異世界テスティア(1)
二度目に経験する異世界の空気を楽しみながら、宗弌と豪太は石畳を歩いた。
目的地である店にたどり着くと、木造りの扉に手をかける。古めかしい、しかし風情のある木々の擦れる音とともに開かれる扉。その先に見える光景は、宗弌と豪太の期待通りのもの。
四角形のテーブルと背もたれのある椅子が規則的に並んでおり、テーブルの上には大雑把に形取られたビールジョッキが乱雑に置かれてある。照明は輝度こそ少ないが優しい光を放っており、そこには電球や蛍光灯といったものが見られない。
宿屋フランクリという屋号を持つこの空間は、なんとなく学園の食堂に似た雰囲気があった。
一つ残念なことは賑わいが少ないこと。なにやら天井の向こうから話し声が聞こえるが、宗弌たちのいる一階には人っ子一人いない。
引き裂かれた招待状が変貌し、新たに手元に残った案内状をポケットから取り出す。記されている場所は確かにここであっているし、特異点から王都まで運んでくれた護衛の方にも事前に確認を取ってある。
おかしいな、と首を傾げていると、店の角から足音が聞こえた。
「二人とも、五日ぶりだな」
長い赤髪を揺らしながら、見覚えのある女性が階段を降りてくる。かつて世話になったレイチェル・カーミナーだ。今日は甲冑を着用しておらず、赤と白の混じった服を纏っている。
「お久しぶりです」
「ああ。早速だが、まずは二階に来てくれ」
レイチェルの後を追うように、宿屋の二階に上る宗弌と豪太。目の前で揺れる赤い毛先が自然と視界に入ってしまう。……赤いけど、多分地毛なんだろうなぁ。だって異世界だし。
「店主、二人追加だ」
二階に上がるなり、レイチェルが部屋の中央に向かってそう言った。
遅れて階段を上りきった宗弌と豪太は、そこにいる人の数の多さに驚愕する。
「お、あのときの二人組じゃん!」
「これで十四人ね。ほぼ全員じゃない?」
二人の顔を見ると、その人集りに賑わいが生まれた。彼ら同様、宗弌と豪太も彼らの顔に見覚えがある。以前、一緒に王都に送られたメンバーたちだ。
「ここにいる全員が、君たちと同じように招待状に受諾した者たちだ」
最初の頃に数えた人数が凡そ十五人。そして今この場にいる人数が十四人。
ほぼ全員が異世界で生活することを決めたらしい。
「二人とも学生さんなの?」
気さくそうな若い男性に背中を押されて席に座る。
店員に差し出されたドリンクを手に持った瞬間、好奇を宿した視線が二人に集中した。
「はい。中学三年生です」
「そうなんだ。それじゃあ高校からはこっちの世界で?」
「一応そう考えてます」
「俺もそんくらい若ければなぁ……キリもいいし、心機一転って感じだな」
宗弌が質問責めに対応していると、この場にいる殆どが自分よりも年上であることに気がついた。同世代は豪太のみ。年下はいるが、大抵は成人を超えてそうな外見をしている。
中年のおじさんが言う通り、宗弌たちは丁度今年で中等部を卒業だ。
心機一転の場としては、これ以上に相応しいものはない。
「よし、全員静粛に!」
厳格な声というよりも、はきはきとしたレイチェルの声が響き渡る。
質問がぱたりと止み、各々が元々座っていた位置へと戻った。解放された宗弌は気を落ち着かせるためにドリンクを口に含む。経験したことのない味だが、美味しかった。
「長々と挨拶をするのはよそう。今から君たちには今後の進路を決めてもらう」
てっきり長々とした挨拶があると思った宗弌は、レイチェルの意外な一言に関心する。前回の見学のときといい、随分とシンプルな進行だ。好感は持てるが、やはり気になった者もいたのだろう。小さく「あれ、何もないの?」と声が聞こえた。
「……何も話さないのは、過去に散々苦情が来たからだ」
宗弌や豪太の口から「あっ」と声が漏れる。
地球人にとって異世界とは夢の宝庫のような場所だ。折角その場に留まる決意をしたのに、いざ向かってみれば長ったらしい形式上の挨拶ばかり。そんなお預け状態に嫌気が差すのは仕方ないと言える。
「進路については案内状やガイドブックに書かれてある通りだ。まずはそれぞれ、招待状で指定されていた役割のグループを作ってくれ」
宗弌の招待状には学生枠テスターと書いてあったため、その役割は文字通り学生だ。
身近な人に声をかけながら、他の人が口に出す役割名に聞き耳を立てる。学生枠や豪太に与えられた自由枠の他にも、職人枠やら村人枠などといったものがあるらしい。
「自由枠は自分のなりたい役割のグループがあればそこに入ってくれ。なければ私の元に来て欲しい」
レイチェルの言葉を聞いた豪太が宗弌の元へやって来る。
学生枠は二人か? ……と宗弌が思った矢先、宗弌と豪太の元に二人組の小さな子供が歩み寄ってきた。見た目からして小学生高学年の少年が一人と、その後ろに引っ付いている、更に小柄な少女が一人。目元や顔立ちが似ているあたり、兄妹だろうと予測する。
「お兄さんたち、この学生枠って人?」
少女に服の裾を掴まれた少年が、宗弌と豪太に声をかける。
「おう。お前たちもそうなのか?」
豪太が柔和な笑みを浮かべて対応する。人懐っこい豪太ならば、子供とのやり取りも問題ないだろう。宗弌は無言で場を見守ることにした。
「そうだ」
少年が懐から二人分の案内状を出し、豪太に見せる。
片方は後ろの少女の物だろう。二つとも、学生枠テスターの募集と記載されていた。
「こんな子供でも招待状って来るんだな」
豪太が小さな声でそう言った。文面を見れば、自分たちと全く変わらない内容だ。理解できなくはないだろうが、こんな年端もいかない子供だと正常な判断すらままならないだろう。
「両親にはきちんと話してあるのか?」
当然の質問を豪太が繰り出した。宗弌や豪太と違い、目の前の二人は自分のことを自分だけで考えるのは難しい年頃だ。もしかしたら、事の重大性に気づいていないかもしれない。
しかし、二人の兄妹は特に感情の起伏を見せることなく、さらっと答える。
「両親はいない。俺たちは孤児だ」
一瞬、ほんの僅かに少年の視線が床へ落ちた。
豪太の表情が「やってしまった!」と語っている。チラリと宗弌に視線を送る豪太。助けて、と切実に願うその顔を見た宗弌は「てめぇで何とかしろ」と視線で返す。
「全員グループを作ったな。では次に、そのグループの担う役割になりたくない者は挙手をして欲しい。分からない人はそこに置いてあるガイドブックを見るように」
嫌な空気を断ったのは、レイチェルの次の指示だった。
指示は行き渡っているのだろうが、手を挙げる者は誰もいない。
ガイドブックによれば、テスターは与えられた枠に必ず入らないといけないわけではないらしい。宗弌が以前フィリスに聞いたように、学生枠と指定されていようが、そこから抜け出すのは個人の自由だ。招待状に受諾とは、テスターとして異世界に滞在することのみを指す。
だが、与えられた枠から外れれば資金援助が一切支払われない。
右も左も知らない地球人が裸一貫で放り出されるのだ。
「今はいないようだが、もし今後そうするつもりであれば、まずはこの世界に慣れてからがいいだろう。ある程度の収入を安定させてからだと尚良い」
この世界において学生という立場がどのようなものなのかは知らないが、この先経験して、もしも不満があったらそれもいいかもしれない。どちらにせよ、学生枠というものは他の役割と比べて最初から期限が設けられている。卒業先のことも考えなければならない。
「それじゃあ、早速進路相談といこう。まずは学生枠のグループから来てくれ」
レイチェルの指示に従い、宗弌と豪太、そして二人の子供が彼女の元へ向かう。
学生枠はどうやらこの四人だけらしい。
「四人……御嵩殿に雁内殿、それに亮殿と雪殿だな」
名簿表と宗弌たちの顔を交互に見て、レイチェルが確認を取る。前々から宗弌は疑問であったのだが、どうやら彼女の人を呼ぶときの呼称は癖のようなものらしい。
亮と呼ばれたのが少年、雪と呼ばれたのが少女だ。
「さて、では進路を決めていくが、学生枠にとっての進路とはつまり進学先のことだ。他の役割に比べ、飛び切り厄介な手順もない。まずはここにある資料の中から、興味のある教養機関を幾つか候補に挙げておいてくれ」
学生枠は最も溶け込み易い役割なのだと、ガイドブックに書いてあったことを宗弌は思い出す。入学や編入、転校や留学といった外部からの出入りが比較的多いため、不自然に思われる可能性が極めて低い。特別な手順を踏む必要もないし、テスターたちはただ、学生としての本分を全うすればいいだけだ。
「宗弌、こことかどうだ?」
「どれどれ……聖ルリアナ女学院? 女学院って、男子禁制じゃねぇのか?」
「ほら、ここ見ろよ。今年から共学化だってさ」
豪太の人差し指の先には、その通りのことが書いてあった。聖ルリアナ女学院は、どうやら今年限りで女学院を卒業するらしい。表表紙には法衣を模した制服を着こなす、清楚な女学生たちの写真があった。
「考えるんだ。俺たちが今年ここに入れば、周りは女子だらけ。これはもう、実質ハーレムみたいなもんだろ……!」
「周りに女子がいるだけでハーレムにはならねぇよ」
しかし、校舎の環境は中々整っている。ペラリと資料を捲り、次のページを見て……すぐに資料を閉じた。毎日信仰する神に対して一時間の祈祷、自分にはついていけない世界である。
「そこの、えーっと……」
「飯島亮だよ、雁内兄ちゃん。そっちは妹の飯島雪」
「やっぱり兄妹だったのか。俺は雁内豪太。んで、そっちは御嵩宗弌だ」
そっち呼ばわりする二人は、される二人をそっちのけで会話する。
「で、どうだ。目星はついたか?」
「取り敢えず全部見てからにする。そーいう雁内兄ちゃんは?」
「たった今、最有力候補が潰えたぜ」
いつの間に仲良くなったのか、豪太と亮は適当に相談しながら資料を漁っていた。
通える教養機関は王都の範囲内となっているため、資料はそこまで多くない。日本と違ってテスティアの学園は全寮制が一般的らしく、学費が高い部類だと小中高一貫が多くなる。
中には専門学校に似た場所もあるが、そちらだと将来が絞られそうなので遠慮した。しかし騎士養成学園だとか、冒険者育成校だとか、そういった名前にはやはり惹かれてしまう。高等部になって早々に自衛隊並みの訓練を行うところもあった。
「……ん?」
宗弌が幾つか候補を作っていると、服の裾が引っ張られたような気がした。
振り向いてみると、そこには小さな女の子が。
「……おかさみお兄ちゃん?」
「そういうお前は雪だな」
コクコク、と無言で首を縦に振る雪。
宗弌はあまり子供への対応に慣れていない。豪太に助け舟の一つでも出してもらおうと考えたが、なにやら亮と真剣に会話しているようだった。
言葉を交わしてしまった手前、今更無視はできない。どうするかな、と資料漁りを中断して体ごと雪に向けた宗弌は、彼女が両手で一冊の資料を持っていることに気がついた。
「行きたいところ、見つかったのか?」
無言で頷く雪。口を閉ざしたまま、彼女は持っていた資料を宗弌に渡した。
「ここ、行きたい」
抑揚のない雪の口調はなんとなく祐穂に似ている。しかし雪は彼女と違ってまだ愛想というものが感じられるので、呆れることはない。
宗弌は手渡された資料の表紙を捲った。
「……これは」
雪に渡された資料に記されている学園は、他のどの学園よりも設備が整っていた。小中高一貫であるため、雪も通えるし宗弌も通うことができる。今更になって、雪と亮の安全面を考慮して同じ学び舎に通った方がいいのだろうか、という考えも出てきた。
「豪太、これちょっと見てみろ」
「お、なんかいいの見つかったか?」
「俺じゃなくて雪がな。まあ、見てみろ」
「えー……なになに。ヘイリア王立学園……?」
アッシュリブル王国最大にして最高の学び舎。そう銘打っているだけあって、環境の良さは文面を見るだけで理解できる。数多くの実績を残す優秀な教師陣に、磨くべき原石だらけの生徒たち。小中高一貫であるからこの場にいる四人全員で通うことができ、かつ全寮制であるため衣食住に困ることもない。
「かなり大きいな、校舎も綺麗だし……うわ、学生の殆どが貴族じゃん」
「でも受験資格は不問だから、俺たちでも通えるぞ」
いつの間にか加わった亮も含め、四人は食い入るように資料を見た。
資料によれば、育ちの良い上流階級が通うこともあれば、土の匂いの染み付いた農民の息子が通うこともあるらしい。その学園は気品、品格、品性を育むことよりも意志の強さ、実力の向上を目的としているため、向上心と実力さえあれば誰でも通えるようだ。
「しかし、受験なぁ……」
宗弌の言葉に興味を惹かれた豪太は、しかし受験の一言に苦難する。苦手というよりも純粋に勉強を嫌っている豪太にとって、それは異世界に来てまでやりたいことではない。
「レイチェルさん、俺たちって受験はしなくちゃいけないんですか?」
背後で他の人たちへ指示を下すレイチェルに、機会を見計らって宗弌が質問する。
入学シーズンは後三ヶ月と聞いている。それまでの短期間で試験を通過できるほどの知識を溜め込むのは、例え勉学に自信のある宗弌でも不可能なことだ。宗弌が不可能なら、大抵の人には不可能だろう。なにかしら措置があるに違い無い。
「場所によるな。基本的に座学は免除されることが多いが、名門の域になると実技だけはどうしても受けなければならないだろう」
豪太が溜息を吐いた。
ヘイリア王立学園は十中八九、名門である。
「実技って、具体的には何をするんですか?」
「そうだな……身体を動かしたり、魔法を実演してみたり……」
「何それ凄ぇ面白そう」
冷静沈着という名のメッキが宗弌からボロボロと剥がれていく。いや、変人と呼ばれている時点で手遅れかもしれないが、とにかく宗弌のテンションも豪太同様に上がっていた。
隣では豪太がやる気に満ちた表情で資料を読んでいる。勉学は苦手だが、その分身体を動かすことには長けている豪太だ。試験に対する姿勢も前向きになっている。
「ちなみにどこのことを言ってるんだ?」
「あ、このヘイリア王立学園ってとこです」
「よりによってそこか。あそこは入学のための試験よりも、入学後の学業に力を入れているからな。試験合格は勿論、合格後のことを踏まえた事前準備が必要になるだろう」
レイチェルの説明がやたらと詳しいな、と思っていると、以前この世界を見学した際にハングスに言われたことを思い出した。そうだ、彼女は確か教師を目指していたのだ。
「ヘイリア王立学園は実力主義で有名だ。成績によっては更に学業が厳しくなるだろう。アースへの帰還も難しくなるかもしれない」
とは言え、テスティアの学園はその大体が全寮制だ。程度の違いこそあれど、自由に帰還できないところはどこであっても同じである。
また、帰還の重要性は、個人的な事情にも関与した。
「帰還……ねぇ」
いかにも興味なさげな声で宗弌は呟いた。
亮も雪もまた、この件に対してはあまり興味を持って無いように見える。
宗弌は帰還する理由が特にない。両親を失った今、親しい友人と再開するか祖父母に挨拶をしに行くかくらいだ。亮も雪も、似たような理由で帰還する意味はない。孤児である二人の壮絶な人生については誰も知らないが、想像はできなくもなかった。
「別にいいや、帰れなくても」
そう言ったのは、まだ幼い少年である亮。
宗弌はそんな亮の言葉に同情することもなく、本心から「そうだな」と同意した。
「雪、お前はここに行きたいんだよな?」
「うん。でもお兄ちゃんが嫌なら考える」
「じゃあここにしよう。お兄ちゃんは雪の選ぶとこならどこだって行くぞ」
感極まる兄妹愛。俺と彩莉の関係はどうだったかな、と宗弌は物思いに耽る。
そして、小さく気合の篭った声を漏らして宗弌も宣言する。
「俺もここに行こう」
元々、努力は得意な部類である宗弌だ。それが興味深ければ興味深いほど自分は燃え上がるタイプなのだと自覚もしている。それに、どこにでも行けるというのに、態々レベルの低い学園へ通う意味もない。後悔するくらいならば最初から一番上を目指すべきだ。
宣言を終えた三人は、残る一人……豪太を見る。
「……あの、レイチェルさん」
「どうした雁内殿?」
「ヘイリア王立学園って、座学の方はどのくらい難しいんですか?」
やっぱりそこか、と宗弌は額を手でおさえる。
亮も豪太の特徴をなんとなく察したみたいで、ニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「学部学科によるな。日中机に向かうところもあれば、日中身体を動かすところもあるぞ。……なんだ、雁内は勉強が苦手か?」
図星を言い当てられ、仰け反る豪太。
そして、恥ずかしそうに後ろ髪を掻きながら頷いた。
「なら武闘学部か魔法学部を目指せばいい。幸い、ヘイリア王立学園は実技面を重視している傾向にある。補助学部にでもならない限り、雁内の心配は無用だろう」
学部学科の存在からして、テスティアの学園は日本でいう大学に近かった。但し、学部学科の数は日本のそれとは遠く及ばない。ヘイリア王立学園では、レイチェルの言った三つの学部に加え、そこから更に二つずつ学科に分岐する、計六つの種類がある。
「……よし、俺もここに決めたぜ」
資料をもう一度読み直し、豪太が決心を露わにする。
「試験に落ちても知らねぇからな」
「が、頑張るぜ……!」
拳を握り締めながら、震え声で言う豪太。自信満々なのか不安なのか良くわからない。
しかし、具体的には何を頑張ればいいのか。実技試験の概要を軽くレイチェルから聞いただけの四人は、頭の中でモヤモヤと試験風景をイメージした。
まあ、今はいいか。そこは指導してくれる人に任せよう。
「レイチェルさん、決まりました」
「む、別に急かしているわけではないぞ? もう少し時間をかけても……」
「いえ、満場一致でここに決定したんで」
そう言って、宗弌はヘイリア王立学園の資料をレイチェルに見せる。
それを見て彼女はハードルが高いと思ったのか、それとも環境上、異世界人には相応しくない場所だと思ったのか……いずれにせよ、あまり良い反応ではなかった。
「全員がそう決めたのならば、私は何も言わないでおこう。問題の試験についでだが、これを合格するためにはテスティアの文明文化に深く触れる必要がある。期間も三ヶ月とあまり余裕がないし、場合によっては泊まり込みの合宿を行うかもしれない。……その場合は私が君たちに試験合格の秘訣を教えよう」
なんというか、レイチェルは教育に対してはとても熱心だ。
いっそ騎士を止めてもう一度教師を目指せばどうだと言いたくなるが、彼女はこれでも麗炎騎士団のトップ。彼女が抜けた穴は大きいに違い無い。というか、今更ながら、自分たちはとんでもない人物と会話しているのではないだろうか。
どうだ、嬉しかろう? と胸を張るレイチェルに、宗弌たちは取り敢えず感謝した。
「学生枠は方針が決まったな。ならば今日はもう帰るといい。どうせ近いうちに嫌が応でもこの世界に留まるのだから、今は少しでもアースの空気を味わうべきだ。……ああ、それと」
宗弌たちに指示を出している途中で、レイチェルは思い出したように宿屋の一階へ降りていった。首を傾げて宗弌たちが暫く待っていると、レイチェルが数冊の本を持ってきた。
「赤い方が才能辞典、青い方が技巧辞典というものだ。これらはテスティアの神秘を上手く綴ってあるので、次回こちらに来る前にある程度目を通して欲しい。実技試験は技巧の会得が必須だから、特に技巧辞典はよく読んでおいてくれ。幾つか候補を挙げていれば助かる」
レイチェルの説明を聞き終えた宗弌たちは、それぞれ本を渡される。辞書と同じかそれ以上に重厚だ。宗弌と豪太は二種類の本を一冊ずつ。亮と雪は宗弌のそれと比べると少し薄い、子供向けに改良されたものを受け取った。
「次にこの世界に来た後は、暫く元の世界に戻れないかもしれない。できるかぎり、未練を残さないよう心がけてくれ」
レイチェルはそう言って、すぐに他の人へ指示を出し始めた。この場にいる十数名はこの不可思議な境遇をともにした仲間だ、宗弌たちは一人ひとり丁寧に別れの挨拶を済まして宿を出る。事前に用意した鞄の中に二冊の本を詰め、特異点と繋がる門へと向かった。




