9 町を歩いてギルドへ
その日の朝食にも納豆が出た。
宿屋の主人は」腐り豆と言っているが、言葉の印象も悪いし、日本人からすると腐り豆という文字列は豆腐を連想させるので、納豆と呼ぶことにする。
「やっぱり、においがきついわ……」
アルコが嫌な顔をする横で俺はパンに納豆を乗せて食べた。
パンに納豆ってマジでけっこう合うぞ。
アルコはパンにジャムを塗って食べていた。
「ああ! 毎日のように腐り豆を食べてくれるだなんて天使のような方ですぞ!」
納豆を食べるごとに宿屋の主人の好感度が異様に上がっていく。
これ、ギャルゲーだったら宿屋の主人ルート一直線なのではないか。嫌すぎる。
「すいません、この町のギルドってどこにありますか?」
「ええと、西地区5番街ですぞ」
いや、住所で言われてもわからんぞ。
「西地区ね。だいたいわかるわ。問題ない」
アルコは土地勘があるらしいので全面的にお願いすることにしよう。
「はぐれそうになったら手をつながせてくれ」
「ダメに決まってるでしょ」
即座に拒否された。
ちょっと寂しい。これでも同じ部屋で寝泊まりする程度の信頼関係はあったはずなのに……。
俺がしゅんとしたように見えたのか、それからアルコは俺の耳に顔を近づけて、
「手をつないだら私が白昼堂々、剣になっちゃうでしょ……」
と言った。
「あっ、本当だ……」
アルコと手をつなぐというイベントは今後一生できないのか。ちょっと、それは悲しいな……。
まあ、でも、この能力のおかげで生き延びているのだから、贅沢は言えんか。
食後、俺とアルコは冒険者ギルドに向かうことした。
ただ、向かう前にスライム鎧とムカデ鉄兜、さらに軍隊蟻の剣を装備していくようにアルコに言われた。
「別にいいけど、なんで?」
「単純な話よ。立派ないでたちで行ったほうが舐められないでしょ」
「そう言われれば、検問の兵士も俺の装備を見て尊敬してくれたな」
「尊敬されるのが目的じゃなくても、少なくとも舐められるリスクは減るわ。雑魚と思ったら、ケンカを吹っかけてくるような奴もいるかもしれないからね」
いきなりケンカは困る。それに人間に触っても装備品にできんし。
俺は裏庭にいたモンスターたちに触って装備品にして、装備をしっかり整えた。
おそらく六時間ぐらいでモンスターに戻ってしまうから、それまでにはギルドの受付を終えて、宿に帰ってこないとな。
タドンの町というのは、そこまで大きなところではないので、ギルドに来る依頼の数も知れているらしいが、そのほうが気楽なのでありがたい。
俺は地方出身のあと、東京で就職して、いろんな都市に出張で行ったが、いきなり東京産まれじゃなくてよかったと思っている。その規模になれると、ほかがしょぼく見えかねんからな。
まあ、そんなことはどうでもいい。
せっかくだし、タドンの町を見よう。
宿屋を出ると、小さな市場が立っていた。
野菜だとか日用品を売っている。
ただ、その中でも微妙に立地の悪い場所に耳のついた獣人の姿があった。
ずっと黙っているより早めに聞いたほうがいいと思って、アルコに尋ねた。
「あれって獣人差別なのか?」
「一言で言うと、そうよ。獣人をモンスターに近い人間と考えている人間は多いわ。徹底して排除しようとまで思う連中もほぼいないけど、市場の場所ひとつとっても二流のところに置かれるのよね」
ううむ、こういう差別ははっきり言ってよくないと思うが。地球だって、差別が当たり前だった時代のほうが圧倒的に長いのだ。すぐに改善していくことはできんだろうな。
「もしかしてだけど、アルコが盗賊団を作ったのもこういう背景と関係あるのか?」
「はっきり言ってそうよ。まともな仕事につこうとしても、待遇が悪くなったりすることが多いし、もっと露骨に娼婦に勧誘されたこともあるわ。そういう差別から自由になりたかったら、実力社会の冒険者かそれに類する職業になる」
「たしかに盗賊団も広い意味では冒険者か」
「でも、盗賊団なんてものをやれば、命を失うリスクも高くなるし、自分が無事だったとしても子分が死ぬのを何度も見ることになるはずだったわ。だから、アキラと出会ったきっかけでやめることにできてよかったと思ってる」
アルコの眼には憂いの色と笑みが両方半々ずつぐらいで混ざっていた。
今の言葉がアルコの偽らざる心情なんだろうな。
生まれながらの極悪人なんて普通はいない。だから、最初に悪いことをする時は相応の覚悟がいる。逆に言えば、そこが踏みとどまる最後のチャンスかもしれない。
そこで踏みとどまれたんだから、アルコは幸せだったんだろう。いや、それで幸せだったと思えるように俺がしてやらないといけない。
それがアルコを剣に変えてしまった俺の義務みたいなものだ。
「なにか、妙にやる気になってない?」
「いや、ギルドでしっかり働くぞって思っただけだ」
やがて西地区と呼ばれるエリアのほうに俺たちは入っていく。
ここは一言で言うと飲食店街、もっと言うと飲み屋街だ。
朝から酔っぱらっているおっちゃんなんかがいる。あるいは夜に飲んでそのまま寝ているのかもしれない。
「外で寝ても凍死するほど寒くもないしな」
「今、この国は春だからね。冬は井戸が凍結したりして大変よ。人間の動きが弱まる分、モンスターの動きが活発になるし」
「たしかにモンスターって寒さに強そうな印象あるわ」
そして、そんな飲み屋街の中でも奥まったところに「ギルド」と看板のかかった建物があった。
ギルドといっても、明らかに酒場みたいなのと合体しているから、酒場の半分がギルドといった感じだが。
中に入ると、いかにも冒険者といったいでたちの連中が集まっている。
思ったより空気はぎすぎすしてなくて助かった。
「おい、あの鎧、なんだ?」
「あの剣も黒合金って言われてる特殊金属のものじゃないのか……?」
「相当なレア装備だぞ……」
「おいおい、そんな大物が来るような町じゃないはずだぞ……」
すぐに俺のことを冒険者たちが噂しはじめる。
すごいな、まるで新しいクラスにやってきた転入生の気分だ。
「横に獣人の愛人を連れてるぞ」
「やっぱり強いと愛人持てるんだな」
「俺、彼女いない歴イコール年齢だぜ……」
おい、勝手に愛人認定するなよ!
アルコがぎろっとにらんでいた。そりゃ、怒るわな。
この調子だと、たしかに貧相な格好で入ると、いじられる可能性高いだろうな。それは全然楽しくないことだ。
さて、とっとと受付をやってギルド認定の冒険者にさせてもらおうか。
俺は受付に並んだ。
「すいません、二人、新規で冒険者として登録させていただきたいんですが」
「おお、立派な装備の方ですぞ! ようこそですぞ!」
その顔を見て、思った。
宿屋の主人に超似てる!




