出会い
「姫様こちらへお早く!」
元は輝かんばかりであったが、今や見る影もなく薄汚れてしまった鎧を全身に着こんだ男――王国騎士の生き残りが焦燥の面持ちで私の腕を引きながら走り続けます。
王城が陥落してより2年、当時14歳であった私も今や16歳。
王国の版図は広く、また、帝国の圧政に不満をいだく民草も多いため、様々な協力者の力を借りて今日まで各地を転々としつつ逃げ延びることができていました。
しかし――
「駄目です、ざっと見たところ追手は20人以上居ます。このままでは……」
騎士の1人に腕を引かれて、とある森のはずれにある古びた小屋に逃げ込みましたが、一息つく間もなく後から小屋に飛び込んできた別の騎士の報告には絶望しかありませんでした。
この小屋に今居るのは4人、うち1人は私、残る3人は王国騎士ですが1人は腕を負傷しています。皆、素晴らしい騎士ですがが、およそ7倍もの敵兵相手では恐らくどうすることもできないでしょう。
重苦しい沈黙が小屋に訪れます。しかし騎士たちはすぐさま目配せをして頷きあうと
「姫様、今日までお傍にお仕えできたことを誇りに思います」
「いずれ王国を再建できることを確信しております」
後から小屋に来た騎士と、腕を負傷した騎士が私の前にひざまづき、そのように述べると私が止める暇もなく小屋を飛び出して行ってしまいました。
「さぁ、私たちも行きましょう」
「――わかりました」
あの2人がなにをしに出て行ったかは明白です。今までも同じようなことが何度となくありましたが、どうしても慣れることはできません。しかし、私にはやらなければならないことがある。仮にそれが私の血だけに価値があるのだとしても……。
先ほどの2人が向かったのとは逆方向――追手の居ない方向へと、たった1人になってしまった護衛の騎士と共に走ります。王城を落ち延びた当初初は僅かに走るだけでも息切れして動けなくなってしまいましたが、今では並の大人よりも長い間走り続けることができるでしょう。
しかし、幾ばくもしないうちに騎士が足を止めて私をかばう様に目の前に立ちふさがります。
「くそっ、こちらにも追手がいたのか!」
騎士の悔し気な言葉に応じるように前方の木々の間から敵の兵士が姿を現しました、その数はおよそ7、8人程でしょうか。
「姫様、お逃げください!」
騎士が振り返りもせずに私にそういいます。しかし、覚悟を決めた私が振り返り走り出そうとするとどこに隠れていたのか3人の敵兵が現れてゆく手を塞いでしまいました。
「――後ろにも敵兵が来ています」
「なんと……、もはや――」
私の声を聴き、悔しげに言葉を漏らす騎士。もうこれ以上逃げ回ることは無理だろう、ならば――。
私は腰に差していた短剣を鞘から抜き放つと3人の敵兵に向かって構えをとります。
「無駄な抵抗はしないことです。姫君はできれば生かして連れてくるように言われています。それに私としてもできれば女性に乱暴な真似はしたくありません」
覚悟を決めて攻撃を待ち受けたときに、敵の指揮官と思しき男が見るだけで不愉快となるような笑い顔で話しかけてきました。
「彼はどうなるのですか?」
私が護衛の騎士について問いただすと。
「姫君以外は必要ないとのことですので、ここでお別れしてもらいましょう。さぁ、姫君、こちらへ」
「ならば私の答えは決まっています。――否!」
「姫様……」
私の答えを聞いた敵の指揮官は、大げさに肩をすくめるとやれやれという仕草をしました。
「ならば仕方ありませんね」
その言葉と共に敵兵の方位の輪が狭まります。もはや最後まで抵抗し、いざとなったら自決して王族の誇りを守るしかない……。
私が、そう決意を固めたその時のことです。
「人の家のそばで騒がしいな」
茶色がかった黒髪の男が、ごく自然な様子で敵兵の間に入り込んでそんな言葉をなげつけました。
「な、なんだ貴様! どこから現れた!」
指揮官は慌てながらも、兵を動かし黒髪の男も包囲の中にに組み入れます。
「いや、だから近所に住んでいるんだが、騒がしいので苦情を言いに来たんだよ。お前らこの辺からさっさと消えてくれ」
男は白刃を突き付けられた状態だというのに、邪魔な羽虫を追い払うように指揮官に手を振りながらそんなことをいいます。
それを見た指揮官がみるみるうちに激昂するのが手に取るように分かりました。
「殺せ!」
先ほどまでの嫌味に上品ぶった様子をかなぐり捨てて兵士にそう命じます。おそらく馬鹿にされることに慣れていないのでしょう。
そしてこの時私は、この愚かな男――そうとしか見えませんでした――が倒されるまでの時間を利用して何とか逃げられないかと、暗い算段を胸の内でしていたのです。
しかし、その思いはすぐに裏切られることとなりました。
「……」
襲い掛かる兵士をつまらなそうに一瞥し男が何か呟く、すると――
――ゴブリ――
「うわ、なんだこいつら!」
「つ、土が?」
男の左右の地面から土が勢いよく盛り上がり、瞬く間に人の形となりました。その高さは私の身長の倍ほどもあるでしょうか……。
「ゴ、ゴーレム」
「ほぉ、知ってる奴が居たか。まぁいい、それじゃ『殺せ』」
呆然とした様子で、ゴーレムと呼んだ土人形を見つめる指揮官。そして黒髪の男がその指揮官の先ほどの命令を真似をするように指示をすると、ゴーレムは見た目の鈍重さとは裏腹の機敏な動きで兵士を蹂躙しはじめます。
「うわっ!」
「くそっ、バケモノめ!」
ある者は逃げようとした背後から叩き潰され、またある者は剣をゴーレムに突き立てるが、なんら痛痒を感じていない様子のゴーレムが腕を払うと、剣を突き立てた兵士の頭が玩具の様に宙に舞います。
瞬く間に兵士の数が減っていき、気がつけば残るのは腰を抜かしてへたり込んだ指揮官だけとなっていました。
「まてまてまて、話し合おう! なぁ?」
「俺も別に殺すのが好きな訳じゃないんだが」
「そうだろう! そうだろう!」
黒髪の男の言葉に、希望を感じた指揮官が縋り付こうとしますが
「だが、襲ってきた相手を許してやるほど心が広くもないんでな」
「はえ?」
その間の抜けた一言が指揮官の最後の言葉となりました。
そしてすべてを片付けたゴーレムは現れた時を逆回しにしたように地面に消えていきます。
「これで静かになったな。それじゃお前らも気を付けて帰れよ」
そして黒髪の男は、まるで何事もなかったかのように気安くこちらに声をかけると背を向けて歩き始めて遠ざかっていきます。
「……お、お待ちください!」
その森の中に消えようとしていく黒髪の男に私は慌てて声をかけて呼び止めます。
「ん、なんだ?」
いかにもまだ何か用かといった感じで男が振り返ると、私は先ほどの虐殺と言ってもよい戦いを思い出して一瞬ひるんでしまいましたが、意を決して
「私を、私達をどうかお助け下さい」
と、叫ぶように助けを求めました。
これが私――カミーラ・アールステット――と黒髪の男――スヴェン――との出会いでした。