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異世界テスティア(6)

 身体能力の測定方法は多種多様に存在する。使われる筋肉の違いだけで測定方法を変えなくてはならないし、瞬発力と持久力もまた全く別の方法が必要となる。それらを半日以内で終えることは難しく、従って今回測定されたのは身体能力の中でも特に代表的な三つだけだ。

 まず、持久力。こちらは長距離のランニングを命じられた。持ってきた運動着に着替えた宗弌、豪太、黒兎の三人は施設の敷地内にあるグラウンドを何周も走り続ける。途中で宗弌と豪太がヒートアップし、最後には互いにブッ倒れてしまう始末だったが、レイチェル的には想像以上の結果であるらしく、満足げに頷いていた。

 ちなみに黒兎は最初の一周で視界からドロップアウトした。

 次に三人は筋力の計測を行った。握力、腹筋、背筋の他、ハンドボール投げや、サッカーの容量でボールを遠くまで蹴飛ばして脚力を測定した。こちらは宗弌よりも豪太に分があったようで、二人の中でも明確な順位がついた。

 ちなみに黒兎は各所筋肉が攣ったため、途中棄権。

 最後に、瞬発力を計測した。長座体前屈で柔軟性を測った後、反復横跳びや幅跳びを行う。幅跳びの段階では宗弌と豪太の両者に差はつかなかったが、反復横跳びで宗弌が豪太よりも二回上の記録を叩き出したことにより雌雄が決した。

 ちなみに黒兎は最初の長座体前屈で宗弌に背中を押されて気絶した。

 流石のレイチェルもこれには予想外だったそうで、彼女は宗弌を軽く叱った後、何とも言えない表情で黒兎を木陰へ運んでいった。


「……その、すまん」


 そして、現在。

 宗弌は腰を丸め、死んだ魚のような瞳をした黒兎に謝罪していた。時折そのもやしのような白い細腕が膝裏を摩るところを見ると、何とも痛ましい気分になる。確かに宗弌は負けず嫌いだが、決してドSではないのだ。背中を押したのも応援のつもりである。


「いいんだ。なに、分かっていたことさ。所詮俺は夢ばかり見てる痛々しい中二病さ。異世界に来てチート能力手に入れて俺TUEEEEEとか空想でしかないんだ。……死にたい」


 根暗の本性が露わになる瞬間を目撃し、こちらまで鬱屈になりそうになる。今までありとあらゆる好敵手を打ち破ってきたが、こうも後味が悪いのは初めてだ。

 意気消沈とした黒兎に何か言うも、それは勝者が敗者に同情するようなもの。精神的に追い詰められていく黒兎を救ったのは、レイチェルの指示だった。


「さて、それでは最後に三人の意志を問わせてもらう」


 これまでと違った抽象的な内容に首を傾げる三人。宗弌と黒兎のやり取りを傍目から見ていた豪太は、今こそが流れを変える好機と見計らい、いち早く反応を示した。


「意志?」

「この世界で何を目指し、何を志すかだ。漠然としたものでいいし、実際に存在しなくとも構わない。今後の方針を決めるためにも、私は君たちがこの世界の何に惹かれたのかを知っておきたい。ある意味で一番今後に響く調査だ。真剣にな」


 噛み砕いて言えば、何故この世界を選んだのかと聞いているのだ。馴染み深い地球での生活を捨てた理由、それを彼女は知りたいと言う。

 けじめをつけるために、宗弌は気を引き締める……が、レイチェルが本当に嬉しそうだ。あまりにもわかり易いので、見ているこちらも浮ついた気分になってくる。教師らしい厳格な振る舞いを目指しているのだろうが、生憎とその可愛らしい表情だけは隠しきれていなかった。

 人に物を教えることは下手ではなさそうだ。本格的に教えられるのはこれからなので大きな評価はできないが、段取りなどの手際良さは文句なしの百点満点。体力の無い者にとっては若干厳しいところもあるようだが、宗弌はこのくらいが丁度良い。

 最初に指名されたのは、豪太だった。


「俺は……その、この世界の神秘に興味を持ちました。見学の際に見たハングスさんの動きが今も忘れられません。なんというか、こう……アースにはない魅力を感じたからです」

「ふむ。具体的にはどういった神秘に興味を持っているんだ?」

「攻撃的というか、派手なやつです」


 かなり漠然としているが、レイチェルは十分だと言うように首を縦に振る。何か参考になったのだろうか、その色白い顔の先端にある顎に手を当てた。


「神秘に興味を持つとなると、研究職か。或いは実際にそれを身近に感じる騎士などが向いているかもな。私が言うのも何だが、騎士に憧れる者は多いぞ」


 それはそうだろう。宗弌もまた、ハングスが泥棒を退治した際の光景を思い出す。蝶のように舞い、蜂のように刺す攻防はまさに優美そのものだった。魅せられる者は多い筈だ。

 豪太は少し照れくさそうにしながらも、どこかスッキリした顔をしていた。

 口に出したことで、自らの目指すべきものが明確になったのかもしれない。気の抜けたというより、肩の力が抜けたといった具合に息を吐く。


「宮月殿は?」


 指名された途端、黒兎はその丸まっていた背中をピンと正す。着席する豪太とすれ違いに立ち上がり、キザったらしく笑みを浮かべてレイチェルを見据えた。その真摯な瞳にレイチェルもまた息を呑む。だが、何故だろう。嫌な予感しかしない。


「ふ……愚問だな。俺はただ、運命に従ったまで……!」


 ここで来たか中二病。空気読めよ中二病。

 言った本人でなくとも恥ずかしくなるその台詞に、レイチェルは案の定、訳が分からないといった顔をしていた。それを口に出さないのは教師としての意地だろう。必死に理解しようと務めているが、一向に解決しそうにない。教室に気まずい空気が漂う。

 やってられなくなった豪太が、助言代わりに黒兎を指摘した。


「おーい。膝が笑ってるぞー」

「……武者震いだ」


 誰と戦うつもりだと問いただしたい。

 大方、先程の身体能力の測定で溜まった疲労がまだ癒えていないだけだろう。


「つまり、どういうことだ?」


 遂にレイチェルが白旗を上げる。その表情は少し落ち込んでおり、生徒を理解できなかった自分を戒めているようだ。それを見た黒兎は今になって罪悪感を覚えたのか、


「あ、いや、その……だな。つまり、俺がこの場にいるのは、運命だと、感じてだな……」


 ドモり始める黒兎に、レイチェルはますます眉を潜める。


「素直に言えよ。どうせ妄想が現実になると思ったクチだろ?」

「なっ――!? そ、そんなわけあるかっ!」

「大体運命って何だよ。そこんとこ詳しく頼むわ」

「ぐぬぅ……!」


 返す言葉がないのか、黒兎は恨めしそうに豪太を睨む……が、豪太は柳に風といった態度で特に気圧された素振りは見せない。

 宗弌も宗弌で「コイツ面白いな」程度にしか考えていなかった。


「――ああそうさ! 俺がこの世界に来たのは、剣と魔法の世界に憧れてたからだ! 漫画やアニメの主人公みたいに、俺も悪魔を一撃で滅ぼしたり、お姫様と結婚したりしてみたいんだ!」


 やがて、やけになった黒兎が怒りに感情を委ねて全てをブチまける。その声は彼の臆病な性格ゆえに震えていたが、なりふり構わず吐き出す言葉には迫力を感じさせた。

 意外に大きな声量に豪太も宗弌も、レイチェルも驚いている。

 目を丸くしている三人を前に、黒兎は音が聞こえてくる程に拳を握り締めた。


「俺だって……これが妄想だって分かってるんだ。でも、いいだろ? もし本当にそれが叶うのだとしたら……それを夢見て、何が悪いんだよ……馬鹿にするなよッ!」


 心の奥底からの言葉に、豪太は居心地が悪そうに頭を掻いた。少々弄りすぎたのかもしれない。そう思い、謝罪を述べようとしたその時。


「悪くない! 宮月殿、君のその考えは実に素晴らしいものだ!」


 レイチェルが満面の笑みを浮かべて黒兎に言う。


「憧れで結構だ。妄想で結構だ。要は憧れを憧れのままで終わらせるか……それとも、自分の手で憧れを現実に引き寄せるかが問題なんだ。だが、君には後者の意志がある。ならば指導者である私はそれを全力でサポートしよう。勇者、魔王、お姫様。荒唐無稽も良い所だが……人は高みを目覚めば目指すほど、大成するものだ!」


 事実、私がそうだったとレイチェルは後に言う。

 才能や努力、周りの環境で実力が左右されるのは仕方ない。その上で結果を揺るがす要因があるとするならば、それはきっと人の意志だ。目指すもの、憧れているもの。ただ一つの妥協も許さない、自分が自分を顧みずに決めたゴール。その存在は人を大きくする。


「単純に考えてくれ。一端の兵を目指す者と、伝説の勇者を目指す者がいるとする。仮に二人の才能と環境が全く同じだとすれば……どちらが、強くなると思う?」

「……」


 わかり易い例えだ。すんなりと頭に入る。だからこそ、何も言えない。

 異世界に来てからはこの連続だ。根底に根付いている常識というものが片っ端から否定されていく。今の今まで馬鹿にしてきた事実が、この世界では最も重要なのだと言い聞かされる。

 馬鹿にしていた豪太も、内心では馬鹿だと気づいていた黒兎も、そんな感覚の渦中にいた。


「宮月殿。君は何か勘違いしているようだが……その志は、とても格好良いぞ」


 諭すような、慈愛に満ちた優しさ溢れる言葉に黒兎の表情が激変する。レイチェルを刺す後光が見えたのか、黒兎は信じられないものを見たかのように唖然とし、


「……天使だ」


 ただ一言、ポツリと呟いた黒兎は膝から崩れ落ち、ドサリと椅子に腰掛けた。完全に脱力しきった身体を動かすことなく、ただ茫然と口を開けている。

 その傍ら――宗弌は、レイチェルの言葉が胸に刺さり、静かに顔を歪めていた。

 目指す物が大きければ大きい程、人は大成すると言う。

 なら、何も目指していない自分は一体、どれだけ惨めに成り果てるというのか。


「それで、御嵩殿はどうだ?」


 区切りが良くなったところで、レイチェルが宗弌に視線を向ける。

 未だ放心状態である黒兎を傍目に、宗弌は椅子を引いて立ち上がった。

 だが、口が動かない。


「俺は――」


 俺は、何を目指しているというのか。

 そもそも異世界に来たのは、その目指すものを見つけるためだ。今まで自主的に何かをしたことがない自分が嫌で、何か興味を見出す物ものあればと半ば希望に縋り付くように地球での暮らしを捨てた。それは……逃げではないだろうか。

 切っ掛けとは元来些細なものだ。それは左右に座る二人の学友を見れば分かる。短い期間だと感じるのは間違いで、目指すものを見つける時間は既に十分満たされている筈なのだ。

 長年の腐れ縁だ。豪太の顔を見れば、何かしら目標ができたのだろうと察せれる。黒兎に至っては、この世界に来る前から憧れを抱いていた。何かに憧れたことのない宗弌にとって、憧れも夢も同じだ。二人とも、自分の遥か先にいる。

 長い間、沈黙が場を支配した。


「……何も、ないです」


 誤魔化すことはできる。

 机の上にほったらかしにしている進路希望調査票……あれと同じだ。適当に公務員と書けば誰にもバレないし、バレたってそう言及されることもない。学校側も体裁さえ整っていればそこまで焦りはしないから、そこから先は個人の親切心の問題になる。

 しかし、今はそれに当てはまらない。体裁なんて意味を成さない。

 目指す何かを求めてこの世界に来たのだ。なら、それが見つからなかったらどうなる。また流され感化され続ける日々を繰り返すことになる。それ以外の道が完全に断たれてしまう。

 ここで何も見つけられなければ――終わりだ。


「俺は、何かを志したくてこの世界に来ました。生まれてこの方、俺は自分から本気になったことが一度もありません。子供じみた負けず嫌いが先走っているだけで、本当は全部、楽しいと思ったことがありません。いつも勝つことじゃなく、負けないことに固執してきました」


 勝つことではなく、負けないこと。受身になったその意味の真意は、貪欲に勝利を掴み取ろうとする意志の欠如を示している。


「君は雁内殿と同じように、テスティアの神秘に惚れ込んでいたように見えたが……?」

「ただ、期待してるだけです。それが俺に、今までに無い刺激を与えてくれることを」


 黒兎のキザっぷりが移ったのか、客観的に今の自分を捉えると少し恥ずかしい。同時に徐々に卑屈になっていく自分に気がつき、無意識の内に顔を下げて俯いていた。こうも他人に弱みを見せるのは初めてだ。咄嗟に顔を上げる。

 そして、卑屈になった自分に言い聞かせるように、言葉を発した。


「でも……何か、見つかりそうなんです」

「ほぅ」


 興味深いとレイチェルは息を漏らす。

 それは本当に唐突で、時期も自覚も曖昧なものなのだが……宗弌の中では、今まさに何かが掴めそうな手応えがある。こんなこと初めてだから、言葉にすることすらままならない。だが確かに、薄らとだが掴みかけている。

 切っ掛けは……恐らく、化物に襲われたあの時。


「あの時のレイチェルさんを見て、俺の心臓は今までに無いくらい高鳴りました。自分でも良く分かりませんが……爽快というか、感動というか。雄叫びを上げて暴れ回りたい衝動に駆られました。多分、俺が望んでいるのは、そういったものです」


 駄目だ、どうしても上手く伝えられない。

 言っている自分でも良く分からないのだから、伝わらなくて当然だ。今になって思ったことをそのまま話したことに後悔した。戸惑っているであろう周囲に顔を向ける。するとどういうわけか、豪太と黒兎は戸惑いというよりも若干引いており――レイチェルは何故か、両頬を紅潮させながら、うんうんと呻いていた。


「……その、私としてもそう言われると嬉しいが……い、いや、しかし。今の私は教師、そして君は生徒だ。立場上の問題が……だ、だが、立場を理由にするのはどうなんだ? それは本当に私自身の気持ちなのか? そうでなければ、相手の好意を侮辱することになるのではないか? ……む、難しい。いつか巡り合うとは思っていたが……これが噂に聞く、教師と生徒の、禁断の、あ、ああ、愛、というやつか。……な、中々、強敵だ……!」


 激しく動揺するレイチェルが、ちらりちらりと宗弌の顔を見ては俯いてブツブツと呪文のように口篭る。右隣に座る豪太の「やるなぁ」といった尊敬の眼差しを浴びながら、宗弌は時折聞こえてくる良からぬキーワードに冷や汗を垂らした。


「違います」

「あ、憧れてたとは言え……いざ前にすると恐ろしい。私は一体どうすれば――え?」

「違います。誤解です」

「ちが……え? あ、いや、その……誤解って……え?」


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