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人間万事塞翁が馬(5)

 瞼を開いた先には、見知らぬ天井があった。

 妙に怠い身体を起こす。そこは宗弌のよく知るアスティアの寝室だった。掛けられている白いシーツを捲り、のそのそとベッドから降りる。

 眠った記憶がないことに首を傾げたところ、後頭部に痛みが走った。


「……あー、そうだ。思い出した。俺、気を失ったんだ」


 その前後の記憶も徐々に蘇る。調子に乗って路地裏に足を踏み入れたことや、その後なんだかんだで助けることになった少女、そして恐らく今自分がこの部屋で寝ている原因であろう、シャバンと呼ばれていた老人の存在。


「また、死にかけたのか……」


 これで二度目だ。首筋に入れられた傷を足せば、三度目ということになる。

「目が覚めたみたいだな」

 開かれた扉から顔を覗かせるのはレイチェルだ。彼女はそのまま宗弌に近づき、


「――この大馬鹿者が!」


 ゴスン、と拳骨を落とす。後頭部の傷を知っているのか、レイチェルは宗弌の前頭部に拳を打ち付けた。両側から来る痛みに宗弌は頭を抑えて屈み込む。

「無断で外出した挙句、誘拐事件に巻き込まれて死にかけたそうだな」

 あれは誘拐事件だったのか。初めて聞いたが、言われて見れば納得する。痛みを堪えて頭上のレイチェルを一瞥すると、鬼のような怒気を孕んでいた。思わずサッと視線を下ろす。

 その代わりと言っては何だが、宗弌は今回の成果を伝えることにした。


「し、しかし、才能を手に入れることができました!」


 あの白黒の世界を思い出す。あれは間違いなく、宗弌の才能だ。思い出せば喜びが押し寄せる。技巧を手に入れた時とは別の感動。これで漸く、あの二人に追いつける……!


「……反省しているのか?」

「してます」

「なら述べてみろ」


 迫力の篭ったレイチェルの声に、宗弌は無意識に正座した。


「この度は勝手な独断行動を取ってしまい、誠に申し訳ありませんでした。加えて、好奇心に負けた結果、危険な事件に首を突っ込んでしまったことも謝罪します。例えその結果、才能を入手しようと……入手、しようと……ふふ、才能……はっ、ははは……!」

「三十分延長」


 駄目だ、どうしても笑いを堪えきれない。欲しくて欲しくてたまらなかった念願の力。それが今、自分の手中にあるのだ。込み上げる感情の嵐はこれまでの比ではない。

 レイチェルの言うとおり、宗弌は三十分正座を延長してみせる。だが、寝室に響くのは泣き言や許しを乞うような声ではなく、愉快に笑う声だけだった。


「……はぁ、もう良い。先に御嵩殿が手に入れた才能について教えてくれ」


 待ってましたと言わんばかりに顔を輝かせる宗弌。レイチェルはそんな宗弌の様子に、掌で額を抑えて悩ましげに溜め息を吐いた。


「憶測ですが、効果は多分加速です」


 宗弌は自分の考えを、実際に見た白黒の世界についての話などを含めてレイチェルに説明する。走馬灯の最中に身体を動かせたこと、銃弾が蝸牛のように遅かったこと。興奮していたこともあり、そんな主観での感想がつらつらと口から出た。


「銃弾が遅く……か。試しに発動してみてくれ」

「はい!」


 では、発動! と意気込んで瞼を閉じる。カチリ、と体内の歯車が音を鳴らした。才能の発動方法は黒兎や豪太から何となくで聞いている。効果を念じ、そして違和感に身を委ねる。

 波のように体内から膨れる不思議な感覚に身を委ねる宗弌。しかし――


「……ん?」


 手応えはあった。だから、次に自分が見る光景は白と黒の世界だろう。そう予想していたにも関わらず、宗弌の視界には……普段通り、レイチェルの紅の髪が映っていた。

 もう一度念じてみる。だが、結果は変わらない。手応えはあるが……。


「薄々は予想していたが、どうやら過剰反応オーバーリアクトのようだな」

「それって、豪太と同じ……」

「ああ。普段抱いていない渇望が突如膨れ上がり、それに反応して才能が覚醒する。覚醒時の効果は莫大な物だが、実際の能力はその下位互換である場合が多い。……御嵩殿のその加速という能力は、本来はその白黒の世界とやらとは程遠い力なのだろう」


 簡単に言えば、火事場の馬鹿力というやつだ。あの白黒の世界は本来有り得ない出力があったから現れたものであり、こうして正しい手順で発動すればその効果は何倍にも薄まる。

 残念感が半端ない。項垂れる宗弌に、レイチェルがフォローした。


「まあ、これで少なくとも傾向が分かったわけだ。雁内殿も過剰反応から間も無くして本来の才能を手に入れたし、御嵩殿もそう時間は掛からないだろう」


 宗弌が他の二人に劣等感を抱いていたのを知っているためか、レイチェルの説教はそこで中断された。宗弌の顔に反省の色は見れないが、深く言及するのはまた今度にする。

 と、いうのも……実はそれ以上に重大は話があるからだ。


「ところで、御嵩殿は自分がどのくらい寝ていたか自覚はあるか?」

「……いや、ありませんけど」


 言いにくそうに何やら逡巡しているレイチェルに、宗弌は嫌な予感がした。窓の外はまだ明るい……が、これは本当にそう表現するべきなのか。


「丸二日だ」

「……は?」

「厳密には一日と半日といったところか」


 窓際のカーテンを開ける。そこから差し込むのは陽光だが、宗弌の予想していた夕日ではなく、爽やかな朝日だった。どうりで肌寒い。


「ちょ、ちょっと待った。じゃあ、試験って……」


 戸惑う宗弌にレイチェルは同情したのか、目を伏せる。黙ったままの彼女に宗弌はゴクリと喉を鳴らした。カレンダーはないが、そのくらい計算できる。宗弌が気を失ったのは、アスティアでの生活が残り三日であった頃だ。それから二日寝ていたということは――


「試験は――明日だ」


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