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招待状(7)

 家に帰った宗弌は、のんびりと夕飯を食べていた。

 コンビニ弁当を大胆に広げるのは、リビングではなく自室でだ。あそこは一人で使うには居心地も悪く、汚してしまえば掃除しなくてはならない。その点、使う部屋さえ定めておけば掃除や片付けも随分と楽だった。払われる家賃が無駄に思えて仕方ない。

 ごちそうさま、と両手を合わせた後、宗弌はテレビの電源を点けた。まだ夕食時には早い時間帯、流されるのはニュースや通販といったもので、バラエティは見当たらない。

 番組表を流し見ていた宗弌の目の前で、携帯電話が震えた。メールかと思えば、バイブレーションは三十秒以上続く。あまり電話番号を他人に教えない宗弌は軽く疑問を持ちつつ携帯電話を手に取り……どっと冷や汗をかいた。


「やべっ!」


 通話に出ることなく、宗弌は電話を掛けてきた人物の意図を読み取る。

 慌ただしくリモコンを操作し、すぐにゲーム機の電源を入れてコントローラーを持った。画面が切り替わり、一昔前に流行ったオンラインゲームのタイトルが表示される。

 宗弌はすぐにゲームを開始し、そして真っ先にボイスチャット機能をオンにした。


『――遅いッ!』


 直後、怒声が響く。

 ゲーム機の傍に置いてある専用のスピーカーから、甲高い声が発せられた。ひび割れたようなその声量に、宗弌は両耳を抑えて目を瞑る。


『六時半って言ったでしょ!』

「す、すまん。飯を食ってた」

『私なんか今食べてるわよ!』


 そういえば、怒鳴り声の合間合間にもぐもぐと何かを咀嚼する音が聞こえる。相手の部屋に置いてある高性能なマイクが律儀に音を拾っているのだろう。


『そしてあんた、まずは改名しなさい』


 テロリン、と電子音が鳴った。

 転送されたデータは宗弌のキャラクターのステータスだった。灰色のボロ布を纏った宗弌の操作キャラの頭上には、そのキャラクターの名前。

 バッファロー杉山と書いてある。


「駄目だ、これは妹が悩みに悩んでつけてくれた名前だからな」

『だからあんたそれ絶対からかわれてるだけだって』


 顔は見えないが、恐らく宗弌の話し相手は呆れたような顔をしているのだろう。


「というか、お前に言われる筋合いはない」

『なにが言いたいわけ?』

「普段お嬢様呼ばわりされてるお前が〝キラリン″て……引くわ、マジで」

『……弟が勝手に付けたのよ』

「言い訳する度に家族を増やす癖、そろそろ無くせ」


 仮に彼女の言い分が正しいとすれば、十人は優に超える大家族である。

 画面越しとは言え声同士の会話は、キーボードを介していた昔と違って感情の起伏がよくわかる。向こうが落ち着いたことを察した宗弌は、今度は自分が優位になる話題を持ち出した。


「そう言えば、中間テストはどうだった?」

『数学と社会が満点』

「他は?」

『……九十点台』

「はっ」

『死ね』


 鼻で笑う宗弌に、スピーカーから刺々しい一言が放たれた。

 全教科文句なしの満点である宗弌に死角はない。それでも、日頃からこうしてゲーム三昧な癖に二教科も満点を取る彼女の天才っぷりには、宗弌も舌を巻いていた。

 少なくとも、宗弌はテスト期間だけはゲームを自重している。


『――で、今日はどこに行く?』


 聞かれた内容に、宗弌は自身が操作するキャラクターの腕を組ませた。


「そうだな……そろそろ武器の強化をしたい」

『棍の素材ならゴブリンの上位種ね。ていうか、まだそんなマイナー武器を使うつもり?』

「別にいいだろ、個性出るし」

『そう言えばあんたこの前、現実でも棍を習ってたとか言ってたわね。あれって本当なの?』

「嗜み程度にだけどな。なんだったら今度見せてやろうか?」

『遠慮しとくわ。私忙しいし、第一どうやって接触すればいいのよ』

「表向けには俺らって接点皆無だもんな」

『あんたのせいでね』


 尖った一言が宗弌の耳に届く。

 それを否定することに意味がないと知っている宗弌は「はいはい」と適当に言った。大体、今更自分のせいではないと言われたところで、この三年間が消えるわけではない。

 そう、三年前。全ては三年前だ。宗弌はゆっくりと思い出す。

 あの忌々しい出会いさえ無ければ、今日ものんびり一夜を過ごしていただろうに……と。

 画面の向こうにいる彼女――美栗奈祐穂との出会いを。




 *** *** *** *** ***




 三年前。宗弌の妹である彩莉が消えた年。

 当時の宗弌は精神的に不安定で、放っておけば自殺しかねない雰囲気すら醸し出していた。

 学園の友人や教師、様々な人たちが彩莉の捜索に協力したが、一ヶ月、二ヶ月が経過しても手がかり一つ見つからない。捜索に関わった者たちは途方に暮れていた。

 次第に捜索は広く遠い範囲で行われるようになり、小学生である宗弌の手には負えない領域にまで達した。本職にお役目ごめんを言い渡された宗弌は、頷くしかなかった。

 その頃から宗弌を良く知っていた豪太と沙織は、どうにかして宗弌を元気づけようと試行錯誤していた。一人だと寂しいだろうから毎日家に遊びに行き、登下校も常に一緒にするようにした。宗弌は笑っていたが、二人はそれが空の笑みだと知っていた。

 そんなある日、豪太と沙織は巷で大流行しているらしいオンラインゲームを宗弌にプレゼントすることにした。すっかり宗弌の家に入り浸るようになった二人は、宗弌の娯楽に対する関心が恐ろしく少ないことを懸念していたのだ。


「宗弌って、あんまりゲームやんないよな。だったらこれあげるぜ!」

「上手になったら一緒にやろ! ね、約束! 私こう見えて凄く上手いんだから!」


 店で一番値の張るハードウェア機を買ってくれたことも、最近豪太が金を節約していたことも、沙織がゲームに興味を示したことがないのも、宗弌は全てお見通しだった。

 貰ったゲームはすぐにプレイした。ストーリーは勇者が魔王を倒すという王道ものだったが、宗弌にとって重要なのは豪太と沙織の気持ちに感謝することだ。

 二人の気持ちはきちんと届いている。そう証明するかのように、宗弌は日夜ゲームに勤しんだ。流行りのゲームなだけあって、その面白味はプレイすればするほど深みが増す。ゲームの経験が少なかった宗弌にとっては一層新鮮に感じ取れた。

 気が付けば宗弌も普段通りの状態に戻っており、豪太は笑顔で騒ぎ、沙織は半泣きになりながら宗弌の胸をポカポカと殴り続けた。

 ありがとう。もう大丈夫だから。

 そんな一言とともに、宗弌は完全復活した……かのように思われた。

 豪太と沙織は完全に忘れていたのだ。

 宗弌の競争心が、変人レベルであることを。

 オンラインゲームは、同じプレイヤーと競い合うことが最大の醍醐味だということを。


「……くそ、全然火力足りねぇ。もっと課金しねぇと」


 顔の見えない相手とのチャットが影響して悪化した言葉遣い。

 画面の向こう側でしか通用しない数値のためだけに注がれる金。

 豪太と沙織が後悔に頭を悩ませる中、当の本人はひたすらランキングの順位を上げることに専念する。これで勉学と両立するのだから、しかも優等生扱いなのだから、説教のしようがない。悩みに悩んだ結果、豪太と沙織は吹っ切れることにした。

 そして、宗弌が念願のランキング一桁入りを達成した時のこと。

 宗弌と同レベルの課金装備を施されたキャラクターが、画面越しに語りかけてきた。


『バッファローさん、こんばんは。ランキング一桁入りおめでとうございます!』


 相手のキャラクターはキラリンという名だった。ランキングで良く見る名前だったが、実際にチャットをするのは初めてだ。

 沙織に口調が悪化していることを咎められた宗弌は、当たり障りのない返答をする。

 声のない文字だけの会話だったが、二人は気が付けば意気投合していた。


『そう言えば、バッファローさんは今何歳なんですか?』

『今年で中学生になります。キラリンさんは?』


 雑談の成り行きで徐々に互いの日常について話すことになり、顔も声も知らない相手だと侮ってか、宗弌はふとした拍子にうっかりと口走ってしまう。


『あ、私も同じです! 奇遇ですね!』


 向こうも同じく口走ってしまい――これこそが、後に待つ宗弌の苦行の始まりだった。


『奇遇ですね。私立の中学なんですが、正直色々と不安です(笑)』

『私も私立ですよー! 高峰学園というとこなんですが、知ってます?』

『え?』

『え?』


 こうして、出会いを果たした二人。

 しかし、この時はまだお互いに偶然が重なった程度にしか考えていなかった。

 ここまで話してしまえば今更隠すことなんて何もない。二人は幾つか伏せ字にした本名を交換し合い、中等部入学式の日に張り出される名簿表にて本名を確認することを約束した。

 そして、入学式当日。宗弌が名簿表から探し出した彼女の本名は、美栗奈祐穂だった。

 早速彼女のいる教室に足を運ぼうと宗弌は考えたが、入学して早々は流石に拙いか、と思い留まった。普通、入学して暫くは、クラスメイトと親睦を深めようとするだろう。

 オンラインゲームのチャットで連絡を取り合おうと思ったが、丁度ハードウェアを修理に出していたため、特に進展があるわけもなくその日は終えた。ついでに中間試験に向けて、暫くの間、オンラインゲームは自重するように決めた。

 試験も終えた一ヶ月後、流石にもう大丈夫だろうと宗弌は彼女のいる教室へ向かった。

 美栗奈祐穂は、宗弌の予想を遥か上回る綺麗な容姿だった。

 大人びた風格に、枝毛一つない黒髪。深窓の令嬢さながらの気品を滲ませる彼女は当然、学園中の人気者だった。

 学園のアイドルに話しかけるなんて恐れ多い。それどころか、自分が彼女と会話したらその印象を壊してしまうかもしれない。彼女が大のゲーマーであることは心の内に仕舞っておこう、そう決意した宗弌は潔くその場から撤退した。だが、どうもこれがいけなかったらしい。

 後日、普段通りゲーム内で祐穂と共にボス攻略をしていた時である。


『なんで話しかけてこないのよ』

『教室には行った。でもお前って、今じゃ学園のアイドル扱いだろ。俺らに共通する話題なんてゲームしかないし、会話を聞かれたらイメージが下がるぞ?』


 宗弌は正直に返した。しかし彼女は不機嫌のままだった。

 そして、キラリンの口から本音が放たれた。


『あんたのせいでまた猫被らなきゃいけないじゃない! どうしてくれんのよ!』


 これには流石の宗弌もキーボードを叩く手を止めた。その口調は美栗奈祐穂のクール&ビューティーのイメージを大きく覆すような、荒れ狂った怒りの産物だったのだ。

 そこから語られるのは、聞くに堪えない彼女の苦労。

 どうやら祐穂は自身の立場を快く思っていないみたいだった。

 そのアイドル的ポジションは、今に始まったことではないらしい。遡れば初等部の低学年。その頃から彼女は一目置かれる立場だったのだ。本当は皆と自分の趣味……つまりゲームについて語り合いたいのだが、立場が邪魔して話せなかったとのこと。

 もう駄目だ、私の学生ライフは終わったんだ。

 彼女がそう思った矢先に現れたのが、宗弌である。

 学び舎を共にした、それでいて趣味が一致した同類。欲しくて欲しくてたまらなかった仲間と初めて巡り会えた彼女は、遂に誰にも気を遣わずにのびのびと学園生活ができる、と思っていた。お互いに連絡を取り合う約束もしたし、すっかり安心していた。

 ところが、祐穂は自分から同い年の異性に話しかけることに苦手意識を持っていた。宗弌が彼女の友人作りのために時間を置いていたその間、彼女は影で何度も話しかける機会を伺っていたのだという。早く、自分のキャラがまだ確立されていない今の内に……! と。

 だがしかし、結果は時間切れ。

 クラスの女子にその黒髪を褒められたことをきっかけに、祐穂はまたしても猫を被らなくてはならない立場に君臨してしまったのだ。

 女子特有の情報網は美栗奈の噂を瞬く間に広めていった。元々そういった立場にいた彼女が再び同じ振る舞いを強いられる立場に回帰するまで、そう時間が必要なわけでもなかった。


『責任取って貰うわよ! あんたこれから毎日私の愚痴に付き合いなさいっ!』

『ちょ、ちょっと待て。お前の事情なんて俺が知るわけないだろ』

『うるさい! あんたには私の愚痴を聞く義務がある!』

『いや、ねぇよ』


 この日から、宗弌の愚痴を聞く日々が始まった。

 やれクラスの男子の視線がいやらしいだの、やれクラスの女子が自分を持ち上げるだの。最早宗弌の関わるところではないことまで、彼女は吐き出しては満足していた。

 でもまあ、俺たちは中学生だ。もう少し大人になれば彼女も止めてくれるだろう。

 期待というか、現実逃避というか。

 ともかく、宗弌はそのような楽観的思考で彼女の愚痴を聞いていたのだが……。




 *** *** *** *** ***




「……で、今日は誰に告白されたんだ?」


 祐穂との出会いを思い出した宗弌は、遣る瀬無い気分で彼女に尋ねた。残念ながら微塵も感慨深くはない。かれこれ三年間、この関係は終わることなく続いていた。


『今日はされてないわよ』


 普段はされているのだ。


「じゃあ何が気に食わなかったんだ? どうせ何かあるんだろ」


 今日の昼休みを思い出す。祐穂がこちらに向けて、恐ろしい視線を注いでいたことだ。あの様子じゃ何かしら鬱憤が溜まっているのは間違い無い。

 美栗奈専用のストレス発散機と化した宗弌は、直感的に察知していた。


『あんた……私のこと何だと思ってんのよ』

「愚痴が大好きな猫かぶり優等生」


 余談だが、宗弌がゲーム専用のマイクとスピーカーを購入したのは祐穂の愚痴に付き合うためだったりする。課金にそれ以上の金を費やした当時の宗弌からしてみれば大した額ではなかったが、今では溜息しか出てこない。


『愚痴でも吐かないとやってられないわ。私だって好きで猫かぶってなんかないわよ』

「じゃあやめろよ。教室のど真ん中で「私はネトゲ廃人です」って叫んでみればいい」

『既にその程度実行済みよ』


 宗弌の頬がヒクつく。

 もしかしたら彼女は、自分が思っている以上に苦労しているのかもしれない。


『保健室に運ばれたわ』

「……」


 今度いいアイテムが手に入ったら譲ってやろう。宗弌はそう決めた。

 祐穂に注がれる印象は、最早払拭できない域にあるらしい。


『って、思いっきり話逸れたわね』

「これが本題じゃないのか」


 ここ最近はないが、昔はよく二人で祐穂の立場をどうにかしようと相談したものだ。宗弌はあれこれと案を出すものの、その内の殆どが実行済み。今みたいに半ばふざけた案すら実行している彼女には、宗弌も度々涙ぐましい思いにさせられる。

 ゲーム画面では、バッファロー杉山とキラリンが雑魚モンスター相手に無双していた。


『本題じゃないわよ。……なにせ、もう暫くすれば猫を被る必要もなくなるのだから』


 ん? と聞こえてきた言葉に宗弌は首を傾げる。

 小さい声量だったがちゃんと聞こえている。疑問に思ったのは、その意味だ。


『それじゃあ、本題なんだけど……』


 画面の向こうで、祐穂が緊張していることが伝わった。

 急に畏まった雰囲気を見せれば、スピーカーが拾える程に大きな深呼吸。それにつられて、宗弌も何故か緊張する。


『――あんた、異世界って信じる?』


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