1 モンスター装備能力
気付いたら、森の中にいた。
マジでどこなんだろう。森ということしかわからない。
あと、俺はトラックにはねられた時と同じ服装になっている。
つまり、<無敵>と書いたTシャツだ。
一応、断っておくが、<無職>って書いてるんじゃないぞ。<無敵>だ。
「無敵と言っても、武器も何もないんじゃ話にならんだろ……」
まずは近くの村でも探すか。
この森でじっとしているわけにはいかない。
だが、しばらく歩いていると、何かがこちらにやってきた。
ゼリー状のものがジャンプしながらこっちにやってくる。
「もしや、あれはスライムか?」
本物を見るのは当然初めてだ。
やはり、モンスターである以上、倒さないといけないのだろうか。
でも、無害な生き物を攻撃するのも気が引けるよな。というか、武器も何もないし。
ふと、スライムと目が合った――気がした。
スライムには目はないが、なんかこっちを見ているようなのだ。
ぽよん!
そして、スライムが跳びかかってきた!
「こっち、来るな!」
俺は言うまでもなく逃げた。
まだ、剣や鎧やらを持っているならいいが、丸腰なのだ。
あんなの素手で殴ってもダメージなさそうだし。
しかし、スライムの動きは意外と速い。
なんと、ぴょんぴょん跳ねながらまわりこまれた。
「くそっ! 来ないでくれ!」
また、まわりこまれた。
ダメだ。スペックの時点で俺ははっきりとスライムに負けている。
こういう時、何か魔法みたいなのがあったりしないのか?
むしろ、ないまま、こんなところに飛ばすとか、女神様、ひどすぎるぞ。
きっと、何かチートな力が備わっているはずだ。
「炎よ! このスライムを焼き尽くせ!」
手を前に突き出して叫んでみた。
何も起こらない。
煙の一筋も起こらない。
「氷よ! このスライムに突き刺され!」
やはり、何も起こらない。
これは詰んだ。
しかも、後ろから、もう一匹スライムが出てきた。
前にも後ろにもスライム。はさまれた。
ああ、トラックに殺された次は、スライムに殺されるのか……。
そして、前方にいたスライムが獲物を狙うように突っこんできて、俺の体にぶつかってくる。
俺ができることはとっさに手を伸ばして、胴へのダメージを緩和することぐらいだった。
当然、俺の体はその衝撃を受けて、吹き飛ばされ――――ない。
なぜか吹き飛ばされない。
その代わり、不思議な感覚を味わった。
スライムが俺の手から、だんだんと体にまとわりつくような感じ。
もしかして、スライムは人間を窒息させて殺す習性でもあるのか?
それも違う。
息は問題なくできる。
では、何が起きているかというと――
俺の体にスライムがしっかりと密着している。
どうも、形状からして鎧っぽい格好をしている。
いわばスライムを装備しているとでも言ったほうがいい状態。
待てよ。女神はこんなことを言ってなかったか?
モンスター装備能力を授けるって。
あれって、モンスターを装備品のように変形させる力ということじゃないのか。
じゃないのかというか、実際にそうなっているのだ。俺はスライムを明らかに装備している。
しかし、スライムはもう一匹いるのだ。
そいつが、俺に跳びかかってくる。俺はそいつの攻撃も受ける。鎧のおかけで回避能力は余計に下がっているから、かわしようがない。
ぼよん。
そんな感触があった。
スライムはスライム鎧(ややこしいが実際そうとしか言えない)に当たると、跳ね返された。
ダメージらしいものはまったくなし。
スライム鎧、なかなかやるな。
とはいえ、俺も敵のスライムを攻撃する手段を持ってない。
試しにスライムを叩いてみたけど、まったく効果がない。
一応、スライムの中に核みたいなものがあるので、それを破壊すれば倒せるのだろうけど、鋭利な剣でもないと、そこに届く気がしない。
つまり、どういうことかというと、お互いにダメージを与えられない者同士の戦闘というわけで……。
そのあと10分ぐらい、俺とスライムは無益なぶつかり合い?を繰り広げた。
ぽよん。ぷよん。ぶよよよん。
スライムが俺の胴体部分に当たるごとに、また跳ね返る。
ちなみに、顔とか脚とかを攻撃すればいいじゃんと思うのだが、スライムが跳ねようとすると、ちょうど俺の胴体ぐらいの高さになってしまうのだ。
最後はスライムのほうが飽きて、どっかに行ってしまった。
まあ、そうなるだろう。いかにスライムといえども、その程度の知性はあるのだ。
ひとまず無事ではあったわけだが、これからどうすればいいだろう。
「なあ、お前、このへんに村があるかとか知らない?」
鎧のスライムに聞いた。
当たり前だが、何も答えてくれなかった。
しょうがない。適当に歩いて、探すか。街道みたいなところにぶつかれば、行商や冒険者みたいなのも歩いているだろう。
「お前、よく俺を守ってくれたな。ありがとな」
スライム鎧を撫でてやりながら、歩いた。
このスライム鎧は命の恩人なのだ。
誰であろうと助けてくれた人には感謝すべきだ。人じゃないけど。
しばらく歩いていると、森を抜けることだけはできた。
背の低い草が生えている原っぱが広がっている。歩くことはできるけど、どこに何があるか、まったくわからんのは困るな。
さらに歩いていると、ぞろぞろとこちらにやってくる集団がいた。
数として二十人ぐらい。
よし、あの人たちにいろいろと話を聞こう。
とりあえず、俺以外の人間がいることがわかっただけでもありがたい。
そいつらはみんな武器を持っていたので、おそらく冒険者なんだと思うけど、ほかにもっと特徴的なところがあった。
全員、犬みたいな耳をしているのだ。犬の獣人の集まりなんだろうか。
「あの~、すいません」
その集団の前に俺は顔を出す。
「私たちを呼び止めていったい何の用?」
前にやってきたのは、20歳ぐらいの女の獣人だった。
はっきり言ってかなりの美人だ。しかも、ホットパンツみたいなのを穿いてるせいで、きれいな生脚がおがめる。
「すいません、実は俺、記憶喪失でして……」
異世界から来たってことは誤魔化しているほうがいいだろう。この世界の住人にとって、それが当たり前なことであるかどうかわからないからな。
「それでどこに何があるかもさっぱりわからないんです……。村や町の場所を知っていたら、教えてもらえませんかね?」
「たしかに私達はこれからルクトリア王国の王都ルクトリアに向かう途中だったんだけど」
ラッキー! じゃあ、このままついていけばいい。
「だったら、俺も同行させてください!」
「嫌よ」
「ありがとうございます! じゃあ、俺は迷惑にならないように一番後ろについていきます!」
「私、嫌って言ったんだけど、聞こえなかった?」
実は聞こえていたのだけど、OKだと勘違いしたふりをしていれば誤魔化せるかな~と思った。ダメだった。
「なんで、ダメなんでしょうか……?」
「決まってるでしょ。あなたを連れていくメリットがどこにもないからよ」
ずばり言われてしまった。たしかに一文なしだしな。
女性の後ろの連中も俺を見て、にやにや笑っている。思い切り侮られている。
「あの、困ってる人を助けたら、あとでいいことがあるかもしれませんよ。徳が積めます」
「徳なんかないわよ。むしろ、得することしか考えてないし」
なんて功利主義的な人間なんだ。困ってるんだから、ちょっとは助けろよ。
「ていうか、私達、悪人だし」
なんだよ。俺はワルですアピールかよ。中二病なのかよ。だけど、勝手に自分以外のメンバーも悪に認定するのはどうなんだ?
「私達、盗賊団の一味なのよ。私の名前がアルコだから、アルコ団」
最初に遭遇した人間が犯罪集団かよ……。
やっぱり。危機的な状況だ。
寝るまでにあと3回ぐらい更新します。




