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契約の代償

「それでその方の、スヴェン様のお力を借りることができたのですね」

「いえ、彼にはそっけなく断られてしまいました」

「えっ?」


 お話が一息ついたところでそう訊ねると、お婆様はそのように答えました。

 そして、絶句している私を見て苦笑して話を続けます。


「なぜ、自分がそのような人間の都合の手助けをしなければならないのか、と。別にこの地の人間の支配者が誰であろうと自分には関係ないとも」

「その物言いは、まるで自分が人間では無いような感じですね。……まさか」


――『人ならざる者』そういえばお婆様は先ほどそのように仰っていたのを思い出します。


「ええ、彼は人間ではありませんでした。もっともその時は私も彼が人間であると思っていたのですれどもね」

「では、人間でなければ一体?」

「彼は、魔族。そう言っていました」






「断る。なんで俺が人間どもの都合で動かなければならないんだ。そもそも俺にちょっかい出さなければ誰が王だとふんぞり返ってても関係のないことだ」


 いかにも馬鹿らしいことを聞いたという感じで男はあっさりと言い放ちます。


「貴様! この地に住まう者として、より良き統治者を迎えることに手を貸すのは当然ではないか!」

「……だからそれは人間どもの間だけの話だろう。俺は魔族なんで無関係だ」


 私の手を貸してほしいという願いを断った男に護衛の騎士が激昂して詰め寄るが、彼はどこ吹く風です。それにしても気になることを今しがた言ったように思えます。


「魔族?」

「ああ、別に俺たちが自分でそう言ってるわけじゃない。人間どもが勝手にそう呼んでるだけだ。人間は何にでも名前を付けたがる」


 ――『魔族』――話には聞いたことがあります。魔界の住人であり魔術にけるが邪悪な心の持ち主であり、人間をたぶらかし、堕落させるという悪しきモノ。

 ただ、目の前の男は邪悪と言う感じはせず、別段こちらを堕落させようとしてるようには思えません。そもそも先ほどはさっさと立ち去ろうとしていましたし。


「魔族だと!」


 しかし、護衛の騎士はそうは思わなかったようで、抜き放ったままの剣を彼に向けようとします。


「お止めなさい!」


 私はそれを押しとどめると、彼に再び助力を願い出ます。


「貴方が魔族であり人間の営みに興味が無いことは理解いたしました。そのうえでまげてお願いいたします。どうか私にその力をお貸しください」

「姫様……」


 激昂しかけた騎士を手で制すると、私は男の前に膝をつきこうべを垂れて懇願します。もう自身のためにも、虐げられる民のためにもなりふりなど構っていられる状況ではないのです。


「そうだな……。契約の代償としてお前を貰い受ける。人間の書く物語では悪魔は契約の対価に魂を求めるというのが多いだろう? 一つそれにならってみようかと思うがどうだ?」


 すると下げたままの頭の上からそんな言葉が降ってきました。


「そのようなものでよろしいのですか? それならば喜んでお受けいたします」

「姫様!」


 この身一つで望みがかなえられるというのならば安いものです。

 私は顔を上げると、再び激昂しかける騎士を抑えて答えました。


「ただし、それはことが成就した暁とさせてくださいませ」

「それは当然だ、安心しろ。ただ、一つ確認しておきたいが良いか?」

「なんでしょうか?」

「今の統治者を追い払った後は、お前たちが統治するのだろうな?」


 この方は何を言うのだろう、当然ではないでしょうか、不思議に思いながらそのままの答えを返します。


「それはもちろん、そのつもりでございます」

「了解した」


 一片の疑問を残す形となりましたが、私は彼に約束を取り付けることができてほっと胸をなでおろした。うん、彼?


「そういえばお名前をうかがっておりませんでした。申し遅れましたが私はカミーラ・アールステットと申します」

「俺はスヴェンと言う、しばらくの間よろしく頼む」


 そう言ってスヴェン様は膝をついたままの私に手を差し伸べてくださり、私がその手を取ると痩せて見えた体からは思いもかけぬ力強さで立ち上がらせてくれました。


「ありがとうございます。スヴェン様」

「様なんて不要だ、その代り俺もカミーラと呼ばせてもらおう。そんなことはともかく、とりあえずはどうするんだ。いきなり敵の本拠地に殴り込みという訳でもないだろう?」

「とりあえず……。ああ! そうでした! 申し訳ないのですが、先ほど私を逃がすために別の方向へ向かった騎士をお探しいただけないでしょうか?」

「――それは囮になったということか? それなら無駄だぞ。それよりも目的達成のために、これからどうするかを考えるんだな」


 冷たい物言いではありますがその通りです。私たちを逃がすために囮となった彼らを探し回ったところでそれは私の自己満足にしかならないでしょう。せめてその忠義が無駄にならぬようにしなければなりません。

 ……それでも私はしばし瞑目し、私のために犠牲になった2人に心の中で祈りを捧げました。

 そして顔をあげ


「今後のことですが、とりあえずのはこの森を抜け先にある貴族のお屋敷で同志の方々と落ち合う予定です。ここからは……」

「およそ3日ほどの道程になるかと」


 私が、口ごもったところで騎士が補足をしてくれます。

 以前うかがった話では、森のほとりにあるような村のなかの屋敷だということです。多くの拠点が襲われしまいましたがその場所は大丈夫でしょうか……。


「ああ、あそこか、了解した。それじゃあ行こうか」

「あの……。この辺りにお住まいと伺いましたが、そのままでよろしいのですか?」

「ん? 別に持っていくものもないしな、問題ない」

「……わかりました、それでは」


 私が騎士に目で合図を送ると彼は頷き、先導するように歩き始めます。その後ろに私がつきスヴェン様、いやスヴェンがまるでピクニックにでも出かけるいった気楽な様子で隣に並びかけました。

 本当にこの方を頼りにしても大丈夫なのだろうかと言う一抹の不安はありますが、何はともあれ窮地を脱することはできました、今はただそれを喜ぼうと思います。






「……なんというか最初に思っていたのとは違って少し軽薄な方なのですね」


 私がお婆様のお話を聞いて率直な感想を言いますと、お婆様は苦笑して


「軽薄と言うのとは違うと思いますよ。スヴェンは人間の中の身分と言うものに関心が無いのだと思います。それ以降彼はどのような人間が相手でも身分では態度を変えませんでした。ただし、軽蔑した相手には冷たく、尊敬できる相手には相応に丁寧な態度でしたね。それと、意外に思うかもしれませんが、私のことは例外的に色々と配慮をしてくれるようになりました」


 なるほど、そう聞くと軽薄と言うのとは違うような気もします。私が実際に接したのは先ほどの僅かな間だけなのではっきりとしたことは言えないですけれども。


「それで、そこからはどうなったのですか?」

「どこまでは話しましたかしら?」

「森の先にあるという貴族のお屋敷に向かうというところまでです」

「そうでしたね、屋敷に向かう道中は意外、と言っては失礼ですが静かなものでした。むしろ私が物珍しさにあれこれと質問をぶつけていました」


 興味津々に男性に言葉を投げかけるお婆様なんて想像もできません。でもよく考えたら当然のことですけれどもお婆様にも若い頃があって、今とは考えや態度なども違っていたのでしょう。


「そして3日後に予定通り屋敷のある村に辿り着きましたが、村はだいぶ前に焼打ちを受けたようで燃え落ちた家が多く、お屋敷も大半が焼けて崩れてしまっている感じでした」

「そんな!」


 折角辿り着いた場所がそのような状況になっていたのでは、お婆様もさも気落ちしたのでしょう。

 私はそう思いお婆様の顔を窺いましたが、いつものように微笑んでいるだけです。


「屋敷は焼け落ちてしまっていましたが、同志達の隠れ場所は無事でした。そこは……」

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