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モンスターを着る男  作者: 森田季節


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14 アルコの気持ち

 ミノタウロスを倒した俺たちはすぐにギルドのほうに戻った。


 なにせ、この世界では倒したモンスターが消滅してしまうので、証拠品もほぼないのだ。金の亡者ってわけじゃないけど、手柄をほかの奴に横取りされるのは嫌だ。


「ミノタウロス、無事に討伐しましたよ!」


「な、なんですとっ!」


 受付のおっちゃんが椅子からひっくり返りそうなほど驚いた。


「その証拠品としてゴールドを持ってきたわ。七体倒した分のゴールド。残り二体は逃げて、残り一体はこちらに降伏したから殺してはいない」


 俺より場慣れしているアルコが横から補足を述べる。


「わかりましたですぞ。依頼内容の性質上、すぐには確認ができないので数日待ってほしいのですぞ。ギルドから担当者を派遣して、ミノタウロスに変化があったかどうかを見るのですぞ」


 まあ、ゴールドを持ってくるだけなら誰でもできるからな。それだけじゃ足りませんというのはわかる。


「わかったわ。じゃあ、三日ほどあとにまた来るから」


「了解ですぞ。ところで、気になることがあるのですぞ」


「いったい、何かしら」


「どうして踊り子の服を着ているのですかな?」


 直球でこの人、聞いてきたな!


「こ、これは防御力がすごく高い防具なのよ! ただの踊り子の服じゃないのよ! だから恥ずかしいのを我慢して着てるのよ! それだけなの!」


 顔を真っ赤にして、アルコが説明しだした。

 事実、そうなので、問題はないのだが、後ろの外野たちは違ったらしい。


「あれ、誰を誘ってるんだ……?」

「横のアキラって冒険者だろ」

「でも、あんなに露骨な格好で戦闘されたら落ち着かないんじゃないか?」

「いや、男がわざと着せているという線も考えられる」

「それはうらやま、いや、けしからん」


 なんか、俺まで罪をかぶってるぞ!

 無実の罪もいいところだ! 勘弁してくれ!


 宿に戻ったアルコはすぐに元の服に着替えた。たしかに戦闘用の服、あるいは踊り子用の服なわけだから、それで宿屋をうろついてたら変な人扱いされてもしょうがない。


 ただ、しばらくは踊り子の服の衝撃は残っていた。


 その夜。

 俺たちは離れたベッドにそれぞれ入って眠りにつくのを待っていた。


「ねえ、アキラ」

 アルコに声をかけられた。

「ん? なんだ?」

「男ってやっぱりああいう踊り子の服って興奮するものなの?」


 異世界の住人はみんな直球が好きすぎる。

「これは一般論だけど、男はたいてい露出の激しい女の服は好きなものだ。でも、それを赤の他人が見て楽しいかどうかはまた別だけどさ」


 こんなふうに答えるのがきっと無難なんじゃなかろうか。

「つまり、私のあんな格好をアキラはあまりほかの人には見せたくないってこと?」

「いや、お前がああいう格好が好きだっていうなら止める権利なんてないし、どんどん着ればいいと思うぞ……。実際、冒険者パーティーに踊り子がいることだってあるはずだし……」


 なんか、アルコが俺の独占物みたいに聞こえたとしたら、それはそれで語弊があるのだ。


「うん、アキラの気持ちはちゃんとわかるよ。心配しないで」


 そう言われたからには信じないといけない。

 ただ、寝る前にそんなことを言われたので、頭に踊り子の服のアルコがちらついて寝づらくなった。


 本当に、あの服を考え出した人間は天才だと思う。



 翌日は、アルコはミノタウロスを角笛にして(角笛に変化させたのはもちろん俺だ)いろいろと吹いていた。


「アルコ、そういう楽器がほしかったのか?」


「違うわ。これを活用できればミノタウロス達の残党ともに交渉ができるんじゃないかなと思って」


「そんな高度なことまで音楽でできるのか?」


「理論上は可能よ。それに音階の調節なんかはこの角笛自身もやってくれるから割と楽にいい音が出せるわ」


 なるほど。角笛になったミノタウロスのほうからも音に干渉できるのか。


「この領域までは出てくるなってことを事前に警告できれば、ミノタウロス側もそれを守る可能性があるでしょ。向こうだって危険が大きすぎれば土地の占拠なんてしないわ」


「たしかに今回もけっこうな数の死者が出たわけだしな」


「私もモンスターはモンスターでしょ。だから、余計な死者は減らしたくもあるのよ。当然、向こうから攻めてくれば戦うしかないけど」


 そっか、アルコは自分の出自に負い目みたいなものを感じてるのか。


 これはそんなの気にするなって言っても、解決することじゃないよな。それにこの世界には、実際に獣人差別だってあるんだ。


「俺もアルコの気持ちにできるだけ協力したい。何かあったら言ってくれ」


 後ろからそう言った。


 それぐらいの信頼関係なら築けているはずだろう。


「うん、ありがとう、アキラ」


 俺のほうを見て、アルコは笑ってくれた。

 でも、すぐに照れくさそうに前を向いた。


 恋人ってわけじゃないんだし、これぐらいの距離感がちょうどいいのかもしれない。


 でも、その距離感がその少しあと、ちょっとだけ揺らいだ。


 その日の夜のことだ。俺が部屋でそろそろ寝ようかとしていた時だった。


 アルコが部屋に入ってきた。


 顔を赤らめて、踊り子の服を着て。


「えっ!?」


 俺は困惑した。困惑しないほうがおかしい。


「あのさ……言えてなかったことがあるから……」


「いったい、何のことだよ……」


「ミノタウロス戦の時、アキラ、私の命を救ってくれたでしょ……。なのに、ちゃんとありがとうって言えてないままだった……」


 ああ、とっさにアルコを剣にして矢を防いだことか。


「戦闘で仲間を助けるのは当たり前だろ。当たり前なことに感謝なんていらないさ」


「それでも、私としては心残りだったの……。こちらだけ借りが増えたみたいだし……」


 その気持ち自体はわからなくもなかった。


「だから……」


 そっと、アルコが俺に抱き着いてきた。


「今夜は、私を……あげるわ……」


「おい……変なこと、言うなよ……」


 そう答えるのがやっとだった。


「別に変なことのつもりじゃない……。それに……」


 ぼそぼそと、アルコは答えた。


「私、アキラのこと、嫌いじゃないし……。ううん……けっこう愛してるし……」


 こんな愛の告白、反則だ。


「これからも、俺と一緒に旅してくれるか……?」


「うん……」


 俺はゆっくりとアルコとキスをした。

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