葬送
2度目の飛竜に乗るのもやはり夜でした。王城で人目を避けるため深夜に着くようにと、日が落ちたころに家を飛び立ちました。
「今回は怖がらないんだな?」
お婆様の亡骸を抱きかかえたスヴェン様が前を向いたまま訊いてきます。
「そうですね、なぜか怖く感じなくなりました」
「そうか」
それきり会話が途絶えますが不快な沈黙ではなく、不思議と心が穏やかになります。
行きよりも、心もち緩やかな飛行をしているように感じる空の旅をいましばらく楽しみましょう。
「それじゃあ、今度こそお別れだな」
深夜に王城に到着し、以前の様にお婆様の寝室に足を踏み入れると、中はあの時のままになっていました。
その毎日きちんと整えられているであろうベッドにお婆様を横たえると、スヴェン様は立ち去ろうとします。
「あ……」
「ん、どうした?」
「もうお帰りになられるのですね」
「ああ、ここは俺の居場所じゃ無いからな」
「そう……ですね。あ、あの私を……」
「私を?」
連れて行ってください。
思わずそう言いそうになりました。
なぜそんなことを言い出そうとしたのか自分でもわかりません。
「……いえ、なんでもありません」
「そうか? それじゃあな」
小首をかしげたスヴェン様が再び立ち去ろうとしたときに、突如として謎の衝動が私を突き動かしました。
私はスヴェン様にかけよるとその耳元に口を寄せて
「…………」
「! ……わかったよ」
私に言葉に一瞬驚いたスヴェン様ですが、少しあきれたように頷いてくれます。
そして飛竜に乗り飛び去ったスヴェン様をその姿が見えなくなるまでお見送りしました。
明けて翌朝の王城は蜂の巣を突いたような大騒ぎとなりました。
お婆様の部屋を掃除しようと部屋に入って来た侍女が私を見るとまるで幽鬼を見たかのように悲鳴を上げます。
それから近衛騎士の方々が駆けつけてきましたが、仮にも王女である私を手荒く扱うわけにもいかず困っている様子です。とりあえず護衛とも監視ともいえる騎士が2人残り、他の方は大慌てで走り去っていきます。
しかし渦中の人物である私は不思議と心が凪いでいました。
「アリシア殿下、陛下がお呼びです」
しばらくすると今度は近衛隊長が私を呼びに来ました。
「わかりました、案内してください」
「は! こちらへ」
近衛隊長の先導を受けて向かった先は、謁見の間ではなくお父様の私室でした。
「ご苦労だった、下がっていいぞ」
「しかし……」
「自分の娘だという事くらい見ればわかる、心配はいらん」
「判りました、それでは」
近衛隊長は私とお父様を残すと一礼して去っていきました。
「久しいなアリシア」
「はい、お久しぶりです。……お父様は少しお痩せになりましたね」
「何かと気苦労が多くてな」
その気苦労とは私とお婆様の事でしょう、申し訳ないと思いつつもお婆様からの手紙を差し出します。
「これは?」
「お婆様からお父様へ」
「……そうか」
お父様は手紙の封を切ると、無言で読み始めます。
「ふう、わかった……。母上は病気療養のため密かに人目のつかぬところで静養していたが、先日遂に身罷った。そしてアリシアはその世話をするために付いていって今日帰って来た」
「え……」
「よし、この件はそれだけの話だ。疲れたろう、今日は自室でゆっくり休め」
「お父様、私に訊ねたいことが無いのですか?」
「それは無論ある、しかし母上の最後の願いを聞かぬわけにもいかぬからな……。しばらくは辺りが騒がしいかもしれんがそのくらいは我慢をしろ」
どうやらお婆様の手紙には今回の事は不問に付せといった指示がなされていたのでしょう。
「判りました、それでは失礼いたします」
「うむ。……まぁ、落ち着いたらその内でいいから何があったか話しておくれ」
そうはいってもやはりお父様も気になるのでしょう。お婆様の葬儀が済んで落ち着いたら一度ゆっくりと話をしたいと思います。
「はい」
私はお父様に感謝の気持ちを込めて頭を下げると部屋を出ます。
外には中の様子が気になって仕方が無かったのか近衛隊長が立っていました。
「ご苦労様。私は部屋に戻ります」
近衛隊長は何か言いたげでしたが、結局何も言わずに私を見送ります。
昨夜は結局お婆様のお傍で一晩を寝ずに明かしてしまいました。今はただ眠ることとしましょう……。
ゴーン、ゴーン、ゴーン。
王都中の教会の鐘が打ち鳴らされています。
今日はお婆様の葬儀が執り行われる日。先ほど王城でのすべての儀式が終わり、これより王都の外にある王族専用の墓地までお婆様を運び込むだけとなりました。
民は敬愛していたお婆様を見送ろうと、王城から街を出る門までずらりと立ち並んでおり、葬送の列が進むたびに棺には途切れることなく花が投げかけられています。それはさながら花の雨のよう……。
葬列はお婆様の棺を先頭に、そのすぐ後ろに王族が続き、その周囲には近衛騎士の一隊が一糸乱れぬ動きで取り囲んでいます。
黒一色の葬列の中でただ一点、お婆様の棺だけが純白の布に覆われています。
多くの者が泣いている中、私はあの地ですべての涙を流してしまったのか奇妙な冷静さをもって参列しています。
――だからこそ気が付いたのかもしれません、王都の市壁の上にあの人が立っているのを。
「あ……」
「アリシア、どうかしましたか?」
思わず声を上げた私に隣に居たお母様が声をかけてきます。
「いえ、なんでもありません」
「そう、それならいいのですけれど」
お母様にそう答えて再び市壁に目をやるとあの人の姿は消えていました。
「ふふ……」
なんだかおかしくなってしまい、わずかに笑いをこぼした私をお母様が不審そうに見つめてきましたが、今度は何も仰いませんでした。
(さようなら、ありがとうございました)
それはお婆様に向けた言葉だったのか、それとも……
ゴーン、ゴーン、ゴーン。
その日、鐘の音は日が落ちるまで鳴り続けました。
「それでどうなったの、おばあさま?」
「それっきりよ」
「えー、つまんなーい。おばあさまをつれてにげたのかと思ったのに」
「そんなことになっていたら、私はここに居ませんし、マリーも生まれていないのですよ?」
「……それはヤダ!」
孫のマリーはそういうと私にぎゅっと抱きついてきます。
あれから50年、とある辺境伯の元に降嫁した私はお婆様に負けていない、とまでは言えないかもしれませんが十分に義務を果たし、そのうえで幸せを築いてきました。
その一つが今私に抱きついている孫のマリーでしょう。勝ち気で、でも寂しがり屋の彼女を見るたびに私の胸の中には温かいものが湧き上がってきます。
「さあ、話はおしまいよ。そろそろ寝ましょうね」
「はぁい。……ねえおばあさま、眠るまで手をにぎっていてくれる?」
「ふふ、良いわよ。さあおやすみ」
「おやすみなさい、おばあさま……」
寝つきの良い彼女は、私の手を握ったままあっという間に眠りに落ちていきます。良い夢を見られればいいのですが。
「すー、すー」
「おやすみなさい、マリー」
すっかり寝入った孫の頬に口づけをすると、握っていた手を布団の中に入れてやり、ランプを吹き消してから部屋を出ます。
「話が長引いて随分と遅くなってしまいましたね」
せがまれるままに思い出話をしていたら、思いもかけず遅くなってしまいました。私も早々に寝るとしましょうか。
――そして自室に戻った時に、どこか懐かしい羽ばたきの音が聞こえてくるのに気が付きました。
「あれは……」
――完――
最後までお付き合い有難うございました




