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グレード枢機卿の漢の旅路 上

遅れて申し訳ありません。

感想の返信も遅れてしまっていますが、必ず返信します。

いつもありがとう。

ヴィルヘルミア皇国から世界会議に出席するため一人旅立ったのは、十一人の枢機卿の一人であるグレードだった。

目的地は人語を話す古竜が統べるガイア平原。古竜に決められた人数以上が侵入すると、竜族たちがゾロゾロと大群引き連れてやってくるため伏兵の存在を気にしなくて済む交渉や話し合いに適した場所である。


ヴィルヘルミア皇国からはかなり遠いのだが、グレード枢機卿は気にしない。むしろ時間がかかる分、書類仕事をしなくていいと言ってしまうタチなのだから。


「………………ここがパラリアか。話に聞いてたのとは随分と違うようだな。緑豊かな、景色の良い土地って聞いてたんだが」


自らのことを渋いとか味のある男だと自賛する彼は、オールバックにした髪をまたかきあげながらぼやいた。


グレード枢機卿の目の前にあるのは、荒廃した村だった。まぁ村と言うが、それは町と呼ばれても不思議はないほど大きな村なのだが。

人伝で聞いていた話とは正反対である。


森林がそこら中に生い茂り、人々は木を加工してそこを家にして暮らしているだとかそういう幻想的な話を聞いていたのだが、今の村には木がほとんどない。いや、あるにはあるのだが全て枯れたり、そして燃えて煤けたものしかなかった。

そのためか村の中を歩く人たちの顔色も良くない。

疲れたような、諦めたような、悲しんでいるような憤っているような表情をしている。


そして何より、女がいなかった。

子供も大人も老人も男しか居ない。


「何かあった………………みたいだな」






「しかし、歩きづらいな。俺が男前だから見てるっていうのもあるだろうけど、それと同じくらい警戒した目で見てきやがるぜ」


グレードは村を歩いている時に感じる周囲からの視線に敏感に気付いていた。グレードの考えとは裏腹に、グレードに向けられた視線は全て警戒、そして疑いの視線だった。中には憎しみの感情を隠していない者もいる。

そのため居心地が非常に悪い。図太い神経の持ち主であるグレードでそうなのだから相当である。


「今日の宿を探そうと思ってたんだが、この感じじゃ無理そうだよな」


今夜は村の外で野宿でもしよう、とグレードは考えた。

手持ちの食料は少ないが、それでも一日程度なら事足りると。


「すまないが少しばかり話をしたい」


村の外に引き返そうと方向転換したと同時にかけられた声。野太く、男らしい声だった。

グレードが視線を向けると、そこには声の主の男以外にも多くの男たちが立っていた。中には武器を手にしている者もいる。


「あぁ、別に構わないぞ」


「感謝する。長々と話しても時間を取るだけなので単刀直入に聞かせてもらいたい。黒い服を着ているということは、貴方は『創成者』の手の者か?」


「『創成者』?」


男の言葉を聞き返すグレード。

聞き覚えのない単語が出てきたからである。ヴィルヘルミア皇国の枢機卿であるので、様々なことについてそこそこ詳しいとグレードは自負しているだが聞いたことがなかった。


「その反応。やはり違ったか………………。皆の者、武器を納めろ。このお方は『創成者』とは何の関係もない旅人だ」


男の声で、引き連れていた者たちは武器を下げる。

だがその目には未だに疑いは消えていない。

グレードは訳もわからず困ったように頬をかいた。


「客人。この村では色々あってな………………。間違えなく貴方はこの村では泊まることはできないだろう。もし、もし明日貴方が出ていくならば私の家に一泊なら泊まっていっても構わない。息子と、いや息子がいるがいいだろうか?」


「いいのか?」


グレードは、男の提案に驚く。だが野宿よりはいい、渡りに船だと思ってその提案に快く乗ることにした。





男からグレードが案内されたのは、一本の木だった。

噂通り大きな木をくりぬいて、その中に家を建てているというのは本当の話らしい。

だがやはり男の家もまた他の木や村と同じように枯れていて、そして焼けた後があった。


「悪いな客人。こんなにみすぼらしくてな。………………これでも以前までは美しかったんだが」


「………………なぁ「父ちゃん、母ちゃんとマリー戻ってきたんか!? 母ちゃんとマリーを助けに行ってくれたんか!?」」


グレードが口を開いた時、家の中から一人の子供が飛び出してきた。

子供は男の所まで行って、足元にまとわりついて舌足らずなしゃべり方で話続けた。

その目は赤く腫れており、また目の下にはクマが見えていた。


「カイ………………」


それを、男は悲しそうな目で見ていた。


「な、お前! 母ちゃんたちを連れてった奴だな」


カイ、と呼ばれた男の子は今度はグレードを見て驚いた。

そしてグレードの足元にまとわりついてくる。

ポカポカと細い腕で精一杯力を込めて、グレードの足を殴り付ける。


「母ちゃんを返せよ! マリーを返せよ! 近所のおばちゃんたちを、俺の友達を、村の皆を返せよ! 森を返せよ、家を………………返してよ。返してよぉ………………」


グレードに怒鳴るカイ。

その言葉は徐々に涙声が混じってくる。


「坊主………………」


グレードはただ何も言わずに、カイを見つめていた。

このような子供が泣きわめいていることに対して複雑な思いを抱きながら。


「カイ。その人はあの者たちではない。服がよく似ているだけのただの客人だ。必ず、あいつらは俺たちが取り戻すから………………だからその手を離しなさい」


カイを後ろから抱き締めてそう諭したのは父親である男だった。

見るからに屈強そうな男もまた、目に涙を浮かべていた。


「父ちゃん………………母ちゃん、マリー………………」


父親に抱かれて、安心したのだろう。カイは程なくして眠り始めた。

だが寝ていても目から涙が消えることはない。


「寝ちまってやがる」


「すまないな、客人」


男はカイを抱き締めながら、グレードに頭を下げて謝罪する。

それにグレードは首を横に振って答えた。


「いや、悪いのは俺だよ。この村と、あんたや他の村人に俺に対する対応。それに女が一人も居ないことを見ればこの村で何かあったなんてことを容易に想像がつく。それなのにバカみたいにあんたの善意にホイホイ乗っかっちまった。そのせいでこの子を傷つけちまった。………………だからその言葉は、この子にかけてやんな」


「………………すまない」


ポツリと一言だけ放つ男。農作業や狩り、そして木こりとして身に付いた筋肉を縮こませて俯く男の姿を見ていると、グレードはどうしようもなく悲しい気持ちになった。


「聞いてもいいか? 何があったのか」


関係のない他人である己が悪戯に首を突っ込んではいけないことくらいグレードにはわかっていた。

だがグレードは聖職者であり、何よりも漢であった。

信仰心など欠片もないが、グレードには己の矜持がある。そしてそれにピッタリと当てはまるモノが自国の宗教の教えの中にも存在していた。


汝受けた恩を忘れることなかれ


受けた恩を忘れない。そのシンプルなフレーズと、それによって胸に来る熱い思いがグレードの心を奮わせていた。


「貴方には関係のないことだろう」


男は少しだけ顔を上げて、突き放すようにそう言う。

関わるなと、触れるなという思いを如実に表していた。


「関係ない………………? ハッ、本気で言ってるのかあんた」


だが、グレードは男のその言葉を笑って切って捨てる。


「俺は今日の夜、あんたの家で泊めてもらう。この村に泊めてもらうんだ。つまりあんたたちは俺の恩人だ。なら関係ない訳ないだろうが!」


「なっ!?」


グレードは男と目線を合わせるためにしゃがむ。そしてその凶悪な面構えで、まるで少年のように笑む。


「言ってみろよ全部。聞いてやる」









夜の帳も下りた頃、ぬっと大きなナニかが動いた。

ソレは髪をオールバックにして、グラサンをつけ、顎にはチョビッとだけ髭を生やしている。

すなわちグレード枢機卿である。


「『プチファイア』」


グレードは人差し指から魔法で、火を煙草に点けた。

モクモクとたつ煙が空に消えていく。

グレードはそれは美味しそうに煙草を吸う。そして、吸い終わった煙草を指で消してポケットの中にしまいこんだ。


「さぁーてと。一仕事してくるか」


グレード枢機卿はヴィルヘルミア皇国の枢機卿の一人である。その中でも永久に変わることのない特別な枠を用意されている男だ。

だが書類仕事が大嫌いで凶悪な顔立ちの癖に自意識過剰なナルシストであるという欠点もある。


だが彼は誰よりも漢である。


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