見つめ合う。
誰もいないと思ったらいたよっ。お祈りをしていたみたいだ……服装からしてこの教会の人だよね?
目の前の女性、シスター服を着た黒髪黒目の彼女はじっとこちらの方を見ている。な、なんだか恥ずかしい気持ちになったけど、私も何て声を掛ければいいか分からないので黙ってシスターさん(?)の様子をチラッチラッと窺う。
二人の間を沈黙が支配している。
うぅ、これがコミュ障の壁ですか……。それにしてもこちらを見つめているシスターさん(?)はとっても綺麗です。濡れ羽色の髪っていうのでしょうか、美しく垂れる黒髪。そして引き込まれるような黒い瞳。お人形さんのような整った容姿も合わさってミステリアスな美しさに溢れています。……そんな美人さんが私を見つめてる、ふえぇ……頭に血がのぼっていくのを感じます、私の顔はきっと赤くなっているに違いません。ふ、ふぇぇ……。
そんな私の奇行を眺めていたシスターさん(暫定)、最初は無表情だったけど、やがてポカンとした顔になり、今ではニコニコと微笑んでいらっしゃいます。
何この人面白い、表情がコロコロ変わりますよ。
そうこう私が頭を働かせていたらシスターさん(認定)が口を開きました。
「ふふ、こんにちは、迷える子羊ちゃん?」
「はぅ……!?」
子羊ちゃんて呼ばれちゃいました!
な、なんという包容力ですかっ。
「あなたもしかして召喚者かしら。秘密の間から来たんでしょう?」
「(……コクン)」
先ほどの部屋は秘密の間というのですね。なるほど秘密の儀式という訳ですか。っ!? ということは怪しい教団みたいな所に入り込んじゃったの私!?
「?何を警戒してるか分からないけど、あの部屋はこの教会を建てる前からあったの。それに召喚の儀をやってた者達も自分達の国へ帰ってしまったからここには私しかいないわ。」
「あの、心読んでませんか?」
「あら、ふふふ。どうかしら? そうそう自己紹介まだだよね。私は一応、この教会の司祭をしているアリューカよ。」
シスターさんじゃ無かったよ、司祭さんだったよ!!
アリューカさんって言うんだね……ん?
「……一応?」
「そう、実は私正式な司祭じゃないの。昔は司祭様がいたらしいんだけど、最後の司祭様が亡くなってから後継者がいなくて教会の管理する人がいなくなっちゃったらしいよ。そんな時にふらっとここに訪れたのが私で、なんだか女神様の声が聴こえるしとかでいつの間にか教会の管理役を押し付けられちゃったのよ、ふふ。おかしいでしょ?」
そうなんだ、この人は女神様の声が聴こえるみたいですよっ。あ、ユーカさんが言ってた司祭さんってアリューカさんのことかも……。
「そういう訳で私って本当の司祭じゃ無いのよ。周りはもうみんな司祭様って呼ぶから半分諦めで司祭でもいっかって、思ってるけどね。」
「アリューカさんっ、……女神様って……?」
「あ、アリューカさんはやめて。なんだかこそばゆい。アリーカでもリューカでも好きに呼んで欲しい、それと話し方も畏まらなくていいからね。」
「う、う~ん…… アリーさんでいいかな?」
「……#。まあいいです。あ、女神様の話だったね? 女神様いってもたまに声が聴こえる程度だから、私から話しを聞くことはできないの。そうそうあなたのことは女神様から聞いていますよ。サキちゃん、かな?」
アリーさんはどこか固いような、でもざっくばらんで……、話していて不思議な感じがします。
ミステリアスな人ですっ。
それにやっぱりユーカさんが言ってた人のようですね。
「はい、紗紀です。あのー、アリーさんここはどこなの……?」
「ふふふ。……ん? ごめんね説明がまだだったね。ここはオネットの街、そしてあなたが出発する街。その街にある教会。でもあなたこの世界を知らないんだからまずは慣れるまで私と一緒に生活してもらうよ。」
――ふふっ。これからよろしくね、サキちゃん?
オネットの街。
そこが私にとっての始まりの街。
そして同時にアリーさんと初めて出逢った街でした。