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エピローグ

「やばい。これ、マジで洒落になんねぇ……」


 生い茂る草木を踏み締める足音は三つ。

 その内の一人――棍を背負いながら枝葉を掻き分ける宗弌が、引きつった顔で呟いた。


「今顔を合わせたら、俺……どうすればいいんだよ」


 特異点まで後もう少し。近づくにつれ、宗弌の足は重くなる。

 まさかすぐに地球に帰れるとは思ってもいなかった。本来ならば束の間の休息や、荷物の整理などに利用できる有意義な時間なのだが、今の宗弌にとっては違う。地球に逃げたフィリスを捕まえたあの後、宗弌は沙織を家まで送り届けたのだが……その時、色々とあったのだ。

 返事をしなくてはいけないとわかっているものの、その内容がまだ決まっていない。頑張れと言われた手前、こんな状況で沙織に会ってしまえばお互いに居た堪れなくなるだろう。


「大丈夫か宗弌。お前、死にそうな顔してるぞ」

「……閃いた。豪太、今すぐ俺と服を交換しろ」


 服を交換して、変装してみようと考える。顔を見られれば終わりだが、普段の二人の服装をよく知っている沙織ならば、遠目からだと誤魔化せるだろう。


「多分、一瞬で気づくと思うぞ」


 伊達に腐れ縁ではない。

 だよなー、と気の抜けるような返事をした宗弌は、前方で周囲を見渡しながら移動するレイチェルに声を掛ける。


「レイ先生。俺、やっぱり今回はこの世界に滞在したいんですが……」


 学園の試験は終了し、レイチェルも宗弌たちの指導役をいう役割を終えた。今はただの騎士である筈の彼女をそれでも先生と呼び続けるのは、他ならぬ彼女自身の願望だったりする。


「駄目だ。あれだけのことがあったんだ、暫くはあちらの世界で安全に過ごした方がいい」

「どちらも変わらないと思いますけど……」

「いずれにせよ、今は君たちの居場所がないんだ」


 アスティアを卒業した今の宗弌たちに、テスティアで生活する場所はない。寝泊まり施設はこの世界にもあるが、それでは再び自世界史上主義者たちに狙われる危険がある。

 あの日、ゴーレムと対峙した時の決意を、宗弌は忘れていない。

 この世界にはありとあらゆる場所に戦いが潜んでいる。それはやがて、自分たちの目の前に現れるだろう。今の宗弌はその戦いに対し、立ち向かうという選択肢を選ぶことができる。

 だからこそ、逃げるという選択肢も悪くないと考えるようになった。重要なのは、逃げるしか選択できないのではなく、逃げることも選択できるということだ。立ち向かうための覚悟を刻んだ今の宗弌ならば、目前の戦いに冷静な対応をすることができる。

 しかし、何かが違う。それは本当に、自分が求めた強さなのか……?

 逃げることが一種の選択肢として正しいのは既に理解している。だが、その選択肢を不満を漏らすことなく選ぶ自分を想像すると、どうしようもない違和感が生まれてきた。

 試しに、想像してみる。

 今この場で、もう一度フィリスが現れたとしよう。ゴーレムを使役していた以上、あの男はゴーレムよりも強いと予想できる。なら、ゴーレムすら倒せなかった宗弌では、きっと彼の足元にも及ばないだろう。どう考えても、敗北は間違いない。

 だが、どうしてもそこで逃げるという選択肢を取る自分の姿が想像できない。

 こんなにも無謀な性格をしていたか……宗弌は、自身の新たな一面を意外そうに認めた。


「――む、あれは!」


 前の方を歩くレイチェルが、唐突に飛び跳ねるような声を上げる。


「御嵩殿、雁内殿、こっちに来てみろ! ……面白いものが見れるぞ」


 教師に成りきった時と同じようなテンションで、レイチェルは二人を手招きした。それどころでない宗弌は、豪太に背中を押される形でレイチェルの元へと向かった。

 見ろ、とレイチェルの人差し指がある一点を指す。眼前には相変わらず一面緑の森があるだけだが、彼女の指はその遥か上を示していた。

 空を仰ぎ見ると――


「うわぁ……」


 目を点にして、子供のような反応をする宗弌。

 この森にしては珍しく、枝葉の天蓋が途切れた場所だ。その合間から見える空は、雲ひとつない突き抜けるような青空が広がっている。

 勿論それだけで十分美しい光景だ。だが、それ以上に……目を釘付けにするものがある。


「……ドラゴン」


 大空を滑るように飛行する、龍の群れ。

 遥か先で太陽に照らされる龍たちの落とす影が、宗弌の上を何度も横切った。


「すっげぇ……!」


 隣で豪太が同じような反応を示す。

 この光景は珍しいのか、レイチェルも顔をピクリとも動かさず空を凝視していた。

 小さい個体もあれば、大きな個体もいる。特に後者の持つ存在感は、天と地ほど離れていても大きいと感じる。思わず全身を震わせてしまうそれは、かつてない感動を呼び起こした。


「……戦ってみてぇなあ」


 その言葉が自分の口から無意識に放たれたものだと知った宗弌は、ハッとした。

 自分は今、何と言った……?

 一体、何を願った……?


「……あ」


 漸く、宗弌はそれに気づいた。

 熱を帯びた心臓の鼓動。宗弌はその原因に、やっと気づいた。

 切っ掛けは、レイチェルに初めて助けてもらったとき。あの時、宗弌は自分でもよくわからない不思議な感情が身体から溢れだすのを感じていた。それは死にかけたことに対する恐怖ではない。本当は、レイチェルの戦う姿に見惚れていたのだ。

 逃げる自分が想像できないことも、今なら理由が分かる。宗弌が本心から逃走することを望んでいないからだ。勝ちたいという強い思いの他に、もう一つ別の思いがあるのだ。


 ――戦いたい。


 たったそれだけの願望が、宗弌の奥底には隠れていた。負けず嫌いな宗弌の、競争心を剥き出しにした成れの果ての願望。それこそが、宗弌が望む全てだ。

 今までの「負けたくない」という感情ではない。

 今の宗弌は「勝ちたい」と純粋に思っている。


「はは……ははは、ははははは!」


 よもやこんな馬鹿げたものだったとは。宗弌は自身の掲げる願いに笑い転げた。

 長い間探し続けた、自分が本心から打ち込めるもの。それがまさか命の駆け引きである戦いとは、本人である宗弌もびっくりだ。異世界を知らない頃の宗弌なら、思いつきもしない。

 怪訝な視線を浴びせてくる二人に気がついたが、それでも宗弌は暫く笑い続けた。

 笑いすぎて涙を流した。



 ◆



 特異点でレイチェルと別れた後、宗弌と豪太はすぐに互いの家へ戻ることにした。豪太はともかく、宗弌は沙織に顔を合わせたくないため、とにかく大急ぎだ。

 懐かしの我が家へと帰ってきた宗弌は、小さく「ただいま」と言って玄関を開く。

 埃の被った靴箱を見て、どれだけ長い間この家を留守にしていたかを実感した。沙織も心配する筈だ、と今更ながらそんなことを思った。


「携帯電話、どこやったっけ?」


 二階の自室に上がり、邪魔だから持って行かなかった携帯電話の場所を探す。埃を被ることを予想して、どこかに仕舞い込んだ覚えはあるが……それが裏目となった。

 部屋を三周したところで、やっと思い出した。そう言えは、机の引き出しに入れたっけ。

 久々に触れた携帯電話に宗弌は変な感触を覚え、思わず苦笑する。


「この世界も、案外捨てたものじゃないかもな……」


 文明の利器というのも馬鹿にできない。テスティアにはテスティアの魅力があるが、地球には地球の魅力があるのだ。二つの世界を知った今、どちらも世界も魅力的に感じた。

 電源を入れて少し待つと、見慣れた待受け画面が現れる……と同時に、メールが届いた。


「……うわぁ」


 龍の群れを見た時と同じ言葉を漏らし、宗弌は携帯の画面を恐る恐る見た。延々とメールを受信し続けるそれは、いつまで経ってもバイブレーションを止める気配がない。

 だんだんと面倒くさくなって来た宗弌は、ポイと携帯をベッドの上に投げ捨てる。

 なんとなく机に頬杖を立てた宗弌は、ふと机の上に置いてあった一枚の紙に気づいた。


「進路、か」


 今となっては書く義務もない。

 それでも手に取ったのは、ほんの一昔前の自分と今の自分が違うことを証明するためだ。

 転がっていたボールペンを右手に持ち、第一希望の枠に一欠片の迷いもなく書き記す。


「これで……良しっ!」


 我ながら痛々しいな、と思いながらも、これ以外には無いと確信する。

 戦うことが好きならば、必然とこれが目的になる筈だ。

 第一希望――最強。

 その二文字を記し、宗弌は満足気にペンを置いた。


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