表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/58

グレード枢機卿の漢の旅路 下

遅くなって申し訳ない。


三日前 パラリア。


パラリアに三人の男が訪れていた。

全員が揃って白のスーツを着ている姿は目に痛い光景である。

一人はメガネ、一人は顔の下半分を覆うマスク、一人は赤髪グラサンとそれぞれ個性的な特徴がある。

一度見たら忘れられそうもない濃い面子だった。


当然三人はパラリアの住人たちから注目を集める。

それを三人とも感じているらしく、赤髪グラサンはうざったそうにセットしてある髪をガシガシと力一杯かく。


「お前わかりやすくイライラし過ぎだから。お前見てたらこっちまでムカついてくるから止めてくんないかな? 殺すよ」


「うるせーんだよクソメガネ。お前程度に殺られるわけねぇだろ。大体お前『創成者』様からスキルもらったからって調子乗り過ぎだろ。こっちこそ殺っちまうぞコラ」


一気に険悪な雰囲気になるメガネと赤髪グラサン。

遠巻きにパラリアの住人もそれを眺めていた。

これ以上白熱しないようにとそれを諌めたのは、顔の下半分をマスクで覆う不気味な男。


「二人ともストップだよ。お仕事の時間だ」


マスクの男の呼び掛けでピタリと止まる二人。

そして数秒後にニヤリと笑う。


「やっとかよ。待たせやがって! んじゃあ楽しいお仕事の始まりだな!」


「確か、抵抗する相手なら殺しても構わないんですよね?」


「………………女は生かして残す。男なら殺してもいい。だが時間はそれほどない。あまり遊び過ぎないで」


「「了解」」



そこから始まったのは蹂躙だった。


メガネの男が触れた所はまるで命を失っていくかのように、文字通り枯れてしまう。

そして赤髪グラサンの男は口を開き、頭をかき、グラサンの位置を直し、指を鳴らす。その度に体からは形を持った炎がそこら中を燃やしていく。

当然抵抗した村人も居た。

だがメガネの男が生きたまま人を干からびさせ、赤髪グラサンが村人の口に形を持った炎を侵入させて内部から焼き尽くすなどしていく内に、二人に抵抗する者は居なくなっていた。

全員が逃げる、もしくは隠れるといった手段を取っていたからである。


二人の男が一部の勇気ある村人をいたぶり、殺すことに集中している間に多くの村人たちが村の裏側に向かっていた。

足が棒になるように痛む。だがそれを我慢して我慢して走る。犠牲になって彼らを逃がしてくれた者たちがいたからだ。そして漸く、辿り着いた時だった。


「どの村でも取る対応は同じだね。まるで猿みたいにワンパターンさだ。だけどまぁ安心してよ、俺はあの二人と違ってマトモに仕事したいだけだから。女だけ拐っていくだけなんで。それじゃあ『箱《ボックス》』行ってみよーか」


そこにはマスクの男が居たのだ。




美しい観光地として知られたパラリアが地獄に変わった。






パラリアが蹂躙され、村から女だけが連れ去られてから三日が経った頃

随分離れた森の中に件の三人の姿があった。

焚き火を中心にして地面に座り込んでいた。

時刻は早朝、だがまだ暗くそして肌寒い時間だった。


「あのよ、何でワザワザパラリアまで来て女拐わなきゃいけないんだ? まぁボスの言うことなら従うけどさ」


「本当にバカだな、お前。そんなの生け贄にするために決まってるじゃないか。太古の悪魔を呼び出すためのな」


「誰に向かってバカとか言ってんだ、クソメガネ! 生け贄にすることくらいは知ってんだよ。何でワザワザパラリアの女じゃなきゃ、生け贄として使えないわけ? 近くの女でいいじゃん。ダメなの? ってことを聞いてるんだよ。ボケ!」


赤髪グラサンとメガネの男の距離が近付く。

キスできそうな近さにまでなるが、メアリが鼻血を垂らしそうになるような雰囲気ではない。厳しい視線が行き来し合う、メンチの切り合いである。


「ストップだよ、二人とも。ここは魔物の生息領域に近い。もし戦闘でもして魔物が此方にでも来たらどうするつもりだい?」


マスクの男の言葉にたいして、赤髪グラサンとメガネの男は自信ありげに鼻を鳴らして言う。


「俺の『焔』で蹴散らしますよ」


「いえ、この俺の『生命吸引』で仕留めますよ」


マスクの男は呆れたように、溜め息を吐く。


「二人とも、勘違いしてるよ。『創成者』様から頂いたスキルを使って強くなっている気かもしれないけど、まだ二人とも弱い。Bランクの冒険者相手が精々のレベルだ。そんな二人では高位の魔物が出たらただ餌になるだけだし、戦闘を軽く見すぎれば足元を救われちゃうことだってあるんだから」


痛いところを突かれたのかメガネの男は黙り込み、赤髪グラサンは舌打ちをする。

空気が悪くなった場を一新するようにメガネの男が口を開いた。


「ふぅ………………。ところでマスクさん。幹部の貴方ならこの赤髪バカのさっきの質問に答えられるのでは? 癪ですが俺もこの赤髪と同じ疑問を抱いていたもので」


メガネの男の問いにマスクの男は一度押し黙り、そして口を開いた。


「実は俺も詳しくは知らないんだ。だけど今俺たちがしているお仕事は『文書』とかいう本に書かれている通りにしている」


「『文書』? 何ですかソレ」


マスクの男は首を横に振る。


「俺も知らない。『創成者』様も詳しくは知らないと言っておられた」


「じゃあ何だってよく知りもしないそんな物信じてんだよ」


そう言ったのは、ふて腐れて今まで会話に参加していなかった赤髪グラサンの男だった。

メガネの男は突如会話に横入りしてきた天敵に、眉をひそめたがマスクの男は気にせず話を続ける。


「何でも『創成者』様と知り合いの老人が大層大事にしていたらしくてね。何でも書いてある書物で、未来のことやこの世界の裏側のことまで書いてあるって老人が自慢してたんだってさ。だから『創成者』様は気になったからってそれを奪って、暇潰し感覚で俺たちを使って書かれている内容を実行しているんだよ」


マスクの男は後半部不機嫌そうに言ったが、メガネの男も赤髪グラサンの男もあえてそこに突っ込むことはなかった。

不気味な風体とは裏腹に優しい自分達の上司であるマスクの男は、機嫌が悪い時だけ長時間ネチネチと愚痴を言い続ける面倒な人間になることを知っていたからである。


「太古の悪魔を呼び出す方法が書いてあるなんて、さぞかし素晴らしい魔術書なんでしょうね」


「どうだろうね。『創成者』様によると見たことがない文字で書かれた色付きの本だったらしいよ。だけど読めなくても絵が付いているから何となく何かの儀式の方法はわかったらしいけどね。でも本当に悪魔が呼べるかどうかはわからないんだってさ」


「何だよソレ! ボス適当過ぎるだろ!? もし変なの出てきたらどうすんだよ」


「何だ赤髪。ビビッてるのか?」


再度メガネに喧嘩を売られた赤髪の男が、額に青筋を立てて怒鳴ろうとした時のことだった。

焚き火を中心にして囲う三人の所に一陣の風が吹いた。

焚き火はたちまちに消えてしまい、まだ朝日の昇っていない空によって場は暗闇に包まれる。



「やっと見つけた」



三人の傍に、いつの間にか一人の漢が立っていた。

オールバックにした髪にグラサン。そして顎に髭を生やしており、野性味溢れる笑みを浮かべるその男こそグレード枢機卿だった。

突然現れたグレードを見て立ち上がり距離を取る三人を無視して、グレードは肩に乗っている頭には光の輪、そして純白の翼の生えた白い布を顔に押し付けている太った小人に話しかける。


「ここまで連れてきて頂き感謝します、天使様」


すると小人は、白い布をハムハムと口にくわえるのを止めてグレードの方を見る。

天使と呼ばれたこの小人だが、かなり不細工だった。そして鼻くそをほじりながらグレードに言う。


「グレード。幼女のためにおいらがこの誘拐犯どもを倒したかった所だけんど、おいらは痛いの嫌いだし移動を司る天使様だからここらでドロンするお。というわけで代価としてこの幼女おパンツはもらって行くから。あ、あと帰る時の代価は染み付きおパンツでよろしく頼む」


その言葉だけとほじった鼻くそを肩に残し、天使はグレードの肩から消える。

それをちゃんと見送ったグレードは肩を嫌そうに払った後、次に三人の男たちに目を向けた。


「で? お前らがパラリアの女たちを誘拐したんだよな? 俺的にはマスクの奴の手辺りから沢山の人の反応があるから彼処らへんに捕らえてそうだと思うんだが、出来れば早いことを教えて返してくれよ。ほら、痛い思いしたくないだろ。俺正直今機嫌わるグワッ!」


グレードの口を閉ざさせたのは、形を持った炎だった。


「うるせーんだよ。おっさん」


赤髪の男が笑う。

釣られてメガネの男も笑った。

話しているのに夢中で、油断して被弾したグレードを嘲笑っていた。

だが三人の男たちの中で一人だけ笑っていない男がいる。腰を落としていつでも動ける体勢になりながら、止めどなく流れる額の汗を拭っていた。

だからこそ、マスクの男は煙の晴れた先に立っているグレードに真っ先に気がついた。


「二人とも! 避けろ!」


何時でもボソボソと話すマスクの男が、大声を上げたことで回避体勢に入った二人だったがもう全て遅かった。


「プギャッ」

「ガッ」


グレードに頭を掴まれ、そしてそのまま地面に叩きつけられてしまう。

その威力は凄まじく、二人の頭は地面にめり込み、地面はその衝撃で小さなクレーターを作った。

ピクピクと小刻みに動く二人の体を見たグレードは満足したように笑い、土の付いた手を音を鳴らしながら払う。


「いやぁ。久しぶりに嫌な野郎を喚んじまったせいで機嫌悪かったから、つい力が入りすぎちまった。死んでなくて良かったぜ。色々と聞きたいことがあるからさぁ」


「………………」


マスクの男は何も答えない。


「何か喋れよ。俺がバカみたいだろ」


「………………お前は何者だ?」


グレードはオールバックになっている髪をかきあげると、ネクタイを直しながら自信満々に口を開く。


「まぁなんだ。通りすがりの正義の味方ってことでヨロシク!」









その日の昼頃。


グレードは拐われていた女たちを連れてパラリアへと戻ってきていた。

相変わらずウザい小太り天使を移動用に喚んでしまったことでまた嫌な気持ちになっていたが、村中の者たちが土下座でもせん勢いでお礼を言い続けてくるのでそれも若干晴れてきていた。

ちなみに件の小太り天使だが、たくさん居る人が嫌だったのか代価を支払う前に天界へと帰ってしまっていた。当然、後で払えよグレード! と言いながら鼻くそを肩に擦り付けてだ。


「「「「「グレード様と村の女性たちが無事に帰って来たことを祝して、乾杯!」」」」」


そしてそのまま村は宴に変わった。

村人たちは躍り狂い、笑顔が絶えない。

酒を浴びる程飲んだと思えば、無事に帰った家族に涙する男や。幼い娘を肩車しながら料理を食べる男。

恋人だったのだろうか、プロポーズまでしている男もいる。


誰もが笑い、再会と無事を喜び合っている。


それを見ているだけで、グレードは満たされたような気持ちになる。助けに行って良かったと心から思える。

天使に染み付きパンツを用意することは嫌で仕方がないのだが、そんな気持ちを忘れてしまう程だ。

グレードはヴィルヘルミア皇国の枢機卿であり、宗教家である。

神を盲目に信じてはいないが、グレードは神が作ったこの世界を気に入っている。


市井の場に出たからこそ、グレードはパラリアの村の笑顔を守ることができた。力がある自分が外に出たからこそだ。

だからグレードは書類仕事が嫌いなのである。

ヴィルヘルミア皇国の者たちはグレードを国に縛り付けようとするからだ。

グレードは男で漢だ。誰よりも漢だ。

誰かの幸せのために精一杯戦える。誰かの不幸を取り除こうと必死になって守ることができる。


そんな漢だからこそ、この光景はひどく価値ある物に見えるのである。




何かお礼の品を持っていってくださいと五月蝿い程言う村人たち。

既に高価な酒にありったけの食料を目の前に並べられ、横に未婚の美しい娘を着かせてくれている状況でそれなのだからさすがにグレードも困ってしまう。


「俺はこれだけで十分なんだが………………」


「そうはいきません! せめてお金だけでも」

「オジサン、一生懸命貯めたお小遣いあげるよ。本当にありがと」


村人の中でも特に、その主張を繰り返していたのはグレードを泊まらせようとしてくれた男とカイ少年だった。

二人の傍らにはグレードが連れ帰った母と娘もいた。


娘の方を見ると元気そうに笑っていたが彼女のパンツを代価として天使に取られたこと、そしてそもそも天使によって件の三人組を捜して運んでもらうために勝手にパンツを拝借してしまったということが酷く胸を痛め付ける。

そしてふと思い出す。

グレードはこの幼女の染み付きのパンツをさらに用意しなければいけないことを。

だが、とグレードは頭を抱える。


染み付きのパンツを下さいなど、そんなこと頼めない。そして昨日は非常事態であったためやむなくパンツを盗んだが、まがりなりにも聖職者であるグレードはもうこれ以上盗みをしたくなかった。


悩みに悩み、そしてグレードは名案を思い付いた。


「欲しいものが決まった!」




そのままグレードはパラリアでもう一泊した。

そして翌朝、村の入り口にはグレードを見送ろうと多くの住人が集まっていた。

次々にかけられる賛辞の声にグレードは照れたように鼻頭をこする。


「グレードさん。あんたの言う通りにしたんだが、本当にこんなもので良かったのかい?」


そこに袋を持ってきた男がやって来た。

グレードがパラリアにいる間、快く住まわせてくれた男だ。

グレードは男の持つ袋を受けとるとまるで少年のような純粋な笑みを浮かべた。


「ありがとな! 天使様はこれできっと喜ぶぜ」


そして別れの挨拶をしてグレードは去っていった。






グレードの姿が完全に消えるまで手を振り続けた村人たち。

彼らは男に、グレードが何を求めたのかということを皆で聞いてきた。

金品も女も何もいらないというグレードが、一体何を求めたのか大変気になったのだ。

村人たちの質問に男は苦笑いを浮かべながら告げることにした。


「天使様? に捧げる供物が必要だからそれを欲しいと言われたんだ」


天使の後に男が疑問符を浮かべていたのは、男が天使は実在すること。そしてグレードがそれをこの世に降ろして行使するという能力をしらないからであった。

ただグレードが宗教家であることは聞いたため、宗教での信仰対象なのだろう程度の認識だった。


「その供物とは?」


村人たちからの質問に、男は今度こそ答えづらそうにする。

そのことが村人たちの知的好奇心を刺激したのか、より一層聞きたそうにしてくる。


「わかったわかった言うよ。………………俺の使用済みのパンツだってさ。どうやらあの人の信仰している天使には最高の供物らしいんだってさ」


同時刻、それをオッサンの物の気付かずに堪能していた天使が居たとか居ないとか。


何はともあれグレード枢機卿がガイア平原に辿り着くまではもう少しである。


グレードさんとマスクの男との戦い。そして三人組の男との話しは流れ的に少し後の話で書きます。

………………めんどくさいから書いてないとかそう言う訳じゃないんやで。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ