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反撃の狼煙

「地下にこのような広い場所がありましたのね」

「はい、奴等も一度燃やした建物までは捜索にきませんので、絶好の隠れ家です」


 焼け落ちた村に入ると、とある貴族の配下であったという騎士が姿を現し、私たちを隠れ家へと案内してくれました。意外にもその隠れ家の場所は焼け落ちた貴族の屋敷の地下でした。

 もともとこの屋敷のあった場所には小さな砦があり、その後屋敷に建て替えられた時も地下の貯蔵庫をそのまま残していたという話です。

 隠れ家として使用し始めてから更に掘り広げたという地下は、大広間と呼んでも差し支えない広い部屋を中心に個室や貯蔵用の部屋などもあり、案内してくださった騎士の話ではこの場所で50人近くが暮らしているとのことでした。

 ただし、偵察や食料調達などに出かけているものも多く、今現在ここいるのはその半分にも満たない数だそうです。


「まだこれほどの場所が残っていたとは、これで一安心ですね姫様」

「ええ、そうですね」

「それでは姫様はこちらのお部屋をお使いください。それと何かございましたらいつでもお呼び下さい」


 このところは追い回され続けていたこともあり、比較的安全な場所にたどり着いたという安心感からか、一気に疲労感が襲ってきていた私は、申し訳なく思いつつも貴重な個室を借り受けてその日は夢も見ないほどにぐっすりと眠ることができました。




 明けて翌日、質素ながらも心づくしの朝食を頂いた後に今後の方針を検討する場を設けることとなりました。

 以前はこういった場で私は悪く言えばお飾りでしたが、有力な貴族などが捕らわれたり、殺されたり、場合によっては国外へ脱出したりしたため、参加者のほとんど騎士かそれ以下の身分のものだけになってからは意見を求められたり、決定を任せられたりすることが多くなり、おのずと身を入れるようになっています。


「この人数では事を起こすのは難しい、今は身を潜めて力を蓄えるべきではないのか?」

「そういっているうちにじり貧となっているのはだれの目からも明らかであり、敵の巡察隊を襲撃するなどして王国軍が健在であることを示すべきだ」

「いっそのこと帝国の勢力下に無い国へ拠点を移すのはどうだろうか?」

「帝国と戦っている国民を見捨てて我らだけ逃げるというのか!」


 様々な意見が出て、ぶつかり合っている。私としては一日も早く帝国を追い払いたいという思いはありますが、力の大きさの違いも嫌と言うほどに感じており、ただ考えもなく打って出るのも無謀であると理解しています。

 しかし、では何をするべきか? というとなかなかに思いつかず意見を言いあぐねていると、視界の端にのんびりとした様子のスヴェンが映りました。

 彼が王国内の情勢をどこまで詳しく知っているのかはわかりませんが、人ではない視点から何か良い発想が出るのではと思い、声をかけることにしました。


「スヴェン、貴方はどう考えていますか?」


 私がそう水を向けると、議論が一瞬止まり彼に視線が集中するのが判りましたが、彼は何とも思っていない様子で私の方をちらりと見ると立ち上がりました。


「そうだな、話を聞いていると近頃は反抗勢力が抑え込まれつつあるらしいな。民が支配を受け入れたというのなら話は別だが、そうでないなら『もう助けは来ない』というあきらめが原因だろう」


 確かに私たちは戦力のすり減ったここ1年ほどは、民衆からすればただ逃げ回っているだけのように見えるでしょう。


「ではどうすればいいというのか!」


 若い騎士の一人がいら立ったように声を上げる。確かにその方策が分からないからこそ困っているのです。


「そうだな、とりあえず砦の一つも落として見せれば良いんじゃないか? 別にそんな大きなものでもなくてもかまわんが、うまく宣伝すれば兵隊を集める材料になるだろう」


 そんな騎士を後目にスヴェンがあっさりと言う感じで意見を述べるが


「いくら小さいとはいえ、今のわれらと同程度の兵が籠る砦を落とすのは容易なことでない」

「と、言うよりも攻城兵器もない現状では自殺行為だ」


 すぐにそのような反論が返ってくる。


「……要衝を抑えてているような城塞でなければ守備兵の多くはこの国から無理やり兵士に仕立てられた者が多いはずだ、そいつらを寝返らせばいい」

「そんなことが……」

「まぁ、最後まで聞け」


 新たな反論を抑え込むとスヴェンは話を続ける。


「寝返らせると言っても砦の外から呼びかけても難しいのは分かる。帝国の兵士だってそれを恐れて警戒しているだろうからな。だが、砦の門が破られた後ならどうだ?」

「……確かに突入と同時に投降、反乱を呼びかければ呼応するものは多いだろう、しかし前提である門を破ることは不可能……、とは言わぬが相当に難しいだろうな」


 年かさの騎士が、方向性としては同意するものの、犠牲が大きくなりすぎるのではという疑問を発する。しかし、私はそのことについての回答を持っています。

 私がちらりと反論をしないでいる彼に目をやると、それ気づいた彼がわずかに笑ったような気がします。その笑みに背中を押される形で私は立ち上がりました。


「そのことですが、その者、スヴェンはゴーレムを操ることのできる希少な魔術師なのです」


 私の言葉に、ほぅという感嘆の声が上がる。――嘘は言っていないはずだ。


「およそ人の倍ほどの大きさもあるゴーレムならば、帝国が侵略後に各地に建てた急増の砦の門程度は打ち破れると考えています」


 帝国は地域支配のために小塔を木の柵で囲んだ急造の砦を建築しています。しかし以前偵察に無理を言って参加させた頂いたときに見た限りでは、急造と言っても主塔キープを中心にして柵を張り、その周囲には堀をめぐらしてあり、簡単には攻め落とせない作りになっていました。


「姫様がそうおっしゃるのであれば」

「そうですな、一度やってみる価値はありましょう」


 さきほどの年かさの騎士が同意すると、他の騎士や兵たちも賛意を示す。

 おそらくですが、スヴェンは私の影響力が増すように発言を譲ってくれたのではないかと思います。

 彼にその事を聞いても、何のことだという様にとぼけるのでしょうけれども。






 それから数日後、とある小砦のそばの森の中


「スヴェン、ゴーレムを」

「承知」


 私が命じるとスヴェンが少しおどけたような慇懃いんぎんさで答えてからゴーレムの生成を始める。

 事前に騎士や兵たちの不安を解消するため、一度その力を見せてはいますが、それでも地面から人型が起き上がっていく様子に周囲の兵たちから感嘆の声が上がります。

 そしてさしたる時間もかからずに2体のゴーレムが完成しました。


「破城槌を渡しなさい」


 私の言葉に兵士たちがおっかなびっくりしながら先端をとがらせた太い丸太をゴーレムへと運ぶと、ゴーレムはそれを器用に受けりました。そして2体で前後に並び脇に抱えるようにして持ちます。

 今回の目標の砦は近くに小さな町があり、陥落させることができた場合にはその街を通じて情報が伝わることを期待しています。……無論私たち自身も積極的に情報を伝えるつもりです。


「門を」


 私が再び命じるとスヴェンが頷き、ゴーレムに指示を出しました。

 ゴーレムは私たちが潜んでいる森を抜け出ると砦に向けて悠然と進んでいきます。

 その後ろで私たちは飛び道具の攻撃を避けるためにゴーレムからは距離を取って行進を開始しました。

 その行軍する部隊で、私は強く希望をしてその先頭に立っています、大急ぎであつらえた白銀しろがねに輝く鎧は重いですが、その重さがいかにも守られているいう安心感を与えてくれます。

 そうこうしているうちに砦の見張りが気が付いたようで動きが慌ただしくなってきました。

 堀にかけられていた取り外し式の橋が砦に引き込まれ、門が閉ざされました。そして柵の間からは弓を構えた兵士の姿が見え隠れしています。

 そして指揮官と思しき騎士の号令一下、ゴーレムに矢が射かけられました。しかしゴーレムは矢をその身に受けながらも前進をつづけ堀の中に飛び込みます。堀は人の背ほどもあり人間相手ならば十分に有効でしたでしょうけれども、人の倍ほどのも背丈のあるゴーレムに対しては深さが不足しているようです。


 ドンッ! ドンッ! ドンッ!

 そしてついに、その抱え持った破城槌を門に叩き込み始めました。


「準備をせよ!」


 それを見た私が指示をすると矢避けの盾をかざした兵士を先頭に、橋代わりとなる板をつなぎ合わせたものを抱えた兵士が続く陣形を取ります。そして――

 バキン、という何かが折れるような音と共に扉が打ち砕かれました。


「突入せよ!」

『おおおおおっ!』


 私の号令で40人ほどの兵が開け放たれた門へと走り出します。私も騎士に守られながらそれに続きました。スヴェンはその横で私にだけ聞こえるように


「ここまでは上手くいったな、後はカミーラのお手並みを拝見させてもらおう」


 ここまでお膳立てしてもらって失敗など情けないことはしたくはありません。


「お任せください」


 こちらに気が付いた敵兵が矢を射かけてきますが、大半の敵兵はゴーレムに気を取られておりその数はまばらで、犠牲もなく堀に仮設の橋がかけられました。

 そしてついに私は砦の中へと足を踏み入れた。


「私は王国の継承者となったカミーラ・アールステットです。敵の兵となる事を強いられている我が民よ、今こそその剣を侵略者へと向けるのです!」


「姫様だ」「あれが」「生きておられたのか」


 打ち破られた扉を囲んでいる敵兵の中からそんなつぶやきが漏れてくる。これは大きな賭けです。失敗すれば私の命が失われる可能性も高い。しかし――


「姫様万歳!」


 敵兵、いえ我が民の一人がそう叫ぶと敵の騎士に襲い掛かりました。


「貴様ら、反乱を起こす気か!」

「俺たちはお前らの奴隷じゃない!」

「王国を取り戻せ!」


 瞬く間にその動きは徴収兵である民たちの間に広がり、その機を逃さず私たちも敵兵に攻撃を開始しました。

 もともと砦の守備兵は30人程であり、その内の2/3を占める徴収兵が反乱を起こしたのでは門扉が破られた今となってはもう勝負は決まったようなものでした。


 わずかな時間で抵抗は消え失せ、砦には王国の旗が掲げられました。

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