デートと悪役令嬢の片鱗
鍛えられた身体。
だがやたらと筋肉がついている訳ではなく、動き回って戦うことを想定した引き締まった身体。
髪は和の国出身らしい黒い髪。少しだけ長めだが、決して不潔感を抱かせない絶妙なところで切り揃えられている。
顔は悪くない、むしろ二枚目と言っても差し支えない。
普段は少しばかりまの抜けた顔を引き締めて、精一杯のおめかしをしてトキワはエリスがいるであろう庭へ向かった。
(今日は絶好のデート日和だぜ。男らしく誘ってやる)
エリスは庭で魔法の修行をしていた。
元々のレベルが低かったこともあって、修行をし始めて一週間程はハイペースでレベルが上がっていったが今では完全に頭打ちだ。
そもそもアミューズのレベル制はわかっていないことも多い。レベルアップのしやすさが個人によってことなるのだ。そしてレベルが上がってもほとんど身体能力や魔力が変わらないものもいる。
エリス自身はレベルが上がっていくごとに強くなっていることを実感できるのだが、如何せんレベルが上がりにくいようでカリカリとした気持ちになっていた。
ちなみにファーニーは木の枝の上でお昼寝していた。
そんなときにトキワが来た。
「トキワ様……今日はどうしたんですか? おめかしして……」
「あ、えと、あの~ですね。え~ちょっとあの、僕とその遊びにえと行ってもらえないかな~なんて」
トキワはヘタレだった。
「遊びに……ですか? 良いですよ。最近修行の方も行き詰まってたし、気分転換に行きましょう」
エリスの色好い返事にトキワの顔がにやける。
だがトキワはもう一人のことを忘れていた。
「え、エリスとトキワ遊びに行くの? わたしも行くー」
カタリベの町には意外と楽しめる場所が多くある。
そのようなモノが多く作られるのは、どうやらカタリベを統べる領主の趣味らしい。
そのことをトキワは今すごく感謝していた。
「綺麗ですね、ここの花の公園。私の国にも似たようなものはありましたが、ここまでの種類は集められていませんでした」
カタリベにある公園の中でもここ花の公園と呼ばれる場所はその名の通り様々な美しい花が咲いている。
その光景にエリスも笑顔を浮かべていた。
そしてトキワは相変わらず美しい顔と縦ロールににやけが止まらなかった。
(お前の方が綺麗だよ)
心の中でどう思っていても、口には出せない。
トキワはヘタレなのだ。
ちなみにファーニーは花の蜜を吸って「甘ーい」と叫びながら喜んでいた。
隣に並んで花を観賞していると、不意にお互いの手が少しあたった。
童貞力故にそれに敏感に気付いたトキワは顔を赤くする。
トキワは横目でチラリとエリスを見た。
もし自分と同じように頬を赤く染めていれば、エリスも自分を意識してくれていると考えたからである。
エリスの顔はさっきまでとは何も変わっていなかった。
そのことにトキワは軽く落ち込んだ。
心が弱い男だった。
昼食は屋台道と呼ばれる、こちらも名前通りの屋台が並んでいる場所でとることにした。
それぞれの屋台から香る料理の匂いだけで、どんどんとお腹が減ってくる。
ファーニーはヨダレをトキワの勝負服にこぼしていた。
「本当にここでいいのか?」
「ええ、私いつもここの近くを通るたびに一度でいいから来てみたいと思っていたのです」
ここに来たいと言い出したのはまさかのエリスだった。
もっと落ち着いたレストラン辺りを予想していたトキワは面食らってしまう。
(まぁエリスがいいならいいや)
「いろんなものを食べてみたいですわ。三人で分けて食べましょう!」
エリスの一言で、トキワたちは買った料理を三人で回し食べすることになった。
エリスとの間接キスに緊張し過ぎたトキワは中々食が進まなかった。
「おいおいおい綺麗なお姉ちゃんいるじゃないの」
「お姉さんそんな奴ほっといて俺たちと遊ぼうよ」
「朝まで退屈させないからさ~」
地球でもアミューズでも、人間という種族が存在する以上一定数のバカというのは現れる。
トキワとエリスは屋台の料理を堪能した後、たわいのない話をしながらぶらついているとそういう奴らと不運にも遭遇した。
ちなみにお腹一杯になったファーニーはトキワの胸ポケットで寝ていた。
「おい、無視してんじゃねえぞボケ」
「男の方ビビってるぞ、震えてやがる」
「こんなだっせぇ奴より俺らと遊ぼうよ」
三人して完全に無視したら無視したで、図に乗ってくる。
チンピラたちはどんどんとトキワに誹謗中傷を浴びせていった。
しまいには小突いたり蹴ったりもしている。
もちろんトキワは怯えて震えているのではない。
(せっかく良い雰囲気だったのに邪魔してんじゃねぇよ。殺すぞ)
怒りで震えていた。
だがこういうことになったとしても決して手は出さないとトキワは前々から決めていた。
これはトキワが今回のデートにどれだけかけているかの覚悟を表している。
トキワは、女性は例えその拳が自らのために振るわれていても目の前でくだらない喧嘩を見せられると恐怖してしまうものだと冒険者仲間のトーマスから聞いていた。
例外は女性冒険者だけだと。
だからトキワは片手でも瞬殺できそうなチンピラ相手だからこそ暴力は振るわないと決めていた。
トキワはエリスの手を引いて早足で去っていこうとした。事を穏便におさめるためである。
「おい何行こうとしてくれちゃってんの?」
だがチンピラAに前に立たれて進めなくなる。
「うっわ近くで見るとますます美人じゃん!? なんかキツい感じの顔だけど」
そしてチンピラB、Cが無遠慮にもエリスの方に近付いていく。そしてその肩に手を回そうとした。
ここでトキワの我慢の限界も訪れた。
「…………殺すぞ」
底冷えするような声が重く響いた。
「エリスに指一本でも触れてみろ、俺はお前らを絶対にぶち殺す」
殺気を織り混ぜた言葉。
自分よりも強い相手とは戦ったこともないし、戦う場面になったら逃げる気でいるビビりのトキワ。それでも優秀と呼ばれる冒険者であり、それなりの修羅場はくぐってきた。
当然冒険者でもないチンピラたちは殺気にあてられて身体が縮こまるような恐怖を感じていた。
「チッ行こうぜ」
チンピラたちは冷や汗をかきながら大股で逃げるように去っていった。
せっかくの楽しい気持ちを台無しにされたトキワは小さくため息をついた。
「トキワ様……私、どうやら忘れ物をしたみたいです。取りに戻ってもよろしいですか?」
エリスが笑顔で話しかけてきたのを見て少し気分は晴れたが、同時に忘れ物するような場所に行ったかなぁと首を傾げる。
「俺も一緒に行くよ。護衛しなきゃだしな」
エリスは横に首を振った。
「トキワ様、私一人で行かなければいけないのです。こんな町中でそうそう誰かに襲われませんし、それに私強くなったのですよ。大丈夫ですから……」
そこまで言われてしまってはトキワも強く言えなくなる。
「わかった。じゃあここで待ってる」
その言葉にエリスは笑顔でうなずいた。
「すぐに帰ってきますね」
そう言って、元来た道を走っていく。
以前までとは比べ物にならないフォームだった。
それから十分程が過ぎた。
トキワも少し心配になってきた。もし誰かに襲われてでもしたらどうしようと気が気でなくなる。
そんな時にいつ目を覚ましたのか、ファーニーが胸ポケットから話しかけてきた。
「ねぇ……トキワ。トキワはエリスが好きなの?」
じっとこちらを見上げるその顔は、嘘は許さないという真剣な表情をしていた。
だからトキワもちゃんと答える。
「好きだよ。初めて見た時から」
トキワの答えにファーニーは満足したようにうなずく。
そしてコテンと首を傾げながら聞いてきた。
「なんで手を出さなかったの? あんな奴らトキワならすぐに倒せたでしょ?」
(けっこう前から起きんてたんだな。寝てたと思ってた)
トキワは少し驚きながらもまだ真剣な表情は崩さない。
「俺の拳は軽いってエリスに思われたくなかったんだ。俺の拳は、俺の力はこんなことに使わないって示したかったんだ」
「そっか…………なんかカッコいいね今日のトキワ」
トキワは照れ臭そうに頬を指でかいた。
面と向かって誉められるのはどうも慣れていないのである。
「なんで俺がエリスのこと好きだってわかったんだ?」
話の流れを変えようと気になっていたことを聞いてみた。
「ん~なんか、アルサケス王国の第一王子がトキワと同じ目をしてたから……かな?」
「んなっ!? まさかそいつもエリスのことを?」
「好きだと思う」
トキワは雷に打たれたかのようなショックを受ける。
「やっぱり、あんな綺麗だったらライバルの一人や二人いるよな……」
「うん、エリスってけっこうモテるんだよ。あんなに性格悪いのに!」
「え?「お待たせしたみたいですね! トキワ様!」」
今なんて言った? と聞こうとした瞬間、いつからいたのか後ろからエリスが現れた。と、同時にファーニーの顔はひきつっていた。
「え、えっと~私何も言ってないデスヨ……」
ファーニーは汗をだらだらとかきながらエリスに言い訳している。
「ええ、信じてますわファーニー。その話はまた夜にでも二人きりでじっくりと」
一方でエリスはピクリとも動かない微笑を浮かべていた。
「え、何さっきファーニーなんて言ったの?」
トキワの問いには誰も答えない。
「もう夕暮れ時ですし帰りましょう、トキワ様。ねぇ……ファーニー」
「ハイ」
前を進んで行く二人を追いかけるトキワ。
エリスに並んだときにまた手があたった。
また顔が赤くなるトキワ。
チラリと横目でエリスの反応をうかがう。しかし顔を伏せていたのでわからなかった。
(まぁいいや。今日は本当に楽しかった)
トキワは最後まで気がつかなかった。
少し赤く染まったエリスの顔に。
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トキワと友人のような付き合いをしている冒険者トーマスは仕事が終わり、普段は通らない道を通って宿に帰ろうとしていた。
そんな時、三人の膝を抱えるチンピラのような格好をした男たちを見つけた。三人は何かをブツブツと呟いていた。
気味が悪かったので無視して通り過ぎようとする。
そんな時に三人の声が聞こえてきた。
「俺はクズ。生まれてくる価値もないゴミクズ。トキワ様の足元にも及ばないゴミヤロウ。汚い、品性下劣。誰も俺のことを好きになんて思ってくれない。汚い汚い汚い」
「俺の短い足が子供に遺伝したら子供が可哀想。でも俺みたいな不細工は子供が作れるような行為すらできない……気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い」
「俺には特に言うこともない。人の言うことにばかり従って乗せられて、だからいつも良いように使われる。誰も俺のこと心の底から必要としてくれる人なんていない。いらない人間いらない人間いらない人間」
「ぎゃあああああああああ!?」
トーマスは泣きながら逃げた。
それからトーマスはこの道を通ることは二度となかった。