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王城奪還

「こうしてこの砦を皮切りにして、いくつかの砦を打ち破り近隣の町や村を開放していきました」

「本当はそのような話だったのですね」

「ええ、彼はこの作戦以来、あくまでも私の部下という態度を取るようになり、そうすると武勲は作戦を指揮立案した者、つまり私のものとなりました」


 当初の傲岸不遜ともいえる態度から急に変わったのはなぜでしょうか。その疑問をお婆様にぶつけます


「どうしてスヴェン様はそのような事をしたのでしょうか?」

「そうですね、これは彼から聞いたわけでは無く私の推測になりますが、事が成就した暁に私が功労者として立場を強化できるようにしてくれたのではないか、と考えています」


 なるほど、そのような考えでしたか。


「私は己の功誇ることなく、そのように取り計らってくれる彼をいつか深く尊敬するようになっていました……」


 そう語るお婆様の表情には、ただ昔を懐かしむ以外の感情が潜んでいるように私には思えました。


「それからはどうなったのですか? 帝国を追い払うのに3年かかったという事はこのまま破竹の勢いで勝ち進んだという訳では無いのですよね?」

「そのあたりは、貴女が学んでいる事とおそらく変わりはありませんよ」


 そういわれた私は家庭教師になんと教わったかと思い出します。

 確か、帝国は王国内で徴収した兵士の反乱に手を焼いたため本国から増援を呼ぶことになり、その結果戦況は膠着状態となったため、一進一退の泥沼の戦闘が2年以上にもわたって続いたのでした。

 しかし帝国が別の戦線で劣勢となったために援軍の一部を引き上げることになり、それにより再び王国軍が勢いを取り戻し以後半年ほどで王城へ迫る事ととなったという歴史だったはずです。

 私はそこまで思い出したときにふと疑問に感じたことがあり、お婆様に質問しました。


「スヴェン様のゴーレムをもってしても膠着状態であった時期を打破できませんでしたの?」


 私の質問にお婆様は、ああその事かという顔をします。


「私の話を聞くと確かに比類なき強さの巨人と言う印象を受けるかもしれませんが、2体だけではそこまで戦況に影響するような力はありませんでしたね。当初の――数十人規模での戦闘では大いに活躍したのですが数百人、そして千人を超えるような会戦となるとその影響力は限定的でした」

「そうなのですか……」


 失望が顔に出でしまったのか、私を見て笑ったお婆様が続けていいます。


「しかし、攻城戦での先鋒は常にスヴェンの操るゴーレムでした。敵兵の立てこもる拠点の攻略は最も犠牲が出る場面ですから、飛び道具をものともせずに城門を打ち破ってくれる姿に兵たちは歓喜したものです」


 確かに矢や岩、熱湯などが降り注いでくる城壁にとりつき、はしごで上るというのはとても勇気が必要なことでしょう。それをしないで済むとなれば兵士が喜ぶのもうなずける話です。


「それでは話をつづけましょう。私たちは時には攻め、時には守りつつやがては最終的な段階――つまりは王城の包囲へと至りました。王城の周囲の王都にも市壁はありますが、民の蜂起が相次ぎとても守り切れないと悟った帝国軍は早々に王城へと立てこもったのです。その数はおよそ3000、一方の私たちは8000ほどで平地での決戦ならばともかく、堅固な王城を落とすにはいささか兵力が不足していました」


 兵が不足していたとお婆様はおっしゃいましたが、学んだことが正しければ王城は攻撃を開始したその日に陥落したはずです。


「それにもかかわらず、わずか一日で落城させたという事はやはりスヴェン様のゴーレムが活躍されたのですか?」

「そうですね、結果的にはそうなりましたが。途中経過が今までとは少し違いました」


 それはどのような内容だったのでしょうか……。






「スヴェン、頼みます」

「おまかせを」


 矢による攻撃を避けるため、十分に城門から離れた場所に置かれた本陣にもはや見慣れたと言ってよいゴーレムが生み出されました。

 そして兵たちの歓声を受けつつ前進を始めます。その後はいつものように破城槌を城門に叩き付けるかと思って見ていましたが……。


まじない付きの矢じりか」


 私の横で同じく戦況を見つめていたスヴェンがつぶやきました。

 城壁の上にに設置されている何台ものバリスタ――大型の弩弓から短い槍に矢羽を付けたような大きな矢がゴーレムめがけて盛んに降り注いでいます。

 まだ城壁から距離があるため命中するものはほとんどありませんが、普段ならそのようなものは意に介さずに進んでいくゴーレムですが、徐々にその動きが遅くなっているように見えます。


「どういうことですか?」


 たまらず、それでも周囲には聞こえぬよう小さな声で聞いた私に、スヴェンが答えます。


「今、敵が撃ってきている矢だが、矢じりに何ら魔の魔術――おそらくゴーレムの再生を妨害するようなものがかけられているみたいだ。ほら、矢が命中した場所を見てみろ」


 言われたようにゴーレムを見ると矢の命中した場所が、普段ならばすぐに穴がふさがるはずであるのに、そのままぽっかりと開いたままの状態になっていることに気が付きました。


「あれは大丈夫なのでしょうか?」


 徐々に、城門に近づくにつれて加速的に増えていく穴に不安を感じてたずねると、


「駄目だろうな」


 という、身も蓋もない答えが返ってきました。


「ああっ! ゴーレムが……」


 そんな無責任なと、怒鳴りつけようとしたとき兵たちから悲鳴にも似た声が上がりました。慌てて目をやると、1体のゴーレムの足に空いた穴が大きくなり、ついには足が折れて地面に倒れ伏してしまっています。

 そして、残る1体に攻撃が集中して同じ結果となるのにさほど時間はかかりませんでした。


「人間もやるもんだなぁ」


 ざわつく陣地などそ知らぬ顔で感心しているスヴェンを見ると、なにやら無性に怒りがわいてきます。


「感心している場合ではありません! なんとかしなさい!」


 そして思わず、無能さを丸出しにしてしまったような言葉が口から飛び出しました。


「ふむ……、それでは姫様。なんとかしてご覧に入れましょう」


 スヴェンはそんな私をからかうかのように慇懃いんぎんに一礼すると、はめていた指輪をひとつ抜き取り地面に放り投げました。


「少々危ないのでお下がりください」


 スヴェンは私だけでなく、周囲の人間に対して警告を発する。そして私と兵たちが指輪から距離をとり周囲がひらけたのを確認すると、何やら呪文を唱えると共に空中に複雑な印を切り始めた。

 何が始まるのか判りませんが、この状況で集中するスヴェンに声をかけるわけにもいかずにじっと見つめていると、やがて指輪が光り出し、その光が膨らみ始めます。


「おおおおっ!」


 直後、指輪が爆発するかのように光と共に急速に大きくなると、さきほどまで悲嘆の声を上げていた兵たちが今度は感嘆の声をあげました。

 そして、光がおさまると、そこにいたのは今までの土より生み出されたゴーレムより二回りは大きいであろう鉄の巨人でした。

 鈍色にびいろに輝くその巨体は人の背丈の3倍近くはあろうかと言う威容を誇り、威風いふうを辺りに払っています。


「お気に召しましたか?」

「え、ええ……」


 呆然と、――それ以外どうしたら良いというのでしょうか――したままの私にスヴェンが声をかけてきますが、思わず生返事を返してしまいました。


「こいつならば、まぁなんとかなるでしょう」


 私の驚きなど気にかけた様子もなく、いつも通りの飄々とした様子のスヴェンを見ていると先ほど感じた怒りがまたもや湧いてきます。


「ならば城門の攻撃を命じなさい!」

「承知いたしました」


 八つ当たりだとは自分でもわかっているが、どうにも止められずに強い口調で言ってしまいます。

 もう19歳となるのに、どうしてもスヴェンにだけは甘えるように頼ってしまうのをやめられません。

 ……それは別に彼が魔術師や魔族であるかというのとは別の理由だと心の底ではわかっています。


「行け!」


 スヴェンが一言命じると、鉄巨人が地を揺らしながら歩き始めます。その雄姿を見つめながらふと気になったことを彼にたずねました。


「今回は敵にも魔術師が居るのですよね? それにスヴェンもお話の中に出てくる魔術師のように火の玉を飛ばしたり、いかずちを落としたりしないのはなぜですか?」

「別にそういう事ができないわけじゃないが、無駄が大きいからやらないだけだ。例えば数人の敵を吹き飛ばす魔法1回と、土のゴーレムを1体作り出すのに同じだけの魔力が必要だと言ったらどちらを選ぶ?」


 ――それはよほどのことが無い限りゴーレムを作る方を選ぶでしょう。


「それに敵さんに関してはおそらく矢にまじないをかけるだけで手いっぱいだろうから、それほど心配はいらないだろう」

「それを聞いて安心いたしました」


 そのように小声で話し合っていると、鉄巨人は先ほど土ゴーレムが攻撃を受けたあたりにさしかかります。すると再びバリスタからは唸りをあげて矢が飛んできました。


「カンッ! ガキンッ!」


 しかし土ゴーレムに突き刺さり、あるいは貫いた恐るべき矢ですが、鉄巨人はそれを苦も無く跳ね返して歩き続けます。

 それを見た兵たちから再び喚声が上がりました。

 その後、鉄巨人は降り注ぐ矢をものともせずに城門の前の堀まで進み、そこで一度足を止めます。

 堀を超えるための跳ね橋は当然上げられているので使えず、それに王城の堀は深く幅も広すぎて下に降りてはいかに巨大な鉄巨人といえども城門に手が届かないでしょう。

 そこでかねてからの計画通り、別の手段を使うべくスヴェンが用意しようとしたときに、城壁の上に兵士とは違ったおもむきの男が姿を現しました。


「どうやらあれが敵の魔術師のようだ、余力があるとは、思ったより魔力の高い奴みたいだな」


 本陣からでは遠くてよく見えませんが、スヴェンは目が良いのかよく見えている様子です。


「なにをするつもりでしょうか?」

「そりゃあ決まっている。ゴーレムをぶっ壊そうとしているんだろう」


 それはその通りです。馬鹿な質問をしてしまいバツが悪くなった私はごまかすように城門の方に視線を向けます。


「どうやらお前さんが見たがってたものが見れそうだ。折角だから少し見やすくしてやろう」


 そう言ってスヴェンが何かつぶやきながら私の額に触れると突然城壁がすぐそばにあるように大きく見えるようになりました。


「こ、これは……」

「いいから、はじまるぞ」


 おどろいた私が何か言おうとするのをスヴェンが抑えます。そしてその言葉の通り城壁の上の男が杖を掲げて何やら呪文を唱えている様子がみえました。

 スヴェンが魔術を使うときと比べると非常に長い時間詠唱をしているように見えましたが、やがて呪文が完成して、掲げた杖からいかずちが鉄巨人に向かって走ります。

 いかずちは狙いたがわず鉄巨人に命中し、ここまで聞こえるほどの轟音と共に大きな火花を散らしました。

 呪文を唱えた男は力尽きたのか両脇を兵士に抱えられるようにして城壁から降りていきます。

 しかし、こちら側――鉄巨人の背中側から見る限りでは特に何もなく、男の渾身の魔術も徒労に終わったのでしょうか。


「なかなかの魔術だった。土ゴーレムだったら上半身が吹き飛んでいたかもしれないな」


 スヴェンの余裕の表情を見ているとどうやらその通りの様子です。


「それじゃあ予定通りいくぞ」

「よろしくお願いします」


 私が頼むと、スヴェンは軽くうなずき呪文の詠唱を開始する。

 すると、鉄巨人の前から城門に向けて土の橋が生き物のように伸びていきます。彼によると土ゴーレムを作り出す魔術と似たようなものらしいですが、素人目にはどうにもそのようには見えません。

 わずかな時間で土の橋を掛け終ると鉄巨人が城門に向けて再び歩みを開始し、城門に到達すると降り注ぐ矢、岩、果ては溶けた鉛にも動じずにその腕を巨大な破城槌として扉に拳を叩き付け始めます。

 分厚い城門がまたたく間に歪んでいき、10回ほども殴り続けるとはじけ飛ぶように扉が開きました。

 そして開け放たれた扉が再び閉められぬよう、両手を大きく広げて抑え込みます。


「城門は開かれた! 勇敢なる兵士諸君、いまこそ王城を取り戻せ!」

「応!」


 私の号令の元、隊伍を組んで兵士たちが城門めがけて駆けるようにして進んでいきます。

 城門を破ったとはいえ城壁は未だ敵の手の中にあり、城内でもおそらくは柵をめぐらすなどして陣を張っている可能性が高く、厳しい戦いになるでしょう。

 私も初陣の時より愛用の鎧に身を包み後に続きます。流石に陣頭に立つのは反対意見が多すぎて許されなくなりましたが、それでも――自己満足だとは理解していますがただ後方で待つだけにはなりたくないのです。


「おや? ……姫様、あれをご覧ください」

「なんです?」


 突然スヴェンが大きな声でそんなことを言います。彼が指さす城壁の上に視線を向けると、古今東西の降伏の証である白旗が掲げられようとしていました。


「今更降伏なんぞ許すな!」

「いや、強襲すればこちらの被害も大きい。条件次第では認めるべきだ」

「これまでの蛮行の報いを受けさせるべきだ」

「われらの目的は敵を殺す事ではなく、国を取り戻す事だったのではないのか?」

「……ここは姫様のご裁可を頂くしかあるまい」


 同じく白旗を見た主だった騎士たちは、喧々囂々(けんけんごうごう)と意見をぶつけていたが、古参の年配の騎士の一言で私に視線が集中します。


「スヴェン……」

「どうぞ姫様の御心のままに」


 思わず助けを求めるようにスヴェンを見上げるが、彼は暗にその決断は私がすべきであるといった風に見つめ返してきました。


「……軍使を、降伏の軍使を受け入れましょう」


 それは少なくとも条件次第では降伏を受け入れるという決断を私はいたしました。

 このまま城内に突入すれば最終的な勝利は動かないでしょうけれども敵味方ともにおびただしい血が流れるでしょう。それに場合によっては城に敵が火を放つかもしれません。


「もはや戦いの時は終わりました。これからはいかに王国を立て直すかの時です。そのいしずえとなる皆を失う訳にはいきません。怒り、憎しみ、そして悲しみを捨てろとは申しません。だが、その矛先を敵兵ではなく、明日からの困難に向けることを希望いたします」


 騎士たち、そして兵たちも私の言葉に耳を傾けてくれています。無論納得できない者も多くいるでしょう、それでも私はこれ以上の流血は避けるべきだと考えています。


「――御意、ただちに敵軍使を招き入れましょう」


 先ほど騒ぎを静めた年配の騎士がそういうや否や、自ら馬を駆って城門へと駆けていきました。

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