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異世界テスティア(2)

 未練を残さないように、と言われたところで、何をすればいいのか分からない。豪太と二人で話し合ってもそれは変わることなく、結局宗弌は普段どおり学園で時間を過ごしていた。

 放課後、宗弌は腹部を抑えて蹲っているところを沙織に発見される。


「ど、どうしたの宗弌!?」

「いや、ちょっと……」


 思い返すこと数分前。宗弌が教室を出て、廊下を歩いていたときのことだ。

 曲がり角の先からやってきた、ジャージを着た生徒の集団。六時間目の授業が体育だったのだろう、男女交えたその集団を宗弌は避けるように廊下の端を通っていた。

 そこで突如腹部への衝撃。視線を下ろせば、そこには色白く細い一本の腕が突き出されていた。謎の襲撃者、謎の腹パン。あまりにも咄嗟のことで犯人は見ていない。

 ただ一言。「良くもアイツに、あ、あ、あの名前を、教えたわね……!」とだけ聞こえた。


「保健室行く?」


 心配する沙織に宗弌は首を横に振り、大丈夫だと伝える。どちらかと言えば痛かったというよりも驚いていただけだ。色といい太さといい、多分あの腕は男のものではないだろう。

 顔は見てないがわかる。十中八九アイツだ。あの女狐だ。


「そういえば、豪太はどうしたの?」


 胡散臭そうに宗弌を見ていた沙織だが、頑なに大丈夫だと言い張る宗弌にやがて折れ、別の話題を口にする。


「なんか用事だってよ」


 宗弌はその用事の詳細まで知っているのだが、これは沙織に言っていいものではない。

 豪太は今日、本格的に家族に自分の境遇を話すのだと言っていた。宗弌は寧ろ今まで相談していなかったことに驚いたが、きっとそれを話すには相当の覚悟が必要なのだろう。長年家族のいない生活を送ってきた宗弌にとっては、あまり共感できないことでもあった。


「ふーん、それじゃあ今日は二人っきりだね」


 素っ気ない風に言う沙織だが、良く見れば頬が少し赤い。

 宗弌はそれに気づいていたが、どうすればいいのか分からなかったので普通に対応した。


「御嵩さん」


 その時、聞き覚えのある声がすぐ近くから聞こえてきた。沙織は宗弌をそのように呼ばないし、第一今のは男性の声だ。


「フィリスさん?」


 自身の案内人であるフィリスが、果物屋の前でこちらに手を振っていた。前回同様上下黒のスーツといった格好だが、今は仕事がオフなのか、普通に買い物をしている。

 てっきり異世界で暮らしていると思っていた宗弌にとっては少し意外だった。


「ん?」


 ただの挨拶かと思いこちらも軽くお辞儀をするが、どうやらフィリスは宗弌を手招いているようだった。チラリと隣にいる沙織を見る。テスターはテスター以外の者には正体を秘匿する義務があるため、彼女を連れて行くのは躊躇われた。


「いいよ、行ってきたら?」

「……悪い」


 あっさりとした口調で言う沙織だが、その顔は本当に気にしてない人のものではない。相変わらず感情を隠すのが下手くそだな、と思った宗弌は「今度埋め合わせをする」と一言伝えてからフィリスの元に歩み寄った。


「久し振りです、フィリスさん」

「はい。御嵩さんも、元気そうで何よりです」


 まるで年寄りを相手にしているような対応をするフィリスに宗弌は苦笑した。

 苦笑しながら、フィリスが用件を切り出すのを待つ。


「実は今、丁度御嵩さんの特異点付近に魔車を配置していまして」


 良ければ行ってみますか? と問いかけるフィリス。

 宗弌はそれに「いいんですか!?」とわかりやすい反応をした。


「ただ、時間が限られているので今すぐになってしまいますが……」


 これは惜しい。どうせなら豪太を、そして願わくば祐穂や英雄、栖たちも誘おうとしていたものの、時間的に余裕がないみたいだ。準備する時間は勿論、人を呼ぶ時間もない。

 自分の持ち物を確認する。学園指定の鞄に、同じく指定の制服。派手に動くような機会はないだろうし、重量的には問題ない。森の中を通る時に多少汚れるかもしれないが、元の色が紺なので対して目立ちはしないだろう。靴も同じだ。


「大丈夫です」

「わかりました。それじゃあ向かいましょう」


 買い物袋片手のフィリスと共に、例の路地裏へと向かう。

 こうして隣に立ってみると、フィリスは随分と地球に馴染んでいることがわかった。見た目的にもそうだが、その立ち振る舞いがこの世界における一般人のそれだ。

 自分は異世界に行った時はこうではなかった。もっと興奮したし、もっと憧憬した。そんな自分と比べて、フィリスの態度はどうだ。まるで何にも動じていないようではないか。慣れからきているものか、それともこの世界に興奮する要素がないのか。後者だと少し寂しい……ような気もしたが、それは気のせいだと我に返る。

 きっと、何か一つでも打ち込むものがあれば、宗弌はこの世界に残っていただろう。それが無かったからこそ、あっさりと異世界への招待を受け入れたのだ。

 祖父母への罪悪感なぞ、所詮は公的に明言するための大義名分でしかない。

 何だかんだと言葉を濁しつつも、宗弌は異世界に賭けたのだ。

 自分が興味を示すに値する何かが、そこにあることに。


「それでは、御嵩さんからどうぞ」


 路地裏にたどり着いた宗弌とフィリスは、見えない扉の前に立つ。薄く存在感のない光の扉だが、その規模は小さく人一人分しかない。見る者によっては無骨と感じるだろう。


「私は見張っておきますね」

「お願いします」


 万が一、宗弌が扉を潜るところを誰かに見られたら、その目に宗弌はどう映るのだろうか。かつて自分がこの扉を見れなかった頃を思い出す。あの時はフィリスが巧妙なパントマイムをしているように見えていた筈だ。扉を潜るとこの身体は異世界に行くのだから、目撃者には忽然と消えたように見えるのかもしれない。


「……?」


 ピン、と頭の中で何かが引っかかったような気がした。

 引っかかったというより、既存の何かと結びついたと言うべきか。今まで納得のいかなかった事情の裏付けが取れたような、そんな気がしたのだが……思い出せない。

 思い出せないということは、些細なことだ。


「……相変わらず、ここは薄暗いな」


 扉を潜った宗弌は天井の枝葉を仰ぎ見る。二回目の時は明るかったが、一回目と今回は木々の合間が見えない程に暗い。思えば一回目も今回も、異世界への扉を潜ったのは夕刻以降。それに対して、二回目は朝。テスティアとアースは時間帯が噛み合っているみたいだ。

 たった一歩を踏み出しただけで、湧き上がる開放感。それを実感すれば実感する程、自分が異世界に対して期待していること、そして地球に対して失望していることがわかる。

 さて、それじゃあ行きますか。内心でそう呟き、浮き足立った心を極力制御しようと試みながら、前へ進む。と、そこでフィリスの存在を思いだし――唖然とした。


「……え?」


 振り返ったそこには、有るべきものが無かった。

 いや、厳密にはある。あるのだが、それは宗弌の想像とは違う状態にあった。


「な、何で扉が……塞がれてるんだ?」


 まるで鍵でも締められたみたいだ。だとすれば自分は締め出されたということになる。

 そして何故か、そこには居るべき人物の姿もなかった。


「フィ、フィリスさん?」


 いない。それとも、聞こえてはいるが返事をしていないのか。

 得体の知れない焦燥感に駆られ、宗弌は目の前の扉の取っ手を力強く右に回した。だが、開かない。ぴくりとも動かないそれは何かで固定されているかのようだ。

 締め出されたかもしれないという疑念が確信に変わりつつある。しかし、その実行犯があのフィリスだと考えると首を傾げざるを得ない。同時に、その被害者が宗弌であることもまた理解できない。一体何故、何のために。それが分からないから、憤ることもできない。

 待ち呆けてどのくらい経っただろうか。その間も宗弌は現状分析に勤めていたが、それも限界だ。考えたって分からないし、フィリスは一向に顔を表さない。


「……一先ず、王都に向かうか」


 フィリスの言葉が正しければ馬車が用意されている筈だ。そこに居る誰かに相談するのもいいし、前回の宿に行けば何かしら補助をしてくれるかもしれない。

 宗弌の頭の中で、それは極めて一般的な思考だった。見知らぬ他人に道を聞く人なんて山程いるだろうし、それに対して並々ならぬ感情を抱く者なんていないだろう。

 今回の宗弌も似たような境遇だ。自分ではどうしようもないのだから、地元民に頼るしかない。経験上、テスターは有待遇されるので関係者に事情を説明すれば簡単に解決するだろう。

 そう思っていた直後。


「何だっ!?」


 すぐ傍から物音がした。

 それも、ガサリなどといった小さな掠れ音ではない。もっと大きな、重量感のあるものだ。

 周囲の暗闇も相まって、途端に恐ろしく不気味な雰囲気が漂う。舗装道路までの距離はもう少しだが、草や岩が邪魔で駆け抜けることができない。

 自身が立ち止まることにより、その耳はより細かな音まで拾う羽目になった。先程から続くガサリゴソリといった音に、荒々しい息遣いが僅かに聞こえる。

 それらと共に聞こえてくる音に、宗弌は聞き覚えがあった。ああ、これはハンバーグを食べる時に聞く音だ。モグモグ、モシャモシャと咀嚼し、肉を噛みちぎっては飲み込む音だ。

 距離は短い。真横か、それとも少し前か。

 直感で警鐘が鳴らされる。関わるべきでない。

 慎重に踵を返す。そこで――ビチャリ。


「は?」


 頬に伝う暖かな液体に、宗弌は思わず声を上げた。

 無意識に、反射的にそれを右手の甲で拭う。……拭った右手は真っ赤に染まっていた。


「――――ッッ!?」


 声なんて出る筈がない。

 足が動いただけでも奇跡に等しい。鞄を投げ捨て、宗弌は目的地も念頭に置かずに、ただ逃走することに死力を尽くした。

 脳裏に浮かぶシルエット。草木の合間から一瞬だけ見えたあの光景。

 毛むくじゃらの巨躯に、鋭い爪。獰猛な牙と、ギラついた眼球。

 アレは何だ? ……何でもいい。今はただ、逃げるだけだ。

 凶暴な雄叫びが森にこだまする。大気を振動させるその声量に足が竦みそうになるが、それでも前へ前へと進もうとし……絡まった枝に足を奪われた。


「痛ってぇ……」


 口内に入った砂粒を唾液に混ぜて吐き出し、すぐに逃走を試みる。

 瞬間、全身にかつてない重みが伸し掛った。


「がァ――ッ!?」


 単に動き出した人影に反応したのか。

 或いは、その頬からブランデーの香りがしたからか。

 虎を模したようなその化物は、舌舐りをしながら宗弌を食膳に敷いていた。

 あまりの重量に肺に貯められた酸素の全てが口から放たれる。揺れる視界の中で、宗弌は眼前に鉛色の刃を見た。巨大な牙が、今にも触れ合いそうな距離にある。獣の太腕が胴を抑えていて逃れることができない、まるでギロチンの下に拘束された死刑囚だ。

 ふと、初めて異世界に訪れた時のことを思い出す。宗弌たちの使用する特異点は場所が場所なため、事前準備が必須だ。それをフィリスは具体的に何と言っていたか。

 危険性の排除だと言っていたことを、今更思い出した。


「……くそったれ」


 少量の酸素を回し、最後の一声を放つ。これは生死の境なんてものではない。「死」そのものだ。自分では覆しようのない、絶対的な圧力が牙を剥く。

 諦観すると同時に、世界がスローモーションに切り替わった。

 化物の動きが鈍くなり、大地の振動も、草木の小さな揺れも完全に静止する。

 視界は目の前の牙を細部まで映し出し――その片隅に、真紅の人影を見た。


「――はぁぁぁぁッ!」


 ガキンッ、とけたたましい金属音が鳴り響く。

 瞬時に視界から切り離される獣の巨体。その傍らには、折れた剣を真横に振り切ったレイチェルの姿があった。唐突に全身を襲う重量が消えたことにより、宗弌は反動で思いっきりバランスを崩す。


「ちっ、このナマクラめ!」


 小さな口から舌打ちを放ち、レイチェルは腰に掛けてある二本目の剣を取り出した。乱暴に剣の柄を掴み取り、そして自らが吹き飛ばした獣を見据え、大地を蹴る。

 次の瞬間、レイチェルは跳んだ。地面スレスレを高速で移動し、間合いを詰める。十メートルはあった距離が、瞬きをする間に一メートルまで迫っていた。

 小さな金属音と、何かがずり落ちる音。

 獣の咆哮に歯を食いしばって耐える宗弌に対し、レイチェルは眉一つ潜めない。全身の萎縮した筋肉を無理矢理動かし、宗弌は彼女の奮闘を目に焼き付けた。

 真紅を纏う赤い騎士。風に靡く紅の長髪。その傍らで煌く銀の一閃。

 ひと振り、ふた振りとレイチェルは舞うように剣を振るう。刀身は獣の体液に染まり、その切り口からは大量の血飛沫が上がった。風を斬ると同時に、レイチェルは刀身に張り付いた赤い体液を振り払い、軽やかなステップで獣の死角に潜り込む。


「ふッ!」


 猛攻は続く。

 銀の輝きを取り戻した剣は、再び赤に染まった。赤、銀、赤、銀――薄闇が支配する世界で、レイチェルの剣は二色の軌跡を宙に描く。

 次第にか細くなる獣の声。

 咆哮はやがて叫び声に、悲鳴に……そして今、断末魔が終えた。


「……ふぅ」


 鍔と鞘のぶつかり合う音が、舞踏の幕を下ろした。

 幾度となく振り下ろされた剣。赤い騎士は、一度たりとも危機に迫ることなく獣を斬り伏せた。あまりにも圧倒的なその実力に、宗弌は口をポカンと開けて彼女を見る。あの細い身体が馬鹿でかい獣を倒したなんて、現実味がないにも程があった。


「……」


 危機が去ったにも関わらず、頭の中で先程のレイチェルの姿が延々とループする。

 剣を片手に獣と対峙するその勇姿。次はどこを斬るか、それだけを見定めていた冷静な眼差し。全身の筋肉を使った、無駄のない洗練された動き。

 血飛沫が舞い、泥が飛び散り、両者の咆哮が織り交ざった舞踏会。何よりも大切な筈である命を惜しげなく賭した一瞬の出来事。生きるか死ぬか、殺すか殺されるか、そんな単純な駆け引きだからこその純粋な衝突。真正面からの――競い合い。

 ドクン、と宗弌の心臓が跳ね上がった。

 身体の奥底に眠っていた何かが奔流となって溢れてくる。喉は枯れ、身体は前のめり、気が付けば握っていた拳の内側からは手汗が吹き出している。胸が熱い。全身が燃える。まるで血液という血液が沸騰しているみたいだ。なのに何故か心地よくも感じる。

 不思議と、口角が釣り上がり――


「――貴様は死ぬ気か!?」


 飛んで来た怒号に、宗弌は全身を震え上がらせた。


「私は言った筈だ! 連絡が入るまでテスティアには来るなと!」


 怒涛の剣幕に怖気付き、宗弌は無言で身体を硬直させた。レイチェルが本気で怒っていることは一目瞭然だ。だが、その原因が自分にあるのかと問われれば微妙なところでもある。熱を帯びた肉体に吹き込む冷風を実感しながら、宗弌はここまでの経緯を話し始めた。

 扉が塞がって後戻りできなかったこと。そして、フィリスから許可を得たことを伝える。


「そんな馬鹿な。魔車の配置すらしていないぞ」


 思わぬ食い違いが生じる。テスティアに来る前に、フィリスは確かに魔車が用意してあると言っていた。勘違いか? いや、テスターはこの世界ではそれなりに優遇されているのだから、このような不祥事が易々と起こり得る筈がない。

 フィリスが黒幕だと決め付けるのはまだ早い。彼もまた、被害者である可能性がある。或いはただ単に利用されただけか。だとしても、どうして自分が狙われたのかが分からない。


「そもそも、私がこの場にいる事自体が偶然だ」


 九死に一生を得たということか。

 そう思うと、消え去った恐怖が再び押し寄せる。


「その案内人、名を覚えているか?」

「あ、はい。フィリス……です」


 疑う自分と、杞憂であってくれと願う自分。印象では完全に白なのだが、現状で一番犯人と思しき人物はフィリスだ。


「念のため、御嵩殿含むテスターには警護をつけておいた方がいいな」

「警護、ですか?」


 何か思い当たる節があるような口調だ。

 レイチェルは宗弌から視線を逸らし、瞑目して考える。


「……あくまで仮定として、犯人に目星をつけたまでだ」


 今回のような一件が他にもあったのか。仮定とは言え、目星をつけられる程の規模が相手となると、どのみち危険性は看過できない。当事者である宗弌のことを思ってか、レイチェルは悩みながらも説明を開始した。


「所謂、自世界至上主義者と言ってな。彼らは異世界……この場合はアースのことだが、そこからの来訪者を酷く毛嫌いしている。アースをテスティアと同列に考えたくないらしい」


 つまり、纏めるとこうだ。

 自世界至上主義を掲げる彼らは、自分たちの世界が異世界と比べて、全てにおいて優れていると考えている。ゆえに、自世界が異世界と同列に扱われるのは気に食わないし、そこからの来訪者となれば、土人……下手すれば害虫にも等しい存在だ。

 害虫は駆除するに限る。鬱陶しいし、汚らわしいからだ。


「選民意識、みたいなもんですかね」

「ああ。しかもタチの悪いことに、連中は異世界の存在を知っているからな……」


 それは当然だろう。自世界至上主義という考えは、他の世界の存在を認知していないと成り立たない。しかし、異世界の存在は両世界において機密事項だった筈だ。それが外部に、しかも犯罪組織に知れ渡っているとなると、割と洒落にならないくらい致命的である。


「今日はもう帰った方がいい。色々とショックだったろう」


 レイチェルは何事もなかったかのように振舞うが、ほんの少し前まではその顔を深刻に歪ませていたのだ。けれど、だからといって手伝えることは何もない。

 無力感に苛まれながら、宗弌は特異点へ向かった。


「扉は……開いているみたいだな」


 背後で周辺を警戒していたレイチェルが、扉を目視して言う。

 化物に襲われている間に開いたのだろうか。念のために先程は確かに閉まっていたと説明するが、彼女はきちんと信用しているみたいだった。 


「あれって壊れたりするんですか?」

「いや、それはない。あれは存在というより現象だからな」


 だから当然、人為的作用も受け付けない。施錠なんてできないし、そもそも鍵も錠も存在しない。閉じられているとしたら、それは擬似的で一時的なものでしかないのだ。

 勝手に塞がることは有り得ない。何者かが、無理矢理扉を閉じようとしたのだ。

 宗弌を、この森の中に置き去りにするために。


「今回は完全にこちら側の不手際だ。危険に晒すような真似をして、本当に申し訳ない。次回からは最低でも二人の騎士が警護として同行しよう。周辺の警戒も普段以上に行われる」

「レイチェルさんが悪いわけじゃないですし、頭を下げる必要はありませんよ」


 幸いパニックとは程遠い心境だ。その程度の識別はつく。

 だが、未だ脳内で再生される獣の全容……そして、レイチェルの剣捌き。良くも悪くも、今回の一件が宗弌の深い所に根付いたのは確かだった。


「それじゃ、今日はお世話になりました」


 今度はこちらも頭を下げて感謝を述べる。

 申し訳なさそうな表情を浮かべるレイチェルを背に、宗弌は扉に手を掛けた。


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