異世界テスティア(7)
「では、乾杯!」
レイチェルの合図を皮切りに、その場の全員がグラスを持った手を前へ伸ばした。注がれた飲料は各種ばらばらで、成人組は表面に泡の張ったエールを。未成年組は果実百パーセントのジュースを口に含む。やはり何の果実か分からないが、美味しいので良しとした。
今日は宗弌たちテスターが記念すべき第一歩を踏み出した日である。本日を持ってテスターは本格的にテスティアを学び、適応し、そして逞しく生きていく。宗弌たちの指導役であるレイチェルの他、成人組と子供組の指導役たちも豪勢に酒を喉に流した。
「食事は好きに取ってくれて結構だ。それと、テスティアについての質問も受け付けているから、何か知りたいことがあればいつでも聞いてくれて構わないぞ」
レイチェルがそう言うや否や、テスターたちは一様に指導役の元へ向かった。もみくちゃにされるレイチェルはどこか幸せそうで、懇切丁寧に一つ一つの質問に答えている。
「なんつーか……地球もテスティアも、あまり変わらないよな」
数時間前の身体能力の測定で消費した体力がまだ回復していないのか、本来なら真っ先に騒ぎの中心に駆け込む筈の豪太が、壁に寄りかかりながらしみじみと言った。
「ここなんか、高峰学園の食堂そのまんまだしな。レイ先生曰く、狙ったものらしいけど」
レイチェル先生――略してレイ先生が言うには、アスティアが宗弌たちの知る学校と似たような構造であるのは、建築を担当した者が意図したものらしい。
右も左も知らないテスターたちを気遣ってのことだ。地球人ならばその大抵が一度は学校に通っているだろう。だからアスティアはその環境に限りなく近い構造を持ち、テスターたちに擬似的な日常を思い出させているのだ。
日常にあるのは落ち着きという名の安心感だ。世界が違うという事実に後々押しつぶされることなく、今もこうしてテスティアの非日常に憧れることができるのは、すぐ傍に作られた日常があるからかもしれない。
「宗弌は参加しないのか?」
自分のことを差し置いて、豪太が目先の人集りを指差す。問われた宗弌は顎に手を当てて、思考を巡らせながら口を開いた。
「……今、質問を考えている最中だ」
聞きたいことは沢山あるが、その殆どは今後の授業で補完されるだろう。手元にあるガイドブックや才能辞典、技巧辞典も役に立つし、アスティア内にある図書室を利用すれば更に知識を広めることができる。いっそ場の空気を読んで「彼氏いますかー!?」とでも聞いてみようかと逡巡したが、それは自分のキャラではない。
「なあ黒兎、お前って俺たちより二日前からここにいたんだろ?」
優雅にグラスを傾け、銀のフォークを弄ぶ黒兎に宗弌は声をかける。最初こそ距離を図っていたものの、この数時間で壁という壁は感じなくなった。測定や意志の確認で互いに思うところがあったのか、今ではすっかり普通に馴染めている。
最も、黒兎が重度の中二病患者であることは変わらないのだが。
「ああ。それがどうかしたか?」
「その二日間はどんなことを教わったんだ?」
「施設の用途や、簡単なこの世界の常識だな。測定や意志の確認とかは俺も今日初めて行ったし、あまり貴様らと変わらんぞ」
少し残念そうに言う黒兎に、宗弌は「そうか」と頷く。
すると今度は豪太が黒兎に質問した。
「ちなみに、その常識ってのは何なんだ?」
「地球とテスティアの違いだ。後は……才能についてか。あくまで質問形式だったから俺の知りたいことしか教わってないし、第一俺に聞くならあの御方に聞け」
黒兎はすっかりレイチェルに心酔していた。自分の夢を全面的に肯定されたのがよほど嬉しかったのだろう。
「あの御方って……まあいいや。お前、あれを見ても同じこと言えるか?」
未だもみくちゃになっているレイチェルを指差して豪太が言う。あれでは宗弌たちの入り込める余裕がない。黒兎はそれを見て、小さくため生きを吐いた。
「というわけで、暇だから何か教えてくれ」
雑な頼みごとに黒兎は片頬を釣り上げたが、渋々口を開く。
「才能の覚醒する確率について、貴様らは知っているか?」
いや、知らんと豪太が返す。宗弌も同意した。
才能についての知識はまだ不十分だ。ガイドブックや才能辞典を読めば詳しく知ることができるものの、全てを読む時間が無かったので、触りだけしか理解していない。
「技巧と違い、才能の会得は任意では適わないんだ」
「そーいや、見学の時にレイ先生がそんなこと言ってたな」
「そして、才能を所持できる確率は、百人に一人といったものらしい」
「はぁっ!?」
黒兎の言葉に驚きを隠せず、豪太は素っ頓狂な声を上げた。
才能の所持が任意では難しいことを知ってはいたが、その確率がまさかこれ程少ないとは思ってもいなかったのだ。これでは望み薄もいいところ。テスティアの神秘に惚れ込んでいる豪太にとっては、夢の半分が潰えたものだ。
「ふ……慌てるな。話はここからだ」
焦る豪太から視線を外し、前髪を掻き上げる豪太。大して喋ってもいないのにグラスに口を付けて喉を潤し、得意げな表情で続きを話そうとした……が、その時。
「――テスターに関しては、それは例外なんだぁ!」
「へあっ!?」
今度は黒兎が素っ頓狂な声を上げる。角度的に宗弌と豪太は近づいてくるそれに気づいていたが、それにしても黒兎程ではないが多少は驚いていた。
「レイ先生、もしかして酔ってます?」
「そんなわけないだろう。私が酒に呑まれるなぞ……そんなわけにゃいだろう!」
いきなり声を掛けてきたレイチェルだが、その頬は不自然なまでに紅潮していた。念の為に確認を取った宗弌だが、やはり酔っているらしい。
「続きを話すぞ! いいかよく聞け。この世界には沢山の神様が居られましてだな! 才能はその神様から授かると言われてるのだが……その基準は、ズバリその者の素質だったりする!」
レイチェルの酔った勢いも相まって、神様なんて荒唐無稽だと笑いそうになるが、それはこの世界においては安直な考えだと思い留まる。
テスティアには、本当に神様が実在するのかもしれない。
どことなく違和感を覚える口調で、レイチェルは続けざまに語った。
「ところが、その素質を神様に測られる時期が重要なんだ! 本来ならば生まれたと同時に神様が素質を見るのだが、テスターは違う。君たちが生まれたのはテスティアじゃなくてアースだから、神様が測れないんだ!」
それまでの分かり易い説明とは違い、少し伝わりにくい。
つまり、テスティアの神様はアースには干渉できないということだ。これが何を意味するかは分からないが、テスターはテスティアの住民と違って、生まれた直後に素質を測られるわけではないらしい。ニュアンスだけで脳内に組み上がるイメージに補強工事を度々行いながら、宗弌はレイチェルの言葉に頷いた。
「なら、君たちが神様に素質を測られるのは何時だと思う? ――答えは、ついこの間だ!」
あ、と宗弌が声を漏らす。豪太は今一理解していないようだったが、レイチェルの今の言葉はパズルの最後の一ピース。組み立てられた予測が、一気に確信へと変わっていく。
素質を測られ、認められた場合にのみ与えられる才能という天恵。だが、その素質とやらは具体的に何なのか。言うなれば、それは人より秀でた部分である。
才能が才能と言われる由縁は、努力次第ではどうすることもできないから……つまり、努力が出来ない生まれた直後に選定されるからだ。しかし、宗弌たちテスターは違う。この世界の神様がアースの住民に干渉できるとしたら、それは彼らがこの世界に足を踏み入れた時だ。宗弌や豪太の年齢はどちらも十五。テスティアの住民と違い、宗弌たちは十五年のアドバンテージを持った上で神様に選定されるのだ。
「要するに、神様に測られるまでの猶予がある君たちは才能に関しては非常に有利だ! それは年を取るごとに比例し、才能の所持確率はぐんと跳ね上がることになる!」
おお、と豪太の口から声が漏れる。今ので漸く意味を理解したらしい。レイチェルの大きな声に耳を傾けていた老人が、こっそりと「そろそろ儂の時代かのぅ」と呟いた。
今のところ、あの老人が最大の好敵手になりそうだ。
「あ、ところでレイ先生。質問があるんですが」
おずおずと挙手をする宗弌に、レイチェルが首をぐりんと回して振り返る。
「よし来た。何でも聞いてくれ」
「学園の試験って主に何をするんですか?」
以前、進路を決める際に聞いた説明じゃ不十分だ。座学の免除は嬉しいが、その分実技のみで合否が決まるというのは、それはそれで緊張する。
「例年通りだと、地下迷宮の探索だな。最下層の証を入手することが合格条件だ」
「迷宮ってーと……ダンジョン? 罠とか敵が潜んでて、たまに武器とか落ちてるあれ?」
「その通り。雁内殿は博識だな、その知識もやはりアースの創作物でか?」
「あ、そうです。宗弌の家にあるテレビゲームの一つなんですけど……」
やはり敵の存在は確実であるようだ。楽しげに趣味を語らう豪太と、ふむふむと真剣に知識を取り入れようとするレイチェル。そんな二人の会話を聞きながら、隣の黒兎に声を掛ける。
「お前は知ってたのか?」
「まあな。付け加えるなら、俺たちはそこの門番を倒さねばならないらしい」
「門番……ねぇ。在り来たりっちゃあ在り来たりだが……」
宝の前に門番は定番だ。クライマックスを飾るボスのような存在だろう。
ということは、最低限そのボスを倒す力が必要だということだ。ボスといってもその種類は様々思い浮かぶが、今がゲームの序盤だとすれば、第一のボスは基本に則れば何とか倒せるような敵だろう。無駄に図体が大きかったりとかはあるかもしれないが。
酒乱と化したレイチェルが落ち着きを取り戻すのは、食事が終わった後だった。




