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[第一章]鳴海悠馬編 ―『さがしや』の朝―

「ん……朝か」


 鳴海悠馬の朝は、隣ですやすやと寝ている姫矢真弥を起こさないように、ゆっくりと布団から出るところから始まる。

 

「くぅ~、今日も最高の目覚めだぜ。これも全て、安眠枕のお陰だな」


 悠馬は物音を立てないように着替えながら、安眠枕を見る。今は悠馬の頭の重さで凹んでいるこの安眠枕は、先日事務所を訪ねてきたセールスマンから購入したものであった。『八建睡眠科学研究所』が開発した、最新の睡眠科学をふんだんに盛り込んだ枕だと紹介されたときは訝しがっていた悠馬であったが、セールスマンから渡された睡眠の質を図るアンケートで最低評価を受けてしまったことで急に不安に駆られ、二万円もするこの安眠枕をその場で購入したのだ。

 しかし、流石は二万円も出しただけのことはあり、この安眠枕に変えて以降、悠馬の朝の目覚めはすこぶる調子の良いものになっていた。

 

(ふっ、こんなに気持ち良く朝が迎えられるんなら、二万円くらい安いもんだぜ)


 お気に入りのワインレッドのシャツと黒のベストに袖を通し、静かに寝室を後にした。


 この八建市で真弥と二人暮らしを始めてから、悠馬の家事能力は著しく向上した。押し切られる形になったとはいえ、まだ小学生の少女と二人きりで暮らすのだから、大人である自分が真弥を支えなければという使命感が悠馬を突き動かしたのだ。なので、苦手であった料理の腕も今ではすっかり板に付いていた。

 

「うっし、スープはこんなもんだろ。さて、サラダも盛りつけたし、あとは真弥さんを起こしに行くだけか」

「待て待て。紅茶を出すつもりならば、先にカップを温めておきたまえ」

「ん、そういうもんなのか? じゃあ、コップを三つ用意し――待て待て待てぇ!」


 悠馬がぐるりと風を切らんばかりの勢いで振り向くと、ダイニングテーブルで優雅に缶コーヒーを飲み、くつろぐ男の姿があった。その姿を認めた途端、悠馬は露骨に機嫌を悪くし、その男―水嶋克己(みずしまかつみ)―に突っかかった。

 

「おいこら克己、なに朝っぱらから人ン家でくつろいでんだ、テメェ」

「朝だからこそ、ゆとりを持って行動すべきだとは思わんかね?」

「それは人ン家で言う台詞じゃねぇよなぁ? お前、住居不法侵入って言葉知ってるか?現行犯は民間人でも捕まえって良いって話知ってるか?」

「ははは、警察の私が知らないはずがないだろう。いつかいつかと待ち望んでいたが、遂に貴様の脳細胞が死滅してしまったか」


 少しの沈黙。そして。

 

「克己、テメェのそのキザった顔、いい加減見飽きたぜ!」

「フン、良いだろう。貴様との因縁、ここで決着を付けさせてもらおうか」


 二人は腕をまくり、勢いよくダイニングテーブルに肘を叩き付けた。そして、互いに互いの手を握り潰そうと力を込める。

『今日のアッパレ占いコぉーナぁー!』

 テレビから流れる女性アナウンサーの声が、激闘(うでずもう)のゴングになった。

 

「どうした、克己。早くも息が上がってんじゃねぇか?」

「そういう貴様こそ、まったく腕が動いてないぞ?」


 二人の男から掛る圧力と、零れ落ちる汗に、ダイニングテーブルがみしみしと悲鳴をあげる。『……以上、今日のアッパレ占いコーナーでしたぁ。皆さん、今日も一日張り切って頑張りましょう!』まるでその場に杭を打ち付けられたように二人は腕を動かせぬまま、時間だけが過ぎて行った。


 真弥は朝に弱いため、いつも悠馬に起こしてもらっているが、決して一人で起きられないわけではない。だから今日は、いつもの時間に自分を起こしに来ない悠馬に首を傾げながらも、真弥は重たい身体を引きずるように起床した。

 

「ゆ~まさ~ん、おふぁようごじゃいま……何をなさっていたんですか?」


 硬く手を握り合いテーブルに伏している汗だくの男たちの姿を見て、真弥の眠気はすっかり吹き飛んだ。


「で? こんな朝っぱらから、八建署の刑事様が何の用だよ?」


 結局、克己にも朝食を振る舞うことになった悠馬は、食器を片付け終えたところで、疑問を口にした。

 悠馬の朝食を堪能した克己は、ハンカチで口を拭いつつ彼の質問に答えた。

 

「探しモノのプロである『さがしや』に刑事が足を運ぶ理由など、限られているだろう」ハンカチを綺麗に畳み胸元に納めた克己は、神妙な面持ちで言葉を繋ぐ。「行方不明になった少年の捜索に協力してほしい」


 そんなことだろうと思った、と悠馬は大きなため息をついた。

 

「テメェは毎度毎度、物騒な話しか持ってこねぇな」


ぼやきつつ隣に座っている真弥を見る。悠馬の視線に気が付いた真弥は、こくりと頷いた。どうやら真弥は乗り気のようだ。ならば、悠馬に断る理由はない。


「で、その行方不明者ってのは?」

「少年の名は、田辺栄人」


 田辺栄人、十四歳。現在、八建市立第二中学校に通っている。父と母との三人でマンション暮らし。部活動には入っていない。補導歴なし。四日前に家族より「三日前から姿が見えない」と通報あり。近隣に聞き込みをするも、事件当日の彼の目撃情報はなし。

 資料を見終えた悠馬は、再びため息をついた。

 

「しかしなんだ、この『三日前から姿が見えないから通報した』ってのは。自分の子供が行方をくらましても、何とも思わなかったのか、こいつの親は?」

「時々、何も告げずに家を飛び出すことがあったそうだ。だが、それも翌日には帰って来ていたので、今回も今までと同じ家出だと考えていたそうだ」

「難しいお年頃ってヤツなのかね」

「とにかく、田辺栄人少年が行方不明になって今日で丁度一週間だ。捜査も公開捜査へと切り替わる」

「それでウチに来たってわけか。公開捜査となりゃ、堂々と一般市民である俺たちに頭を下げられるもんな」

「勘違いするなよ、悠馬。誰が貴様に助けを乞うか」克己は憎たらしい笑みを浮かべる悠馬から視線を外し、その横に座る真弥の方を見据え――頭を下げた。「真弥くん、この事件の早期解決にはキミの力が不可欠だ。どうかキミの力を我々に貸して欲しい」


 真弥の心は決まっていた。

 

「もちろんです、克己さん。探しモノを見つけるために、余すことなく力を使う。それがわたしたち『さがしや』のモットーですから」


 真弥の笑顔に感動した克己は、身を乗り出しがっしりと真弥の両手を握った。

 

「ありがとう、真弥くん。『八面玲瓏』とは正にキミのためにある言葉だ」

「あ、ありがとうございます、克己さん」

「おい、こら。いい加減、真弥さんから手を離しやがれ」


 色々と面白くない悠馬は、真弥と克己の間に身体ごと割り込み、強引に引き離した。

 

「大体、頭を下げるんなら、この『さがしや』の所長である俺にも下げるのが、筋ってもんじゃねぇのかよ?」


 悠馬は親指で自分を指すも、克己は興味なしと言わんばかりに目を閉じる。

 

「しかし、完璧な真弥くんにも一つだけ欠点がある。それは男の趣味が悪いことだ」片目だけ開き悠馬を見て「なあ、ロリコン野郎」

「だ、誰がロリコンだ!」


 いわれなき中傷に腹を立てた悠馬は、勢いよく立ち上がった。それに釣られ、克己も立ち上がる。

 

「こんな可憐な少女を誑かした挙句、婚約を迫る男をロリコンと呼ばねば、何をロリコンと呼ぶのかね?」

「テメェみたいに、奥さんがいるのに真弥さんを靡かそうとする変態のことを呼ぶんだよ」


 二人は火花を散らしながら顔を近付ける。

 

「女性を褒めるのは男性の義務だ。そういう下品な言い方はやめてもらおうか。大体、そういう貴様こそ真弥くんに対し下心を抱いているのではないのかね?」

「おいおい、刑事様が証拠のない妄想を口にしても良いのかよ?」

「ほう、やるというのか」

「吠え面をかかせてやるぜ」

「ハァ……」


 大人げなく盛り上がる二人を横目に、真弥は小さくため息を付いた。


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