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異世界テスティア(5)

 異世界人専用教育施設、アスティア。

 二つの世界の名を半々にして混ぜたその名は、まさに両世界の中間位置に存在することを示していた。ここは来訪者であるテスターたちが現世界の一般常識を学ぶ場だ。教師、生徒ともに不定ではあるが、利用価値は高く、周辺の環境も中々備わっている。


「まるで学校そのものだな」


 レイチェルによるアスティアの案内が始まって、早数分が経過した。下足箱から入り、中庭を横切る。前方で真紅の髪を垂らしている女騎士にそのまま着いて行くと、やがて小ぢんまりとした教室に到着した。見慣れた深緑の黒板に、木造りの机と椅子。その光景は宗弌たちの良く知る、地球の学校そのものだ。


「五歳から十歳までの者は一番左の教室へ。十一歳から十七歳までの者は中央、その他は右側の教室で待機しておいてくれ。暫くすれば担当の教師がそちらに向かう手筈だ。五歳以下の者は一時的に私が預かるが……いないみたいだな。では、各自解散」


 レイチェルが指示を放つと、テスターと護衛であるレイチェルの部下二人が動いた。大々的に公言されてはいないものの、注意深く観察すれば護衛が以前と比べて多くなっている。警戒網も厳重に張られており、立ち振る舞いや装いが戦闘時のそれだった。


「んじゃ、ここで一先ずお別れだな」


 一つ目と二つ目の教室の中間で、豪太が視線を下に寄越してそう言った。目線の先には、自分よりもひと回りもふた回りも小さな背丈をした少年少女。


「雁内兄ちゃんも御嵩兄ちゃんも元気でな」

「……じゃ」


 飯島亮と飯島雪が、実にすげない別れを済ます。とは言っても一時的なものだ。

 今日から試験当日まで、この施設の世話になる。その間、片道七時間弱という長い道のりを通らないのはありがたい。幸い、今までは二連休の前日に異世界に訪れるといった日程ばかりであったが、生活習慣の乱れは避けられるものではなかった。

 十代前半、もしくは一桁代後半の年齢である者はその全てが学生枠テスターであることを事前に知っている。そして同世代が二人だけ……宗弌と豪太だけであることも確認済みだ。右隣と左隣の教室に次々と入っていくテスターたちに対し、中央の教室に入るのは二人だけ。そう考えるとどことなく寂寥感が湧いてくる。

 ところが、いざ教室に入ってみれば予想外の光景があった。


「……誰だあいつ?」

「知らん。少なくとも、見たことないな」


 小声で訪ねてくる豪太に、自分もまた答えを知らないと言う。

 教室の入った宗弌と豪太が前にしたのは、二人と同年代くらいであろう一人の少年の姿だった。日本人らしい黒髪黒目に、銀縁で洒落た感じの眼鏡。背丈は宗弌と同じくらい……つまりは平均的で、顔はどちらかと言えば整っている部類だ。

 先着がいることに驚くが、それとは別に気になることがあった。

 明らかにこちらに気づいているだろうに無視して窓の外を眺める態度。時折「はぁ」と悩ましげな溜息を吐き、机に頬杖を立てながら目を細めるその姿。

 そして、何よりも視線を引き寄せるのは、彼の服装だった。


「何だあれ。改造制服……?」


 宗弌と豪太の服装は私服だ。動きやすさ、もしくは生地の丈夫さを考慮したファッション性の少ない衣服なのだが、別に二人は彼が制服姿であることに気を留めているわけではない。服装は個人の自由だし、それに学生服は意外と機能性が高いのだ。

 だが、流石にあれはおかしいだろうと訝しむ。

 座っている椅子の足スレスレまで伸びる丈の長さは、さながら外套のように見える。所々から伸びる銀色のチェーンは歩いている内に足を引っ掛けてしまいそうだ。よーく目を凝らしてみれば、縁の部分が赤く塗られていたり……と、おかしな点満載の制服である。

 まずは声を掛けてみるか。そう考えた宗弌は豪太と一瞬の目配せを済まし、そろりと改造制服の彼に歩み寄った。こちらを見向きともしない姿に「本当に気づいてないのか?」と考えた宗弌は、わざとらしく椅子に足を引っ掛ける。ガタン、と大きな音が鳴ったと同時に、彼の肩がビクリと跳ねた。しかしこちらを向かない。良く分からないが、意地になっているらしい。


「あー……どうも、俺は御嵩宗弌。これから暫くこの教室で世話になるんだが、もしよければそっちの名前も教えてくれないか?」


 恐る恐ると言うよりも、面倒臭そうな口調で声を掛ける。おい、こっちは話しかけているんだ。いい加減にこっちを向けよ、と内心で悪態を吐いた。


「……宮月黒兎みやつきこくと


 うわ、美栗奈の野郎が喜びそうな名前だ。そんなことを考えながらも、自慢のポーカーフェイスで顔には出さない。こちらを向くつもりは毛頭無いらしく、それを良いことに宗弌は音を漏らすことなく大きな溜息をついた。


「そうか。ちなみに、向こうにいるのが雁内豪太だ。俺たちのことは適当に呼んでくれ」

「……ああ」

「そっちはどう呼べばいい? 呼びやすいし、黒兎でいいか?」

「……好きに呼んでくれ」


 言葉のキャッチボールができているか微妙なところだ。互いに衝突しているわけでもないからドッヂボールでもない。一方的なこの会話は、例えるなら壁打ちが相応しい。

 何もいきなりあれこれ話しかけるのも鬱陶しいだけだろう。一時撤退し、改造制服の男から少し離れた席に座る。宗弌は元々あまり人間関係に関心を持たない性分であるため、最低限互いの名を知っていればそれで良いと考えている節があった。


「んで、どうだった?」


 ひそひそと耳打ちしてくる豪太に対し、宗弌は一先ず無問題だと伝える。それを見た豪太は胸を撫で下ろし、安心したように背もたれに体重を傾けた。改造制服の彼は見た目こそ奇抜な格好をしているが、最低限の会話くらいはしてくれる。

 参考に……と、自分の目から見たあの男の特徴を伝えることにした。


「まあ、よく見る中二病だな」

「……だな」


 中二病だから悪いというわけではない。男として、寧ろ同調できる部分もある。しかし接しにくいのもまた事実だ。それ以前に、どうして改造制服の男が自分たちよりも早くこの場にいるのかが分からない。招待状を受諾した面子は前回の宿屋で顔を合わせている筈だが、生憎と彼に関しては一切記憶に無かった。仮に会っているとしたら忘れる筈がない。これだけ特徴的な外見をしているのだから、絶対に覚えている。

 重たいというか、気まずい雰囲気が教室に蔓延る。

 そんな中、教室の扉がガラリと開いた。


「よし、全員揃っているな」


 つくづく彼女とは縁があるようだった。腰まで垂れた赤髪に、凛とした瞳。真っ直ぐに伸ばされた背筋からは女性らしからぬ迫力を感じさせる。


「全員顔見知りだと思うが、仕切り直しとしてもう一度自己紹介をさせてもらおう。私はレイチェル・カーミナー。正式にはリレリア・アッシュ・レイチェル・カーミナー・イフリィスと言う。この国では近衛騎士隊所属麗炎騎士団第一部隊隊長兼団長を務めさせてもらっているが、今回は君たちの教師としての任を仰せつかった身だ。この三ヶ月は互いに生徒、教師として関係を築きたいと思っている」


 わけのわからない言葉の羅列を聞いて混乱するも、要所だけは何とか頭に入れる。いわゆるミドルネームだとか、騎士団だとかはあまり詳しくない。

 それにしても、レイチェルは本当に教師に憧れているらしい。言葉遣いこそ貫禄を表す自信に溢れたものだが、顔つきだけは何だか緩い。特に〝教師″だとか〝生徒″だとか言う度にその凛とした顔がにへら、と綻びを見せる。何だったら三ヶ月後も教師として扱ってくれて構わない、とでも言いたげだ。先生カリスマブレイクしてますよ。

 そんな生徒の心情に気づくことなく、レイチェルは満足げに頷いた。そのまま今度は生徒たちに自己紹介をするように促す。


「御嵩宗弌です。年は十五歳。学生枠テスターとしてテスティアに招待されました。第一志望はヘイリア王立学園です。これから七日間、よろしくお願いします」


 宗弌に続き、豪太も椅子から立ち上がって声を出す。


「雁内豪太、十五歳です。自由枠テスターとして招待されましたが、学生として過ごすことに決めました。志望は宗弌と同じです。よろしくお願いします」


 そして最後に、改造制服の男が泰然として立ち上がる。自己紹介なんて下らない、とでも言いたげな瞳でレイチェルを見ながら、口を開いた。


「宮月黒兎、学生枠だ。志望はソイツらと同じだが……別に群れ合うつもりはない」


 こっちも無理に群れ合おうとは思ってないが、堂々とそう言われると何と返せばいいのか分からない。黒兎が協調性皆無であることは理解したが、果たしてこんな状態で七日間も過ごせるのだろうか。と、そこでレイチェルが黒兎について補足する。


「彼は御嵩殿たちとはまた別の特異点からこの世界に訪れた者だ。本来ならば特異点が異なろうが同時期にアスティアで講義を行うのだが……なにせ、宮月殿は招待初日にテスターの件を受諾してな。今日で三日目だったか?」

「……ああ」


 どうやら宗弌と豪太と違い、黒兎は二日前からアスティアで世話になっていたらしい。それにしても初日に受諾とはどういうことだ、と疑問に思ったところ、それを見透かしたようにレイチェルが説明した。驚くことに、黒兎は案内人が来る前に招待状を受諾――つまり引き裂いたようだ。もっと言えば、軒先の郵便受けから玄関までの道のりで引き裂いたらしい。

 決断力が高いとか、即決力があるとか、そういうレベルじゃない。

 十中八九、何も考えていないだけだ。


「さて。自己紹介も終わったことだし、まずはこの三ヶ月の予定を伝えておこう」


 レイチェルの口から三ヶ月間の予定が説明される。その際の彼女と言えば、それはそれは楽しそうな表情で、時折ジェスチャーを混ぜたりもしていた。普段とのギャップが激しかったせいか、宗弌はこの時初めてレイチェルが意外にも童顔であることに気づく。

 思えば、レイチェルの年齢は幾つなのだろう、といった疑問が浮上した。今までの振る舞いは冷静沈着で大人のそれだったが、身長や声の調子では同世代か、少し上くらいに思える。


「そこ、集中するように!」


 一喝によって吹き飛んだ疑問は復活することなく、胸中の底に沈んでいった。

 中断してしまった説明をレイチェルが再開する。


「あくまで統計から導き出された結果だが、テスティアはアースの創作物に類似していることが多い。確か……ファンタジーという類だったか。私も試しに手に取ったことがあるが、これが面白い程にそっくりでな。それらで知識を培った者はすぐにこの世界の環境に適応する可能性がある。そこで、まずは君たちの知識量を見極めたい」


 今から簡単な問題形式で、三人に様々な問を投げかける、とレイチェルは言う。ファンタジー系の創作物なら宗弌は大の得意分野だ。豪太もしょっちゅう家に来てはそれらを堪能しているため、一般人よりかは持っているだろう。

 隣の黒兎を見る。すると彼はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 そうだ。中二病はこういった分野にめっぽう強い。それは祐穂で経験済みだ。

 ――負けられない。

 久々に宗弌の、負けず嫌いの精神が燃え上がった。


「では第一問! 蜥蜴に一対の双翼を加えたような、空の王者とも言える魔物の名は?」

「「「ドラゴン」」」

「正解」


 これは大丈夫、第一問なだけあって簡単な問題だ。

 即答した生徒たちに、これはもっと行けると考えたのか、レイチェルは矢継ぎ早に二問目を繰り出した。心なしか、生徒よりも彼女の方が楽しそうに見える。


「第二問! 定まった仕事場を持たず、素材の採取や仲介組織から斡旋された依頼を生業としている者のことを、一般的に何と言うか」

「「「冒険者」」」

「第三問! 先の問題に出てきた、主に冒険者が利用する仕事の仲介組織の名は?」

「「「ギルド」」」

「第四問! 動物と人間の特徴を併せ持つ姿、形をした者たちの種族名は?」

「「獣人」」

「あ、亜人……?」


 雁内豪太、ここでリタイア。

 ちなみに亜人は種族で分類されるものではなく、れっきとした魔物の一部として数えられている。豚面で巨体のオークや、半鳥半女のハーピーが有名だ。

 その辺りの説明を交えつつも、質問が暫く続いた。


「――正解。これで御嵩殿と宮月殿は十問中十問正解、雁内殿は十問中七問正解だな。多少の差はあるとしても、三人とも人並み以上の知識を持っているようで何よりだ。これならより円滑に予定を進められるだろう」


 腰に手を当てて感心感心と頷くレイチェル。


「ぬぅ……!」

「ぐぬぬ……!」


 その前方で、宗弌と黒兎が睨み合う。

 まだ勝負はついていない、ここからが本番だ。そんな意思を込めつつ、二人は敵意を剥き出しにする。すっかり第三者となった豪太は、目の前の二人にこの先着いていけるか不安で頭を抱えていた。「俺の知ってる吟遊詩人は戦わないんだよ……」とか呟いている。


「忘れてはいけない。君たちの目先の目標は試験通過だ。名門であるヘイリア王立学園に行くためならば僅かな時間も無駄にはできない。君たちの指導役として選ばれた私は、君たちを望んだ学び舎に届ける責任というものがある。どうか私の言うことを聞いて欲しい」


 混沌と化したその場を、レイチェルの一声がまとめ上げる。

 そんなことを言われれば黙るしかない。これまでの経緯でレイチェルが信用に足る人物であることは明白……特に宗弌は命を救ってもらったこともあり、信用度のパラメーターは限界まで振り切っている。何か言いたそうな黒兎を無視し、速やかに姿勢を正した。

 しかしその水面下では敵意のぶつかり合いだ。すぐ隣を一瞥すれば黒兎が「逃げるなよ」と視線で釘を刺してくる。宗弌は自分がレイチェルの視界から外れた隙を見計らって、黒兎に「お前こそ逃げんなよ」と視線で返した。


「ふむ、知識についてはこれで十分把握できたな。次は身体能力の測定だ」


 黒兎の目が死んだ。


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