婚約破棄に国外追放 下
伝えたいことが私の文章力では伝わっていないかもしれません。
また時間が空いたときに書き直すと思うので、許してください。
アナスタシア・ロイエンタールはその美しい顔に怒りの表情を貼り付けていた。
ほとんど完璧な計画だと思ってもよかった。エリスフィア・ユグドレミアに死罪に値する罪を適当に着せておいて確実に処分する。それがアナスタシアの目的であり指令であった。
そしてついでに、王に対して忠誠心の厚いユグドレミア家を潰す。
エリスのアリバイを崩した以上、アナスタシアの残りの仕事は学園の卒業式パーティーの最中に大々的にエリスを糾弾するだけだった。
それなのに……アナスタシアはやりきれない気持ちになると同時に、久しぶりに楽しい気持ちになっている自分に気が付いた。
すると先程までの怒りはどこにいったのか、顔に笑顔を貼り付けた。
「さすがはバカ王子ですね。まさか『文書』を破る運命力を持っているとは。いえ……あの平民の小娘でしょうか」
他の連中は違うだろうが、アナスタシアとしては余りにも予定通りに事が進んでもつまらない。
「フフフ……楽しくなってきましたね、『黒面』。王子のせいで、王国は王族派とユグドレミア家派に分かれました。これから戦が起こりますね」
アナスタシアが『黒面』と呼んだと同時に、何も無い空間から四人の黒装束の格好をした者たちが現れた。
「『私』としてはアナスタシア様と同じ意見なのですがね……。他の方々はお冠のようですよ。魔の森に放逐することでエリスフィアを始末したのはいいが、危う過ぎたと……。あのままでは『文書』通りに行かなかったと……」
「アイツらの言うことって『文書』ばっかりね。これだから古い連中は嫌なのよ。大体アイツら、エリスフィアなら魔の森でも生きていられることを知らないのかしら?」
信じられないわ、とばかりに大袈裟に驚く表情を貼り付けるアナスタシア。
「アナスタシア様が意図してエリスフィア嬢の禁術のことを黙っていたのではないですか」
それに対して、黒装束の一人は嬉しそうにそう言った。
声の高さと体格からして成長期を迎えていない男か、もしくは女だとわかる。
「や~だ~。そうだったかしら。私ったら本当におっちょこちょいね」
美しい顔に再び笑みを張り付ける。その顔は先程の笑みとは違い、狂気が見えていた。
「…………それにしても、あのマリアとかいう平民の小娘。アレすごく気になるわね。どこかで見たことがあるし……」
これはエリスが知らない、事が済んだ後の舞台裏の話である。
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時は戻り卒業式のパーティー。そこでエリスを待ち受けていたものは想像していたよりも何倍もバカらしく、そして肩の力の抜けるものだった。
「エリスフィア・ユグドレミア! 貴様とは婚約破棄だ!」
今か今かと身構えながらもパーティーを楽しむパフォーマンスをしていたエリスに突然放たれた言葉。
それはエリスの婚約者である第二王子のアキレウスによるものだった。
アキレウスの驚くべき発言にパーティー会場はまるで時が止まったかのように静まりかえっていた。
アキレウスの後ろには、あの平民の娘マリアとエリスの弟やその他の取り巻きたちがいた。
「エリスフィア貴様、公爵家の権力を笠に着てマリアをいじめたな!」
「…………へ?」
驚きすぎてエリスは淑女らしくない言葉を思わず口にしてしまった。
「しらばっくれても無駄だぞ! マリアは普段からお前に何かされた都度に正確な記録を取っていたのだ。マリアの記録の日に貴様のアリバイがないことはすでに証明済みだ!」
「え……?」
エリスは混乱していた。
エリスは、アナスタシアかもしくはその取り巻きの貴族がやって来ると思っていた。それがまさか第二王子がやって来るとは思いもしなかったのだ。
それに加えてこんなイジメをしたとかしていないとか、そんな下らない罪を着せるためだけに書類の処分や目撃者の口裏あわせを行ったのか? ……と。
エリスも賛成したカウレスの推測は、この件はおそらくユグドレミア家を潰すための作戦であるというものだった。
エリスが大罪を犯していると断罪することで、ユグドレミア家の権威を失墜させることが目的だったはずだ。
平民の女を公爵令嬢がイジメたとかイジメてないとかでは貴族間の評判は悪くなるかもしれないが、それはあくまでもエリス個人の問題でありユグドレミア家にはさして影響がでないはずだ。
そもそも、誰にも気付かれずにユグドレミア家に忍び込んで書類の処分を行えるような実力者は第二王子は飼っていない。
だからこそカウレスもアイレーンもエリスフィアもアナスタシアを疑ったというのに……そもそもアナスタシアはこの件に全く関わっていないのではなかったのか? いや、それはありえない。
様々な考えが頭に浮かんでは消えていく。
答えを出せそうにない……とエリスはついに考えることをやめた。
取り敢えずこのまま黙っていてもいけない……と思い反論することにした。
「……見に覚えがありません、何のことかサッパリですわ」
「何だとぉ!? 貴様言い逃れする気か、見ておれ! 二月十一日エリスフィアがマリアの肩を殴り付ける、二月二十三日エリスフィアがマリアの教科書をすべて………………」
アキレウスの口から出た日にちを聞くことで、エリスの考えは固まった。その日は間違えなくエリスのアリバイが何者かによって消された日だったからだ。
(まさかこんなくだらないことにここまでするとは……! そんなに私のことが嫌いならば、きちんと筋を通した上で婚約破棄でもなんでもすればいいのです……。それをお父様を……お母様を、ユグドレミア家までを巻き込んで……)
産まれた時から怒ったことのないエリスは、初めて己の中に宿った感情の正体が一体何なのかわからなかった。
……ただ、目の前のこちらを嘲りの表情で見下ろす男を、この件に裏で確実に力を貸したに違いないアナスタシアを、アキレウスの後ろでこちらをバカにしているマリアを、弟を、騎士団長の息子を、宮廷魔導師の息子を殴りたくて仕方がなかった。
エリスは拳を強く握って耐えた。
エリスと同じように怒りに震える者がいた。
アナスタシアと目的を同じとする男だった。
(まさか……まさか……あのクソ王子がああ)
アナスタシアがエリスを糾弾しようとした、まさにその瞬間にアキレウスたちが出ていった。
アキレウスはアナスタシアや男の目的も、何も知らない。
ただ恋に溺れて、マリアの言うがままにエリスを断罪しようとしている。
エリス自身は知ることはなかったが、そのアキレウスたちの行動こそがエリスを救うことになっていた。
もしアキレウスがエリスの空白の日を、一つだけ残してくれさえすればアナスタシアたちの目論み通りにエリスを国家反逆罪にして殺害することができた。
『文書』の通りにだ。
だがアキレウスは空白の日全てで、平民の娘マリアを虐めたと発言した。いくらボンクラの王子といっても、王子は王子である。
五十を過ぎた王に宛がわれたアナスタシアよりも王族の身分は高く、発言力もあった。
もしここでアナスタシアがエリスのありもしない罪をでっち上げようとしても、アナスタシアよりも身分の高いアキレウスがエリスはマリアを虐めていたというアリバイを作ってしまった。
(暗殺では意味がないのだ。あくまでも『文書』が示す通りに、罪を着せてその罰で殺害しなければいけなかったのだ)
公爵家の者が平民を虐めたことなんか……罪にすらならない。
「待ってくださいまし、私たちは五月十一日にエリスフィア様と一緒にいましたわ」
「そうですわ、そうですわ!」
男の耳には、エリスの冤罪を庇おうと立ち上がった勇気ある貴族子女の言葉など耳に入らなかった。
糸が切れた人形のように動かなかった。
「うるさい、うるさい、うるさい!! エリスフィア・ユグドレミア貴様をこの俺の権限で国外追放とする!」
王位を継いでいない第二王子に、国で一二を争うほどの大貴族の娘を放逐する権限など当然ない。
だが、男は思った。エリスを魔の森から追放してもらえば、『文書』の通りにエリスを殺害できると考えた。
虐めをした、という罪で国外追放、という罰を受けて魔物に殺される。
男はエリスとファーニーの禁術を知らないため、ほくそ笑んだ。
エリスはあの後強引に第二王子とマリアとその取り巻きたち、一部の目の色を変えた貴族たち、そしてそれに従う兵たちによって無理矢理魔の森まで連れてこられていた。
早業だった。
誰かが止めてくれるだろうと期待していたのだが、ユグドレミア家と懇意にしている貴族はカウレスの指示で今日のパーティーには出席していない。
まさかこんな事態になるとは考えてもいなかったカウレスが、ただ単に親貴族として放逐したとはいえども自分の娘が捕まる所を派閥の貴族たちに見せて支持基盤を揺らがせたくなかったためだった。
そのため最後までエリスを助けようとしてくれたのは友人たちだけであった。
マリアに婚約者を取られ、それ以来エリスと仲良くしてくれた友人たちだ。最後まで抵抗してくれたが力ずくで押さえつけられていた。
涙を溢しながら必死にエリスの名前を呼んでいた。
「フン、エリスフィア。貴様にふさわしい罰だな」
「我が姉ながら本当に恥さらしですね」
「俺の騎士としての誇りが貴様を許さんよ」
「……君って最低だね」
次々と投げ掛けられる罵倒。
エリスは胸に宿った大きな炎を隠し、ユグドレミア家の令嬢として最後の仕事をしようと考えた。
胸ポケットから取り出したのは一枚の紙。
昨夜、カウレスに書かされた離縁状の控えであった。
「実は私は卒業式をもってユグドレミア家を放逐になった身です。そのことをゆめゆめお忘れなきようにお願い致します」
エリスは半ば確信していた。
アキレウスが行った所業はカウレスやアイレーンの怒りを買った。
それはつまり国の最大派閥の貴族が動くということを意味する。
このままでは内乱が起こってしまうことをエリスは危惧したのだ。
そのため、エリスはユグドレミア家とは全く関係のない人間であり、第二王子の行いはユグドレミア公爵家に喧嘩を売ったものではなかったとアピールした。
だが恋に狂わされたものたちにはエリスの国を想う声は届かない。
ついに親にも見捨てられていたのかと嘲笑する声が返ってくる。
なぜわからない……。エリスは歯噛みした。
どうせこの者たちに伝えても無駄だともエリスは思った。
エリスは見たのだ、馬車に乗せられる前にアナスタシアの顔を。
今まで気付かなかった自分の目を疑った。
アレは人間じゃない。
根拠はないがアレは良くないものだというのがわかったのだ。
このままでは内乱が起こる……そうなった時にアナスタシアがどう動くのか、心配で仕方がない。
必ずこの国に帰ってくる。
まずはマーレーンに行き、体を鍛え、力を蓄え、マーレーン王に力を借りてでもアナスタシアを止める。
エリスは振り返らずに魔の森へと走った。
禁術を使い、ひたすらにマーレーンへ向けて走った。
「エリスフィアさーん。エリスフィアさんきっと私に感謝する日が来ると思うわ。またこの国で会いましょう」
後ろから聞こえてくるマリアの声が耳に残ったままに。